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17.兄の幸せ


クロナ視点です。







夜。

あの後皆で飯盒の片付け等を終わらせると、カタリナとセシリアは三時間の見張りに、リルラは女子用テントへ、アルトは三時間後に見張りを交代するまで睡眠を取る為に男子用テントへ。


クロナとクロウは、ベースキャンプ地のすぐ外側に生えていた背の高い広葉樹の一枝の上に、寄り添いながら座っていた。


地上二十メートルはありそうな木の枝に。


「……お兄様、無理しすぎです。いつもいつもいつも今日も……」


クロナが心配そうな表情を浮かべて言う。


クロウは一週間寝ていない。

人が苦手なのに学園へ通い、面倒くさげに日々を送り、<ベルセルク>などという莫大な負担が掛かる魔法を、何の躊躇も無しに使う。


特に、クロナの為なら、クロウは全てを犠牲にしてでも行動を起こすのだ。

それでたとえ、己が傷付こうが。


クロナは心配だった。


いつか兄が、取り返しがつかない程に壊れてしまうのではないかと。


いや、今も、クロウをマトモとは言いがたいが。

幼い頃の彼は、今ほどクロナに依存してはおらず、偏愛の傾向はあったものの、やはりそこまで重症ではなかった。

瞳も、クロナと同じように、澄んだ夜空のように綺麗な黒色だった。

だが研究所に入ってから、彼の心は、しだいに歪んで、軋んで、ひび割れて、少しずつ壊れていったのだ。


だが、クロナは思う。

クロウは嫌な事などを、抑えて溜め込んで凝縮させ、突然爆発させるタイプだ。

普段表には出さず、心の中に仕舞って。


だからいつか、兄が致命的に壊れてしまうのではないかと、クロナは心配なのだ。


「……ごめん、心配かけて」


「……何で、<ベルセルク>なんて使ったです……? 何で、フェンリルまで解放したです……? そんな事しなくても、お兄様ならBランクモンスター程度、殺せるです。どうしてあんな無茶したです……?」


「早く終わらせてクロの所にすぐ帰りたかったから」


「………」


「クロからあまり長い時間離れたくなかったから……」


「少しは自分の事を考えるです」


「俺にはクロが全て。だからクロの為というのは俺の為にもなる」


クロナは、泣きたくなる。

クロウはクロナの事しか考えてない。

自分の事も問題外。

なら。


彼にとっての幸せとは何なのだろうかと思う。

彼自身の人生とは何なのだろうかと思う。


そしてもし。

クロナが死んだら、クロウはどうなってしまうのだろうか、と。


泣き叫ぶ?

そのくらいならまだいい。


だが、もし、クロナが死んだら、

きっと、クロウは壊れるだろう。


そうなったら、一体、彼は、何をしでかすのだろうかとクロナは思……


「考えたくもないけど、もしクロがいなくなったら、

こんな世界、ぶっ壊す」


「心を読まれたです!?」


「解るよ、クロが考えてる事なんて。ずっと傍にいたんだから。大好きな妹なんだから」


「平然と恥ずかしいセリフを言われたです!?」


クロウの言葉に、クロナは顔を真っ赤にして言う。

クロウはどこか楽しそうだ。

クロナは赤く染まった顔を見られたくなくて、クロウの胸にぽふっと埋もれる。

……さほど太くもない枝の上で、バランスを崩す事無く。

クロウは彼女を抱きしめながら優しく頭を撫でてくれる。


心地好い。


彼にこうされると、クロナはとても落ち着く。


「クロナは、今、幸せ?」


囁くように、クロウがそう聞いてくる。

彼の静かな声音は耳に心地好い。


「幸せです……。学校にも通えて、友達も出来て……」


クロナが答えると、クロウがいきなり耳の裏をくすぐるように撫でてきた。


「ひゃう!?」


耳は、クロナのウィークポイントその一である。勿論クロウにはバレバレだ。


「俺が聞いたのは、クロナは、俺に撫でられて、ぎゅーってされて、幸せ? って意味だよ?」


「にゃっ、あっ、ぁあぁあぁ……わかり、ずらっ……ぃ……」


クロウの指が耳に這わせられる度に、口から妙な声が零れてしまう。

彼の胸に埋もれている為、ほとんど外に漏れないが。


「ねえ、幸せ?」


「ふにゃっ……ぁ…ぇ、れす……」


「聞こえないよ?」


「しって、るっ……くせにぃ……」


「言ってよ。その方が嬉しいから。クロの口から言ってほしいな」


クロウの指が止まる様子はない。

まるで、お仕置きするように。


「ねえ、言って、クロ」


「ひゃんっ……しゃぁわせっ、……にゃのですっ……おにぃ、さみゃに、ぎゅう、……って……ふぁ……されるの、だぁぃ、すきっ、ですよぉっ……」


喉が痙攣するような感覚に抗いながら、クロナは頑張って答える。

クロウが安心するように。

彼が喜んでくれるように。

必死に言う。


「……ありがとう、クロ」


クロウがクロナの耳を撫でるのを止めて、小声で言ってきた。


「クロがそう思ってるのと同じで、俺も、クロをぎゅーってしたり撫で撫でして、君が心地好さそうにしてくれるのを見ると、幸せだから。だから、心配なんかしなくて大丈夫だよ?」


「にゃ……」


「俺は、クロが傍にいてくれれば、それだけで幸せだから」


「にゃぅ……」


「俺は、クロさえいてくれれば、それだけでいいから」


「………」


「だから、心配しないで? それでも心配なら、傍にいて? それだけで俺は幸せだから」


違うのです……


クロナは思う。

結局、お兄様は、私の事でしか、幸福も安寧も、何も感じられないのですか……


クロナは思う。


結局、お兄様は、自分の事では何も感じられないですか……




「俺は、クロが傍にいてさえくれれば、もう何もいらないから」




なら、お兄様自身の存在価値は、いったいどこにあるですか?


クロナは思う。


クロウが自分に存在意義すらも依存するというなら、せめて自分は彼の生きる理由であり続けようと。


「お兄様」


「ん?」


クロナはクロウの胸に埋めていた顔を上げ、クロウの目を正面から見つめる。

淀んでくすんで光など無く、彼女の事しか映らない瞳を真っすぐに見つめて、言う。


「大好きですよ、お兄様」


ずっと自分を守ってくれた兄に。

その身も心も、他の全てまで犠牲にして、自分を守り続けてくれた兄に。

大好きな、だけど歪んだ兄に。


「大好きです」


そう言って、首に腕を回す。

すると彼はとても嬉しそうな、しかし簡単に壊れそうな、どこか狂気が見え隠れする笑みを浮かべ、言う。


「俺も、クロの事、大好きだよ」


そして、クロナを強く、強く抱きしめる。




……まるで、飼い主から離れる事を酷く怖がる小犬のように……




二人はずっと、そのままだった。




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