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19.二重奏(デュエット)


クロナ視点です。






クロナが女子用テントに入ると、なぜかリルラ、カタリナ、セシリアが、寝袋にくるまりながら真顔で頭を突き合わせていた。


「……何してるです……?」


クロナは控えめに声を掛ける。


「あ、お帰りクロナちゃん。何って、ガールズトークだよ?」


「がぁるずとぉく?」


リルラの言葉に、クロナは首を傾げて聞き返した。

彼女も制服のまま、寝袋の中に潜り込む。


「女の子同士でお話する事ですわ」


セシリアが軽く説明してくれた。


「クロナちゃんも一緒にはなそ?」


「はい、勿論です」


リルラの誘いにクロナは了承し、彼女も寝袋に包まりながら頭を三人の方へと向けた。


「じゃあ率直に聞くよ? みんな好きな人はいる?」


「お兄様です」


「剣です」


「ってそこの二人オカシイよ!?」


リルラの問いに、クロナとカタリナが答える。方向性が大いにズレた二人にリルラは小声で突っ込んだ。


「私は今の所おりませんわ」


「なんだろ、セシリアちゃんの答えが一番マトモに聞こえる……」


「そう言うりーちゃんはどうなのです?」


「ボクもいないよ……」


『………………』


話が続かない。

だがそれも仕方ない事だろう。

常識をあまり知らないクロナ、王侯貴族たるセシリア、代々優秀な騎士を輩出してきたスライア家のカタリナ、この三人に『普通』など通用しない。


「……話題が無い……もうこうなったら、これまで空気を読んで何も聞いてこなかった、クロナちゃんとクロウくんの事を聞こうか……」


リルラが苦し紛れにそう言う。


「ボクは、今日ここで、2A暗黙の了解を破るよ……」


「なぜそんな重々しいです?」


「だって怖いんだもん! 二人のプライベートの事なんて聞いたらクロウ君に睨まれそうで怖いんだもん! テントの中で話しててもあのクロウ君になら聞こえそうなんだもん!」


