8.合宿の班分け
補足
忘れている人が多いと思いますが、アルトの家名はミリグリアです。アルト・ミリグリア。
ゴーン……ゴーン……
時計塔の巨大な鐘の音が学校に響く。ホームルーム開始の鐘の音だ。一応五分前には予鈴も鳴る。
クロウは予鈴が鳴るまでずっと時計塔展望フロアでクロナをなでなでぎゅぅしてた為、いきなり真上で響いた大音響の鐘の音で、耳に大きなダメージを負ってしまった。
「不覚……嘆かわしい」
教室でクロウはぽつりと呻く。
勿論クロナの耳は彼が両手で塞いだ。クロウは妹の為ならその身を犠牲にする事すら迷いも厭いもしないのである。
「揃ってるか若人よー!!」
いきなり教室の扉が勢い良く開かれた。
戦闘科実技主任、ラングリー・アームストロング教諭である。ちなみに事務主任はアリシス・クララベル教諭だ。
アームストロング教諭の特徴を挙げるとするならばこうなるだろう。
全身を筋肉で武装した巨漢。熱っ苦しいが、誠実で真っ直ぐな性格。そしてスキンヘッド(ハゲではない)。
男の中の男と、彼を慕う男子生徒は中々多い。が、女子から人気が有るのかは永遠の謎。
ちなみにクロウとクロナの入試実技科目の試験官を勤め、クロウにボッコボコにされたのは彼である。
「本日はクララベル先生に仕事が入った為、私がこのクラスを担当する事となった。よろしくたのむ。それと……あー、クロウ。教師陣一同からお前に厳重注意だ。次にアリオストのような廃人を出したらトイレ掃除二ヶ月、もしくは私と三日間都市外テント生活だ。いいか?」
「アンタとテント生活、だと……?」
「いやまずそこは『了解』であろう!? しかもテント生活を選ぶのか!? 過去にテント生活を選んた生徒は三人もおらんぞ!?」
「アンタの傍に三日もいたら疲れるからだろ」
「………………いや違う、断じて違うッ! 都市外の危険性とトイレ掃除の辛さを比較しただけであろう!」
なら何だその間は、とクロウは心の中で突っ込む。面倒な為、口に出したりはしないが。
クロウとアームストロング教諭のやり取りに、クラスの何人かは笑っていた。
「……まあ、まぁそれは置いておこう。連絡事項だ。都市外合宿の日程が決まった。来週の月曜の朝に出発し、金曜の昼にはシルドゼルグに帰り着く予定である。本日午前はその班決め等をしてくれ。午後は訓練所に直接集合。班ごとにチームワークを確認する為の自由実技タイムだ。……ヴィッセル委員長、資料は渡すので、進行を頼めるだろうか」
「はい」
アームストロングが言うと、アルトの隣の席の少女……セシリア・フォン・ヴィンゲンが返事をして立ち上がる。
長い銀髪と翡翠色の目をしており、身長は高くも低くもなくい。全体的に柔らかな雰囲気をもった少女だ。
「カタリナ、書記を頼みます」
「はい、セシリア」
ちなみにカタリナはあの後訓練所に来たセシリアに起こされたようだ。
アームストロング教諭がセシリアにプリントを渡し、黒板脇にある予備の椅子に座る……と思いきや、いきなり窓際でスクワットを始めた。
それを生徒達は当然の背景のように何も言及しない。
クロウの前でビックリしてるクロナに、隣のリルラが「アレいつもの事だから気にしなくていーよ?」と言っている。
「クロウ君、反応無いね……アレを初めてみた人は皆驚くんだけど」
「………」
アルトがクロウに言うが、アルトは気付かない。
アイソトニック(動的筋トレ)をしているアームストロングに対して、
クロウが座りながらアイソメトリック(静的筋トレ)をし、さらに体内魔力循環を行っている事に……
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「クロウさん、クロナさん、リルラさんにアルトくん、私とカタリナで班を組もうと思うのですが、よろしいでしょうか?」
班分けが始まってから数分後、セシリアがそう提案した。
曰く、「まだクラスに慣れていないお二人と、クラス委員の私にカタリナ。隣のリルラさんとアルトくんを一緒の班にするのはベストだと思いますの」と。
これに対する意見は二人を除き皆賛成だった。
クロウは「クロと二人で……」と言おうとしたが即却下され。
アルトは「セシリアさん何で僕だけ『さん』じゃなくて『くん』呼びなの!? 子供扱いしてない!?」と抗議したが議題に関係無いとされスルーされ。
そして結局、クロウ、クロナ、リルラ、アルト、セシリア、カタリナで班を組む事になった。
