3.学園
界歴1216年。アルトリアが滅んだ翌年。
都市国家『シルドゼルグ』の安全性は世界でもトップレベルである。
堅牢な外壁と、モンスターから一般人を守るための騎士や、ハンターを育成する学園の存在。そして人口の増加に伴いシルドゼルグの街は地上ではなく地下に発展していったのが大きい。
魔法技術をふんだんに用いられ成り立つシルドゼルグの地下は、太く高い柱が所々にそびえ立ち、天井には光魔法によって擬似的な空が描かれている。
地下と言えど利便性は地上とあまり変わりない。
それどころか、大地に潜るモンスターは今現在存在していないため、地上より遥かに安全だと言える。
そのためシルドゼルグでは、社会的身分や施設の重要度が高い順に、
地下都市中心部、
地下都市外周部、
地上都市中心部、
地上防壁付近、
と、暮らす場所を大まかだが制限されている。
地下空間を丸ごとくりぬき、魔法で擬似的な空を天井に映し、土属性魔法で厳重に補強された都市。
そしてその街の地下の中心部に近い場所にそれはある。
シルドゼルグ総合技術学園。
戦闘科、技術科、魔法技術科、普通科の四学科を持ち、初等部6年、中等部3年、高等部3年制の巨大な学園で、シルドゼルグの中でも重要な施設のため、地下の中心区画にそびえている。
一学年約300人で、成績順に上からABCDEFGHIJの10クラス編成。
そしてその巨大学園に、夏休み明けの中途半端な時期にも関わらず、二人の新入生が高等部二年に入る事になった。
二人の噂は、入学試験を担当した教員の一人がうっかり口を滑らせた事によって、既に全校へ広まっていた。
曰く、戦闘科志望で、試験の模擬戦で教員をフルボッコにしたとか。
曰く、双子で外国人だとか。
曰く、入試の過去の最高成績をぶっちぎったとか。
そしてそれら全てが、事実だった。
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「本当に、私が、学校に通えるなんて……夢みたいです…」
一人の少女がそう呟く。
長くきれいな黒の髪に、雲一つ無い夜闇のような透き通った目と、白くて華奢な印象をうける細身の体。全体的にまだ小柄な少女。
「クロが嬉しそうで良かった」
少女ーーークロナの隣にいた少年がそう言った。
クロというのは少女の愛称である。
少女と同じ真っ黒な髪は短くも長くもない。少女程ではないが男子にしては細めの体をしている。身長は普通でクロナより10センチ高いかどうかくらいだ。
顔立ちもどこかクロナと似ていて、彼らが双子だというのは見た目で判断できる。
しかし、目だけはクロナの澄んだ黒と違い、少年の瞳は重く暗い闇色をしていた。
その少年…クロウは妹であるクロナに向けた言葉と裏腹に、どこか複雑そうな表情をしている。
幼い頃から二人で生きてきたクロウにとって、クロナはたった一人の気を許せる存在であり、ずっと彼女を大切に守ってきた。
そのためか、妹よりもずっと、人間の醜さを良く知っている。
他にも理由があるが、、彼は妹以外の人間に気を許しはせず、またクロナが学校という小規模な社会環境の中で人間と関わって傷付いたりしないかどうか不安だった。
しかし「学校に行きたい」というのはクロナの長年の夢であった。
物心がつく前に親に捨てられていて、さらに学校なんて通う暇もなくアルトリアの第二魔法研究所人体実験施設に入れられたため、クロナは学校にある種憧れを持っていたのだ。
兄として愛しい妹の夢を叶えてやりたかったし、実際それが叶って嬉しそうにしているクロナを見るとクロウも嬉しく感じるのだが、それとは反対に、クロナをあまり人間に関わらせたくないという気持ちが複雑に絡み合う。
クロウのそんな悩みと反対に、クロナは純粋に学校というものを楽しみにしている。
それもそうだろう。
クロウがクロナをずっと守ってきたせいで、クロナはあまり人間の醜い部分を知らないのだから。
教室棟の三階の『2-A』と表札がぶら下がった扉の前でクロウがそんな事を考えていると、教室内から「入って来い」と言われる。
クロウとクロナは編入生として今日からこのシルドゼルグ総合技術学園に入学する生徒であり、現在は朝のホームルームの時間で、あらかじめ担任教師から、「呼ばれてから入って来い」と言われていたのであった。
ガララララ……
とクロウがスライドドアを引いて教室に入ると、途端彼は大量の視線を浴びる。
それにクロウは嫌悪で一瞬眉をひそめたが、それを押し殺して教室に入った。
「適当に自己紹介でもしてくれ」
担任の教師……メガネを掛けた切れ長の目に紺色のロングヘアをポニーテールにした真面目そうな女性教師ことアリシス・クララベルがクロウとクロナにそう促す。
「……クロウ。苗字は無い。隣のクロナの兄だ」
クロウのあまりにもやる気のない自己紹介に一瞬クラスの大半が気まずい空気になるが、悪化するよりも早くクロナが口を開く。クロウの辟易した様な態度にクスリと無邪気に笑いながら。
「クロナです。クロウお兄様の双子の妹です。お兄様は人見知りな所がありますが勘弁して下さい。よろしくお願いします」
そう言ってペコリとクロナは頭を下げる。彼女の髪がサラリと舞った。
「じゃあ質問時間だ。この二人に質問がある奴は挙手」
クララベル教諭がそう言うと、クラスの生徒の多くが手を上げる。
「どこの国出身なんですか!?」
「過去の成績をぶっちぎって一位って本当ですか!?」
「趣味は何ですか?」
「入試の時模擬戦でアームストロング先生を一方的にボコッたってマジか!?」
「マジックウェポンは何を使います!?」
一瞬にして盛り上がる生徒達。吹き荒れる質問の嵐。
挙手する意味ないだろコレと思いつつ、クロウは答える気にならない。
クロナは一つ一つ律儀に答えようとしているが、彼女の鈴の音の様な声は喧騒に掻き消されてしまう。
クララベル教諭も額に手を当て困り顔だ。溜め息すらしている。
「その髪と目は地毛ですか!?」
「戦闘スタイルは?」
などなど、さらに質問のトルネードが続いてゆく。
しかしそれは以外な形で硬直する事になった。
「想い人はいらっしゃいますか?」
という質問に、クロウとクロナが同時に即答したためだ。
「クロ」
「お兄様です」
声は決して大きくなく、先程まで質問のテンペストに声を掻き消されていたクロナの声でさえ、その言葉は不思議と良く響いた。
『………』
先程までの盛り上がりは何だったのかと思える程、教室が沈黙に包まれる。
「えぇと、それ、家族として、きょーだいとして、ですよね……?」
一人の女生徒が恐る恐るといった様子で二人に尋ねるが、クロウもクロナも首をカクンと傾げた。
まるで、愛情に種類があるのか? と言いたげに。
「一応、この国で近親婚は犯罪だが……」
気まずそうに言うクララベル教諭。
「近親婚で設けた子供は劣性遺伝を多く引き継ぎ、奇形児が生まれ易くなるからか?」
「ま、まあ、そうだが……それ以前に、倫理的にも、いろいろアウトだろう」
クロウの言葉に、クララベル教諭が何故か言い淀みながら答える。
そしてクララベル教諭の言葉に、再びクロウとクロナは首を傾げた。
「何故倫理的にアウトなんです?」
とクロナが聞く。
『………』
一拍おいて、クラスの人間全員が悟った。
「……この二人、子供の出来方知らないんだな」と。