「確かにお兄様の耳は兎並…いえそれ以上に鋭いです。でもお兄様は、女の子の会話を盗み聞く程野暮ではないです」


「兎以上の聴覚ってナニ!?」


「……しかも、聴力を自由に調整出来るです。『目のピントを外す感じ』だそうです」


「もうボクには突っ込めないよ!」


リルラ、ツッコミギブアップ。


「……じゃあ、話をもどすけど、聞いてもいい?」


「どうぞです」


なぜかもう疲れたようなリルラの言葉に、クロナはけろりと答えた。


「……じゃあ、二人の出身都市国家は?」


「アルトリアという国です。シルドゼルグの北東にあったです。特徴は………………私も良く知らないです。あまり豊かな国でも安全な国でもなかったという事しか……」


「知らないの? 自分の国なのに?」


「……小さい頃から、特殊な施設に入れられていたですから……」


クロナの言葉に地雷の雰囲気をビンビンに察したのか、三人はそれ以上は聞いて来なかった。


「ええと、じゃあさ、クロナちゃんは、クロウくんのどこらへんが好きなの?」


再び行うリルラの話題変更。


「全部、です。小さい頃からずっと私を守ってくれているのも、妙な所で頑張り屋さんなのも、時々見せる優しい微笑みも、全部全部、大好きなのです」


『………』


そんな小さい頃から、一体クロウは何からクロナを守ってたのだろうと三人共思ったが、再び地雷の気配を感じた為、口には出さなかった。


「……んと、……ああそうだ、クロウくんって全然大きな声出さないよね? おとなしい、っていうのともまた違う気がするけど……」


「……私は、お兄様の大声なんて、二度と、聞きたくないのです」


クロナは少しだけ強い口調で言う。


クロウが大声を出すのは三パターンだけ。


泣き叫ぶか、

憤怒に喚くか、

狂ったような笑うかの、たった三つ。


泣き叫んだのはたった一度だけ。

怒り狂ったのは、何度かある。

一番多いのは、笑いだ。狂ったように凄絶な笑み。


『きひひひひっ』


と、笑うのだ。


『きひひひひひひひひひひひひっ!』


と、狂ったように笑うのだ。


まるで

苦痛を覆い隠すように。

恐怖を押し隠すように。

それらを憎悪に変えるように。

無理矢理自分を動かす為に。


クロウは、痛々しい、狂った笑いを上げるのだ。


立ち止まらないように。

痛みで足が止まらないように。

恐怖で身がすくまないように。

それらを憎悪に変えて自分を奮い立たせるように。


その為に、彼は狂った、痛々しい笑いを上げるのだ。


それらを聞くのが、クロナは、大嫌いだった。


まるで兄が壊れていくようで。

彼自分すらも犠牲に糧に、力を求めるかのようで。


クロナは、クロウが泣き叫ぶのも、怒り喚くのも、狂ったように笑うのも、大嫌いだ。


「……二度と、お兄様の、笑い声なんて、聞きたくないのです……!」


クロナはそう、言いかけて。


外から感じた、<ベルセルク>よりも更に莫大な魔力に、口を開けなかった。


「ッ!?」


「なっ……!?」


「ひっ……」


リルラ、カタリナ、セシリアに至っては、体が硬直している。

クロナはその巨大な魔力の雰囲気がクロウの物だとすぐに理解したが、彼女は目を見開いていた。


「嘘、お兄様、そんな、まさか、<神々の黄昏(ラグナロク)>……!? でもそれにしては、魔力が小さいです……?」


クロナは誰にも聞かれないように呟く。

そして、更に第10階以上の魔法で発生する魔力雪が、テントの中に一カケラ、入って来た。


「ああ……暴発したです……?」


呟いて、クロナは溜息を一つつく。

感じた魔力は、おそらく第11階魔法と、暴発したその魔法を消す為の第10階魔法。


第10階魔法ですら、一発撃っただけで、どれ程魔力が高いニンゲンでも魔力枯渇で死亡するのだ。

……ニンゲンなら。

いや、クロナでも、死ぬが。

中級モンスターでも死ぬ。


それよりも更に、高位の魔法。

いくらクロナとは比べものにならない魔力を保有しているクロウでも、強い頭痛と激しい目眩(めまい)を感じるはずだ。


「……今の魔力、兄様のです。安心していいです」


クロナは身をすくませている三人にそう言う。


「………」


「………」


「………」


「……だめです、放心してるです。まあいいです」


その内元に戻るだろう。

そう思って、クロナは寝袋から抜け出した。

クロウの様子を見に行く為に。




+++




「お兄様、大丈夫です……? 魔力使い過ぎてないです……?」


クロナはクロウが心配でそう問う。

クロウは少し憔悴したかのような表情だ。

隣でアルトがクロウの強大な魔力に当てられたせいで気絶している。


「へーき」


「絶対、嘘です」


「本当だよ。魔力は大丈夫。頭痛いし、目がぐるんぐるんする。あと気持ち悪い。でもそんなのは平気。問題は、クロがテント行ったから寂しかった事」


「そっちだったです!? あと頭痛も目眩も重症の部類です! 休むです!」


クロウの言葉に、クロナは少し強めに言った。


魔力が不足すると人体に多大な影響を与える。

軽症なら倦怠感と軽い頭痛。

重症だと激しい頭痛に意識の混濁(というか気絶)。


クロウは明らかに重症だ。


「絶対それ重症です。お兄様だから目眩で済んでるです。私が重症になったら簡単に気絶するです。本当に一体お兄様の精神力はどうなっているです。お願いです休んで下さいです」


強く、クロナは言う。

ただでさえ、クロウのコンディションは良くないのだから。


「さっきは一体何の魔法を使ったです?」


「<アビスゲート>の改造物。生物を入れられるようにしようと思って、空気とか足場とか重力も入れたんだけど、エンタルピーが大きいから魔力効率がすごく悪くて、いっそ臨界連鎖反応起こして効率化を(はか)ったら、そこで『クロが傍にいなくて寂しくてもう死ねる病』が発症して操作ミスって、臨界超過して暴発。重力が加速度的に強くなってブラックホールになりそうだったそれを<フェンリルファング>で相殺した」