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都市外合宿は、戦闘科高等部二年の生徒が辛酸を味わう行事である。
一言で言えば、外界でのサバイバルだ。
シルドゼルグから出て少し離れた所に有る森林地帯で、五日間自給自足のサバイバル。
当然モンスターも出る。
卒業すれば騎士やハンターになる戦闘科の生徒にとって、貴重かつ重要な経験を味わえるのだ。
森林地帯……名称『久遠の森』に棲息するモンスターは様々で、奥に行く程危険ランクが高くなっていく。
一般にモンスターのランクは、下から
Fランク(小型・比較的ザコ)
Eランク(小型・普通)
Dランク(中型・比較的強い)
Cランク(中型・強い)
Bランク(大型・かなり強い)
Aランク(大型・ケタが違う)
Sランク(神話級・生物かどうかすら怪しい強さ。滅多にいない)
Zランク(神種・データ無し)
となっている。Fランクは比較的ザコだが、あくまでモンスター内でザコなだけであって、このランクですら人間一人で勝つのはとんでもなく難しい。
食物連鎖のように、ランクが低い程沢山いて、高くなるほど少なくなる。
Zランクに関してシルドゼルグでは存在が正確に確認されておらず、たまに論証が飛び交う程度だ。
しかしクロウとクロナは、Zランク……神種の恐ろしさを、その神の如き『力』の強大さを、良く知っている。
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班分けは三十分程度で終わり、今は班ごとで話し合いをしている。
合宿するの久遠の森の外周部付近では、Fランク程度しか出て来ない。
しかし狩ったモンスターのランクや数は成績に関わる。
他のサバイバル技能に関しても評価されるが、やはり戦闘科なのだ、モンスター相手にどこまで戦えるかに重要性を置いている。
戦闘から炊事まで班行動だ。
そのため、
「……めんどくさい」
これがクロウの本音である。
学校生活初めての行事を楽しみにしているクロナの手前、表には出さないが。
「取り合えず、夜間の見張りの順番と、戦闘時の各メンバーの役回り、それと炊事等の係決めを行いましょう」
セシリアが言う。
クロウ達の班は、班長がセシリアが勤める事になった為だ。
夜間の見張りは二人一組三時間交代で、睡眠は6時間。ほぼ日の出と共に起床し、暗くなってからはベースキャンプで食事や武器の手入れ、軽いコミュニケーションをとってから睡眠を取る。
「見張りの組み合わせは……」
セシリアが言い出した時、クロウは「クロと一緒に」と言おうとしたが、それより早くクロナが口を開いた。
「リルラちゃんと一緒がいいです」
……
…………
………………
クロウの思考が停止する。
復活するのに時間が掛かった。
そして驚いたのはクロウだけではなく、他の班員も同様に、虚を突かれたような顔だ。彼らも、クロウとクロナが組むと思っていたのだろう。
「えーと、いーの? クロナちゃん」
「はい。せっかくですから、交流を深めたいです。お兄様も、ミリグリア(アルトの名字)くんとお話してみたらどうです?」
と、リルラの言葉に、クロナは無邪気な笑顔で答える。
クロウは呆然としたまま一言も発する事が出来ず、結局話し合いが終わるまで硬直したままだった。
クロナは、クロウが幼い頃に失った『日常』を再び手に入れられれば、と、そう思って言ったのだろう。
しかし、クロウにとって、クロナが彼の全てなのだ。
それは依存と言ってもいい程に。
狂的と言っていい程に。
偏愛と言っていい程に。
クロウはクロナの事しか見ていない。
しかし、クロナは兄であるクロウを慕い、敬愛し懐いていも、クロウが彼女に寄せている程に重い感情は持って無い。
だからクロナは、クロウが彼女以外に気を許せる人間が出来たらいいな、と無邪気に考えたのだ。
クロウがもっと笑えたらと。
クロウに友達が出来たらなと。
クロウとアルトが仲良くなれたらなと、そう思って、クロナはそう、見張りの組み合わせを提案したのだろう。
……リルラと話したい、という理由も有るのだろうが。
そう考えると、クロウにはやはり、何も言えない。
クロナの傍にいたい。離れたくない。しかし、そのクロナが、クロウに友達が出来るようにと、そう考えて行動してくれたのだから。
「………………………」
結局、クロウが正気を取り戻したのは、昼休みになって、クロナが彼を食堂に誘った時だった。