5.模擬戦
魔法の詠唱は「<〜〜>」で表してます。
<~~>の数は魔法の階位が高いほど増えます。
「試合開始!!」
クララベル教諭がそう言い終わった途端、アリオストが吹き飛んだ。
「え?」
この一言は誰のものだっえたかは定かではない。しかしクロウとクロナを除く、この場にいる人間の総意である。
クロウとアリオストの距離は10メートル程もあった。
普通なら牽制に魔法を一発撃って、そこから近接戦に持ち込むのが、魔法剣士であるアリオストの戦闘スタイル。
しかし、彼は1センチたりとも動く事無く、ほぼ水平にすっ飛んで行った。
クロウは『ただ』アリオストの腹を蹴っただけである。
自然体から、強く踏み込みもせず、足のバネを使い距離を詰めて。
それはつまり。
クロウが普段から常に臨戦体勢だという事だ。
そして蹴り一発で止まるクロウではない。
まだ直線に飛行(?)しているアリオストに悠々と追いつくと、彼を上空に蹴り上げる。
数メートルは浮いた。
クロウが腹を蹴った為だろう。アリオストは呼吸も声を上げる事すらも出来ない。
「<我望むは黒狼の爪>
<死を司る邪狼の爪なり>
<刃は鋭く空すら引き裂く>
<ダークネスブレイド>」
アリオストが降って来る前に、クロウは声に魔力を練り込んで詠唱する。
詠唱が終わると、彼の右手に一本、漆黒の長剣が現れた。
第4階魔法<ダークネスブレイド>。闇属性魔法で、魔力に闇属性を与え凝縮し剣状の武器を作り出す魔法である。
しかし、それだけではなかった。
「詠唱しながら魔法陣練ってる!?」
リルラの声だ。
クロウは詠唱しながら、左手で魔法陣を描いていたのだ。学生が出来るような技能でないどころか、もはや曲芸のレベルである。
片手でそれぞれ別の絵を描くようなものだ。
中心に属性指定の陣。
その外周に魔力圧縮のプログラム。
さらに現象指定と形状指定のプログラムを組んでいる。
最後に漆黒の魔法陣に魔法名を打ち込む。
<ダークネスブレイド>と。
二つの長剣が出来たのはほぼ同時だった。
そこへアリオストが落ちてくる。
彼はまだ気絶こそしていないが、何が起こったのか理解出来てないようだ。
そこへ、クロウの斬撃が襲い掛かる。まるで乱舞の様な斬撃が。
クロウは刹那の間に幾度も切り裂く。
振り切らず、小回りを効かせ、遠心力を利用して、落下中で身動きがとれないアリオストを切り刻む。
そしてアリオストが地面に着く直前に蹴りを入れ、訓練所の壁まで吹き飛ばした。
「<我望むは黒き刃>
<幾多の刃は嵐の如く>
<纏いし黒雷は万物を蝕む>
<其は貫く音すらも>
<アサルトナイフ>」
アリオストはまだ気絶していない。クロウがそういう痛め付け方をしている為だ。
「お前は気持ち悪い目でクロを見た」
バチバチバチバチバチバチバチッ
クロウの周囲に10数本の漆黒の短剣が現れ浮遊する。
それらは黒い雷電を放電するように纏い、切っ先は全てアリオストを向いていた。
「万死に値する」
シュッ
一本のナイフがアリオストに向かい飛んで行く。
ドスッと重い音を立ててナイフが刺さるが、それで終わらない。
後を追うように次々とナイフが向かい、二本目が刺さった瞬間、
バヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂ!!!