「ブラックホール魔法と<フェンリルファング>の使用魔力はいくつです?」


「ブラックホール……11階【帰らぬ荒塵(クルヌギア)】が暴発時に2200超え。使った10階【フェンリルファング】が2800。他の改造作業とかも含めると合計約7600」


「……無茶苦茶です……」


魔力密度は、一つの魔法に注ぎ込む魔力の密度の事である。当然密度の高い方が大量の魔力を注ぎ込んだ事になる。


第1階に使う魔力が基本2。

第2階が4。

第3階が8。

第4階が16。

第5階で32。

第6階で64。

第7階で128。

第8階、256。

第9階、512。

第10階、1024。

第11階、2048。


これが基本だ。倍倍で使用魔力は増える。難易度の増加率は更に酷い。

更に魔力を込めれば密度が増え、威力も上がる。しかし、普通はそんな事出来ない。


なぜなら、人間の魔力など、どんなに高くたって、千も無いのだ。平均は百程度である。

そして階位が大きくなればなる程、低位の魔法に高位の魔法の威力を超える程の魔力を込めるのが困難になる。

大量の魔力を注ぎ込む必要があり、命に関わる為だ。

魔力が枯渇したら死ぬ。

人間に、魔法の階位を超える威力を出せるのは、普通第4階まで。それ以上は消費魔力が多く危険だ。


そして、クロウがやったのは、第10階闇魔法<フェンリルファング>での第11階闇魔法<クルヌギア>の侵蝕・破壊。

文字通り、桁外れの荒業だ。


いくらクロウとフェンリルが持つ莫大な魔力を持ってしても、大量の魔力を消費する。

ちなみに、クロウとフェンリルの魔力は融合していた。


「………」


クロウは端から見ると平然としているように見えるが、妹であるクロナから見れば少し危険だ。

クロウは決して、自分の弱さを、誰にも見せない。

だがクロナには解る。

クロウが、激痛と強力な目眩を、精神力だけで抑えつけているのが。


研究所にいた時に比べればマシかもしれない。

だが、それでもクロナは、クロウが心配で仕方ない。


「お願いです……休んで下さいです……」


「ごめんクロ、無理」


そこで、クロウが目を細め、夜空の一カ所を見つめて言った。

まるで、獲物を見つけた獣のように。

それを見て、クロナはすぐに彼が何をしようとしているのか解った。


「……モンスターです?」


「鳥型複数。D。ガルーダ。三キロ先」


クロナの問いに、クロウは短く答える。

ガルーダはDランクの鳥型モンスターで、十体程度の群れで行動する。


こんな、森の外周部に現れるモンスターではない。


「……お兄様は休んでてほしいです」


「ガルーダの群れ相手に、クロ一人で何が出来るの? 俺が殺すよ」


「でも……却下です」


「じゃあ二人で()ろ?」


クロナはそれに答えない。

クロナ一人で、Dランク鳥型モンスター『ガルーダ』の群れを殲滅するのは不可能だ。

リルラ達は足手まといにしかならない。


だからクロウが言っている事は正論だ。しかし、クロナはクロウを戦わせたくない。


「<我望むは深淵への扉達>

 <音も光も時すら喰らう闇への扉>

 <果て無き虚無の世界へ(いざな)い>

 <永久の世界唯一の出口>……」


クロウが詠唱を始める。

クロナは何も言わない。

戦闘でクロナがクロウに口出し出来る事など、何一つ無いのだから。


「<我望むは氷の槍達>

 <敵を穿(うが)氷柱(つらら)の槍>……」


クロナも詠唱を唱える。

まだ彼女はガルーダを視認すらしてないが、クロウの指示に従えば狙撃くらいできる。

なるたけ射程が長く攻撃範囲も広い魔法を選んだ。


「<其の扉は異界をこじ開け>

 <終わり無き迷宮へ>……」


「<其の穂先はどこまでも鋭く>

 <凍てつく冷気を纏いし氷牙>……」


クロウと詠唱の二重奏デュエット


「<この世にあらざる世界を紡ぎ>

 <永闇(とこやみ)の虚空を此方(こなた)に呼ばん>

