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7.兄妹の朝




まだえ日も上らない朝。

紺と青紫色の空と霧に満ちたこの時間は幻想的ですらあるが、クロウからしたらこうなる。

「いつもの風景だな」と。なぜなら彼は10数年もこの時間から戦闘訓練を受けていたのだから。


薄着で極寒の吹雪が吹き荒れる山や、灼熱の溶岩溢れる火山に朝っぱらから放り出されたことも一度や二度では……いや、20は超えるだろう。


「よっ」


クロナが撃ってきた第7階魔法<アイシクルガトリング>を<ダークネスブレイド>二本で迎え撃つ。

襲いかかる無数のツララを、最低限の動きで受け流し、切り裂き、また紙一重の動作でヒョイヒョイ避ける。

しかしツララの雨はいっこうに止まない。


「<我望むは闇の(アギト)

 <全てを喰らいし暴食の闇>

 <日を蝕む月の如く>

 <其が生みしは久遠の夜>

 <星月すら無き虚無の空>

 <星すら喰らう邪狼の顎なり>

 <(イクリプス)>」


普通ならば詠唱するには集中しなければならず、攻撃されながら出来るものではないのだが、クロウは平然と第7階魔法の詠唱をやってのける。


詠唱を終えてクロウが右手の剣を突き刺すように前へ向けた。そこから飛び出す一匹の真っ黒な狼。

第7階魔法<(イクリプス)>は、闇属性魔法の特徴たる『侵蝕性』をフル活用した魔法である。

真っ黒な狼は第7階魔法の特徴である薄靄(うすもや)のような魔力を辺りに撒き散らしながらクロナが造った魔法陣……<アイシクルガトリング>の魔法陣に食らい付く。


「ほにゃ!?」


クロナがかわいらしく悲鳴(?)上げた。

薄く青い燐光を纏っていた青白い魔法陣は日蝕ように黒くなり、すぐに魔法陣だけでなく、周囲の魔力全てが黒く染まり、ツララも黒い霧となり霧散した。

(イクリプス)>は、魔法を蝕む魔法なのである。


クロウはその間にクロナの後ろに回り込み、彼女の頭にぽふ、と手を乗せる。


「はい、終わり」




+++




場所は第一訓練所。朝4時。

そんな時間からクロウとクロナは模擬戦を行っていた。

クロナも弱くはない。というかアルトリア第二魔法研究所では弱い者など処分対象でしかない。

処分……つまり、処刑。

そしてソレを行わされるのも、クロウ達だった。

しかしクロナが強いと言っても、それでもまだ『人間』の域だ。


クロウはもう、人間どころか生物からも大きく外れているのだから。


「お兄様、強すぎです」


「当たり前。妹より弱い兄とか、なにそれゴミ?」


「それ以前の問題です!?」


軽口を叩き合う二人。

あの後も戦闘(じゃれあい)を続け、当然の如くクロウが全勝。

そして負けた方には罰ゲームつきだ。


「あぅう……また罰ゲームするです……?」


「当たり前」


「あうぅ〜ー……こんな、トコで……」


顔を赤くするクロナをクロウが正面から抱き寄せる。クロナは抵抗しない。


「……れろ……はむ……」


「にゃあっ……くすぐったい、です……」


クロウがクロナの耳に舌を這わせ、甘噛みする。その度にクロナの体がぴくんと反応する。


「ひゃ、んっ……」


しかし嫌がるどころかむしろ求めるようにクロウの首に腕を回すクロナ。


もう罰ゲームでもなんでもなかった。


「あぅ……? もう終わりです……?」


日が昇ってきた時点でクロウはクロナを離した。彼女は名残惜しそうな声を出す。


「人が来る」


クロウは訓練所の入口に忌ま忌ましげな視線を向けていた。




「まさか、あなた方がいるとは」




入って来たのは、薄い水色の髪を肩あたりまでのポニーテールにして少し鋭い青い目をした背の高い女子……カタリナ・モモ・スライアだった。

しかし、クロウとクロナは彼女が誰か解らない。同じクラスといえ、まだ学園生活二日目の朝なのだから。

……クロナはともかく、クロウは一年経ったとしてもクラスメイトの名前をほとんど覚えてなさそうであるが。

クロナが人見知りの小猫のようにクロウの後ろにひっこむ。

カタリナが口を開いた。


「一つ質問をいいでしょうか?」


「断る」


「どうやったら、それ程までに強くなれるのですか?」


丁寧な口調でサラッとクロウの拒否をスルーするカタリナ。


「……答えるのも面倒だ」


どっちにしろ、クロウに答える気など無いのだが。

カタリナもそれが解ったのだろう。

剣を二本抜き放つ。


「ならば、剣で(かた)……」


が、カタリナの言葉が終わる前に、彼女の頭の上から氷の塊が振ってくる。


ガゴンっ


「………」


クロナの魔法だった。クロウの後ろに隠れながら魔法で奇襲したのである。


「………」


気絶するカタリナ。


「クロ、グッジョブ」


クロウが振り向いて後ろの彼女にそう言うと、彼女は「褒めてっ、撫でて、ぎゅぅして?」と顔で語っていた。

軽いドヤ顔である。


しかし、クロウはカタリナが倒れている訓練所などでクロナとじゃれるのはなんかいやだ。


「<身体強化(エンフォース)>」


属性外魔法の身体強化を自分に掛け、クロナをいわゆる『お姫様抱っこ』する。


「ほにゃ……?」


クロナは猫のように首を傾げた。


人気(ひとけ)の無い所行こ?」


そう言って、クロウは地面を強く蹴る。

クロナが小さく「きゃっ!?」と悲鳴を上げクロウに強くしがみつく。

コロッセウム型をしている訓練所の観客席の一番高い所までクロウは跳んで、さらにそこから強く跳ぶ。

クロナがクロウの胸に顔を埋めて目を閉じた。


トン


と、着地したのは時計塔の展望スペース。

地上50メートルはある場所で、こんな所に来る人間は普通いない。

あるとすれば、戦闘科の基礎体力向上授業で時計塔の長い階段を登らせられる生徒くらいである。

それに今は早朝。時計塔に登る人間などいない。


「び、びっくりしたです……」


涙目でクロナがクロウにそう訴える。

クロウは彼女をなだめるように優しく抱きしめ、クロナの長く綺麗な髪を()く様に撫でる。

落ち着いたのか、クロナは目を閉じ、クロウに体を預ける。


「さっきはありがと、クロ」


「うるさい女を黙らせただけなのです。お兄様が面倒そうな顔をしていたので黙らせただけなのです」


言いながらも、彼女はどこか期待顔だ。


「ははは」


クロナの言葉にクロウは軽く笑い、彼女を抱きしめる腕に少しだけ力を込める。

彼には妹が愛おしくて仕方がない。

それはもう、


彼女の為に国を一つ滅ぼすほどに……


「良く出来ました」


「ひゃう!?」


クロウはクロナの耳元でそう囁くと、彼女の髪を梳くのを止め、手の平で頭を優しく撫でる。それにクロナは幸せそうな笑みを浮かべた。




これは、予鈴の鐘が鳴るまで続く事になる。




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