と、放電を始める。
ナイフが一本、また一本と刺さって行くごとに放電は強くなり、最後の一本が刺さると爆発的な量の雷を撒き散らした。
「そこまでだクロウ」
クララベル教諭が止めに入る。
さすがに訓練所内は身体的損傷を受けないといっても、痛覚はあるのだ、精神的に危険だと判断したのだろう。
クロウはまだ殺り足りないとでも言いたげに眉をひそめたが、アリオストが気絶しているのに気付くと、特に何も言わず地面を蹴る。
ヒョイっと、そんなノリで彼は飛んだが、そこはもうクロナの隣である。
リルラとアルトを始めとする生徒全員が度肝を抜かされた。何せ数十メートルを一っ跳びなのだ。
クロウは妹の隣……リルラの反対側に腰を下ろす。
「お疲れ様です、お兄様」
クロナはそう言ってクロウの腕に抱き着いた。
「ただいま」
そう返すクロウも、つい先程まで戦闘をこなしてきたとは思えないなりだ。
服が汚れてもなければ息切れすらしていない。
クロウはポン、と、クロナの頭に手を乗せ、そのまま優しく撫でる。顔には妹にだけ向けられる優しげな笑みが浮かんでいた。
+++
その日の夕方。
アリシス・クララベルは職員室で頭を抱えていた。
まず、彼女のクラスから一人、入院患者が出た為だ。
アリオスト・クラウニクス。
彼が受けた攻撃は、どれも危険なものだった。
まず最初の蹴り。恐らく腹に食らったと思われる。
次の蹴り上げ。背骨に直撃。
次。……剣で微塵切りにされる。
ラスト。ナイフでめった刺しにされ、体内から超高圧電流を流される。
……まるで……いや、丸っきり拷問だ。
そして、彼は巨大な痛覚を負ったせいで、精神的に壊れる一歩手前まで追い詰められた。
今は近所の総合病院のベッドの上である。
「………」
そんな事を起こした新入生、クロウは、何のお咎めも無かった。
校則には『生徒の両者合意の元で行う訓練戦闘において、事故が発生した場合の責任を生徒は負わない』とあるのだ。
クロウにはこれが適用される。
「全く、とんでもない問題児が入ってきたものだ……」
+++
結局あの試合の後、授業は休講となった。ショックで気絶したアリオストを先生方が医務室に連れて行ったためである。その後彼がどうなったかは生徒で知る者はいない。
「はっ」
クロウは今、そこそこ機嫌が良かった。
試合でアリオストとかいう男子をボコボコにしたおかげか、彼らを見る好奇の目が激減した為だ。
誰だって長期入院はしたくない。
「はっ」
クロナはかわいい。クロウはそう思う。
おとなしいがどこか抜けた性格も、艶やかな漆黒の髪も、澄んだ夜空のような綺麗な目も。それと対をなすように白い肌も。時折見せる猫っぽい仕種も。頭を撫でると心地好さそうに鳴k(以下略)
彼女の全てが愛おしい。
「はっ」
そしてそんな妹を、気持ち悪い目で見られるのは我慢ならなかった。
兄として。
「はっ!」
つい、長剣の素振りに力が入る。
しかし無駄な力が入って斬撃がブレたりする事はなく、むしろ力強く、速く、剣を振るう。
「お兄様」
彼の近くで魔法の練習をしていたクロナが声を掛けてきた。
それにクロウは二本を長剣を振るっていた手を下ろす。剣が霧のように霧散する。
「どうかした?」
今はもう既に夜で、場所は第一訓練所だ。
もう十二時近く、真上に巨大な満月が浮かんでいる。
何でこんな時間に訓練所にいるかというと、長い間アルトリア第二魔法研究所で未明から遅くまで戦闘訓練や魔法講義を受けていた彼らの体内時計は狂っていて、十一時でも眠気が襲って来ないためだ。
他に人の気配は無い。二人きりである。
「大好きです、お兄様」
突然クロナがそんな事を言って、自分に抱き着いてくる。
クロウもクロナの背中に腕を回して、
「俺も好きだよ、クロ」
と言う。
それにクロナは嬉しそうに笑い、甘えるように、さらにクロウへ密着する。
猫の様に目を細めるクロナが堪らなく愛おしい。
寮に戻れば、二人は一緒にはいられない。
当然、寮は男子女子で別れている。しかし、クロウはクロナから離れたくなかったし、クロナもクロウ程ではないが、似たような心情だった。
そのため、夜間と早朝の訓練所使用許可を申請し、手に入れた許可時間を限界まで使って二人でいるのである。
流石に、夜中や日の出前から訓練所を使おうとする生徒はほとんどいなかった。
「ん……」
クロナが名残惜しそうにクロウから体を離す。
「そろそろ帰らないとです……」
クロナが懐中時計を開いて言う。もう既に零時を過ぎていた。
「……戻ろうか」
「はい」
そう言って、二人は手を繋いで寮に戻る。
四時間後にまた会うと誓って。
厨二だなこりゃw