 <死者しか通れぬその門を>

 <神すらも冒涜し>

 <理を曲げて我は開こう>

 <ワームホール>」


「<白銀の嵐は暴虐で>

 <無慈悲な吹雪は空すら蹂躙する>

 <アイシクルガトリング>」


二人同時に唱え終わる。

クロウが使った第11階魔法は、クロナも見た事が無かったが、しかしそれは<アビスゲート>に似ていた。

短槍のような氷柱を纏ったクロナの前に、ぱっくりと口を開ける、闇。

どからともなく、黒い魔力雪と、淡い燐光を纏った薄霧が舞い降りる。


「そこ撃って、クロ」


「了解です」


クロウの言葉に、クロナは躊躇わず従った。

それだけ、彼を信頼しているのだ。


大量の氷柱が放たれる。

それらは全て、<ワームホール>に飲み込まれた。


「<第二門出現座標指定>

 <x0θ0,y232θ0,z2780θ0,Δt0,r3,>」


クロウが更に詠唱と良く似たプログラミングをする。

クロナは<アイシクルガトリング>を<ワームホール>へと放ち続ける。


すると、クロナは異変に気付いた。


目の前の<ワームホール>の他にもう一つ、莫大な魔力を発しているものがあるのだ。


しかしそれは、クロウの魔力だ。それに僅かながらクロナの魔力も混じっている。

場所は彼らから3キロ近く先の空、ガルーダの少し手前あたり。


そこから、クロナの<アイシクルガトリング>が出現する。

クロナからはほとんど何も見えない。


「五匹死んだ。二匹重症。他軽傷と無傷。続けるよ」


「……お兄様、何です、この魔法」


「<yθ0から14へ>……

 <zθ0から31へ>……

 目茶苦茶簡単に言えば、ワープホール」


クロウが更にプログラミングを組むと、<ワームホール>の第二の扉の向きが少し変わり、先程落ちなかった何匹かを追尾している。


「……ワープです……?」


「そう、ワープ。生き物が入ったら即圧死するよ。ワープさせるのが魔法でも、制御がすごい面倒くさい」


「……さっき作ったです?」


「うん、<クルヌギア>を改良しようとしてまた何か出来たから、試験運転」


「闇魔法、謎です……」


普通、3キロ近い射程を持つ魔法など、第12(・・・)くらいだが、<ワームホール>は他の魔法と併用する事で、超々遠距離射撃が可能になる。


「使い勝手がかなり悪い。ワープさせる魔法と俺の魔力の波長を完璧に合わせて保護しないと、その魔法が潰れるから。自分の魔法か、見慣れてるクロの魔法しか通れないよ」


「それはまた妙な魔法を作ったですね……そろそろ<ガトリング>が弾切れです」


「了解」


会話しながらも、クロウは<ワームホール>を巧みに制御し、次々とガルーダを撃ち落とす。


「終わり」


「こっちもちょうど弾切れです」


かなり距離が空いてる為、クロナにはガルーダの姿も見えなければ断末魔すら聞こえないが、クロウの言葉に安堵する。


が。


「……また、魔力沢山使ったです、お兄様……」


クロナがジト目で言った。


「……大丈夫、ちょっと喰って来る」


「………」


しかし、尚もクロウは平然とした顔で、そんな事を言う。


「……この辺りの低ランクモンスターで足りるです?」


「大丈夫、トカゲ殺しに行ったついでにいろいろ殺して<アビスゲート>に収納してるから」


「できるだけ、早く帰ってきてほしいです」


「五分で帰ってくる」


そう言って、クロウは身体強化も何も無しの、しかしかなり高速な走りで森の方へと去って行った。


「……お兄様……」


クロナは心配でそう呟く。


しかし、呟く事しかできなかった。





ワームホール等に関して

「いくら魔法だとしてもおかしくないか?」

と思った方、感想にでも書いていただけると助かります。

にわか知識なので…



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