2.妹の願い
界歴1215年。
アルトリア都市国家が地図から姿を消す日の朝……と言ってもまだ日も昇らない時間。
「クロは、もしここから抜け出せたら、何がしたい?」
少年はそう言った。
黒髪黒目、痩せ気味で中背の少年。
その言葉に、少年の隣に座っていた少女は少し悩むように首をかしげる。
少年と良く似た、というか全く同じ黒髪黒目の少女。
少年は彼女の仕種をほほえましげに見つめていたが、やがて少女が口を開いた。
「……学校に行ってみたいです」
その声は、酷く、暗かった。
まるで、決して届かぬ夢に手を伸ばしているのだと解りきっているような、そんな声音。
長年少女の傍にいる少年は、少女の微かな、微細な表情の変化からそれを読み取った。
「でも、きっと無理なのです」
彼らがいる場所はアルトリア国立第二魔法研究所と呼ばれていた。
魔法研究所は本来魔法技術の発展を目指し日夜研究に耽ている施設だが、第二研究所は特殊だった。
ここは、人体実験の専門施設なのだ。
そういう二人も、まともな人間の姿をしていない。
少年は、狼のような漆黒の耳とふさりとした尻尾を持っている。
少女は、悪魔の如き闇色の翼と細長く先端がスペードの形をした尻尾を持っていた。
この世界で、人類が住むことを許されたのは、高い防壁を備えた都市国家の中だけ。
外界には人類より遥かに強いモンスター達が闊歩しており、人間の住める場所は限られている。
生き残った人類は、世界各地に様々な規模の閉鎖的都市国家を形成した。
そして、そんな状況を打開するために『造られた』のが、彼らだった。
人体にモンスターを移植し、通常の人間には不可能な戦闘能力を持たせ、モンスターを殺すためだけ……戦うためだけに造られた存在。
「お兄様は、ここから出たら何がしたいです?」
少年と少女は双子で、少年の方が兄だった。
「俺は、クロが傍にいてくれれば、どうだっていいよ」
そう言って、少年は妹を抱きしめる。
「ほにゃっ?」
少女は少しだけビックリしたように鳴いたが、心地好いのだろう。やがてすぐに目を細め、自分から少年の首に腕を回す。
「こんな国、俺が壊すから」
少年は少女の耳元でそう囁く。
破滅を誓う。
その夜だった。
都市国家『アルトリア』が、この世界から姿を消したのは。