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16.妹の笑顔




クロウは気配を消してベースキャンプに帰ってきた。

何故気配を消して来たかというと、クララベル教諭やアームストロング教諭に会うのが物凄く面倒だからである。

日は沈みかけ、空は紺色へと変化していた。


「クロ」


「あ、お兄様、少し遅かったです」


「ウソねえクロウくん今どこから出て来たの!?」


いきなり現れたクロウに、クロナは何事も無いように答えたが、リルラが驚愕の声を上げた。


「返り血浴びたから流してくれるかな?」


「勿論です。

 <我望むは散水>

 <スプリンクル>」


クロナは氷属性持ちだが、応用で水属性も使えるのだ。第2階水魔法<スプリンクル>は、シャワーのように水を撒く魔法である。


「ぅな〜……」


クロウは、喉を撫でられた猫のように目を細めた。


「クロウくんもあんな表情するんだ……」


「カタリナ、何故頬を染めるのですか」


「意外と、可愛いな、と……」


クロウ達から少し離れた所では、女子三人が小声で話をしていたが、クロウの耳には届かない。


「はい、取れたです」


「ありがとう、クロ。あとお土産あるから」


「お土産です?」


「そう」


クロウが詠唱をし、出したのは<アビスゲート>。

小窓程度の大きさで開けたその扉の中に、クロウは腕を突っ込んで、すぐに抜く。


「はい、これ」


アルマジロ(仮名)から採った謎の果実を取り出し、クロナに見せた。


「大好きですお兄様っ」


瞬間、クロナがとても嬉しそうに言い、クロウに抱き着いて来る。


「俺も、クロが大好きだよ」


クロウもそう言って、クロナを抱きしめ返す。

先程の<スプリンクル>でクロウは濡れていて、それに抱き着くクロナも濡れてしまうが、彼女はクロウから離れない。


「よかった、喜んでくれて。これ手に入れて、かなり返り血浴びたから」


「一体何があったです!?」


「……未知との遭遇」


「謎が謎を呼んだです!?」


クロナが言う。それにクロウは楽しそうに笑う。


「……ねえ、クロナちゃん、その果物、毒々しい紫色なんだけど……」


躊躇いがちなリルラの言葉に、クロナはクロウに抱かれたままクルリと反転し、リルラの方を向く。クロウがクロナを後ろから抱きしめるような感じだ。

ぶっちゃけ邪魔な謎の果実を、クロウは<アビスゲート>の中に入れる。


「お兄様が私に、たとえ間違ったのだとしても、毒物を渡すなどありえないのです。きっとこれはおいしいです」


「ねえ教えて!? その信頼はどこからくるの!?」


「……絆です?」


「クロ、そこは愛って言ってほしいな」


クロウは言って、クロナを抱きしめている腕に、少しだけ力を込めた。


「おにぃさま、少し、くるしぃです。

……それに、私がおにぃさまを愛してる事に、かわりはないですよ?」


「クロ、大好き。愛してる」


「しまりがもっとつよくなったです!?」


クロナの言葉が嬉しくて、クロウはさらに、彼女をぎゅぅぅっと抱きしめる。

それに、クロナは嫌がるそぶりを全く見せず、むしろ頬を赤く染めて、クロウの腕に手を触れさせた。


「うわーカオスだねー」


「クロウくん、クロナさんにだけは甘いね」


「普段とのギャップが凄いです……」


「それよりも私はクロウさんが普通に愛を語れる事に驚きですわ……」


上からリルラ、アルト、カタリナ、セシリアの言葉である。

四人はクロウとクロナから少し離れ、炊事の為に飯盒や干し肉などを用意していた。


「お兄様、地龍アースドラゴンは<アビスゲート>の中です?」


「うん。まともに残ってるのが頭だけだけど」


「予想通りなのです……」


クロナが苦笑いを浮かべた。


「死体、先生に見せに行くです?」


「……面倒……」


「私も付いて行くですよ?」


「じゃあ行こう」


クロナがクロウの手を握る。

指を絡めて密着するような繋ぎ方だ。


「と、いうわけなので、りーちゃん、行って来るのです」


「あー……うん」


歩き出す二人に、班員四人は何とも言い難い表情を浮かべて見送った。




+++




「……クロウ、何か言う事はあるか?」


「さっさと許可しろ堅物(かたぶつ)。貴様の脳の構成物質は骨か? 岩か? 金属か?」


クロウが<アビスゲート>から出したグッチャグチャの死体を見て、クララベル教諭が言うが、それにクロウは暴言で返す。

ここは教員用テントの側……ベースキャンプの端の方だ。

もう完全に日は沈み夜が訪れ、そこかしこでキャンプファイヤー的な物を作って光源にしている。


「まさか本当に殺して来るとは……」


クララベル教諭の隣で、アームストロング教諭が溜息をこらえるような表情で呟いた。

地龍(アースドラゴン)の体は、両前脚がもげ、甲殻はボロボロ。尻尾はズタズタ、鼻は砕けている。まともに判別できるのが頭だけ。

何をどうやったらBランクモンスターをこんな風に殺せるのか、アームストロング教諭には想像もつかないのだろう。


「しかし……条件を出して、クロウはそれをクリアしたのだから、認めぬ訳にもいきますまい、クララベル先生」


「しかしそれ以前に聞くべき事が山程……」


アームストロング教諭の言葉に、クララベル教諭が正論を述べる。


クロウが使った第10階魔法<狂戦士(ベルセルク)>の事や、地龍(アースドラゴン)の殺し方など。

教師として最優先で聞くべき事だ。


が。




「……さっさと、許可を、出せ、ニンゲン」




クロウの放つ莫大な殺気に、教師二人は動けなくなる。

まるで強大なモンスターの咆哮を至近距離で浴びたかのような恐怖が二人を襲ったのだ。


「選べ。ここで不様に無惨に悲惨に死ぬか、夜俺とクロが二人でいる事に許可を出すか」


クロウは、自分の不機嫌さと殺気を隠すのを止め、徐々に解放して行く。

これまでクロナの手前抑え込み続けてきた、膨大で濃密な、重苦しい殺気を。


全部で四つある教員用テントから、殺気に気付いた何人かの教師達が出て来たが、全員クロウの殺気に当てられ硬直し、言葉すら発せられない。

周囲の生徒達に至っては、失神する者すらいた。


それでもクロウは殺気を解放し続ける。

が。


「お兄様、それ以上はダメです。発狂する人が出るです。少し抑えるです。あとクララベル先生、可及的(かきゅうてき)速やかに頷く事をオススメするのです」


クロナがストップを掛けた為、クロウは殺気を解放していくのを止める。かと言って、放出は止めないが。


クララベル教諭がコクコクと首を縦に振った。

そこでやっと、クロウは殺気を全て抑え込む。


「最初からそうすればいい」


「お兄様、脅迫は犯罪なのです」


「クロといる為なら、俺は神(世界の理)だろうと殺してやる」


「法律がちっぽけに思えるです!?」


そんな事を言いながら<アビスゲート>でアースドラゴンの死体を回収し去って行くクロウ達に、誰も、言葉を発する事が出来なかった。




+++




「ねー、さっき、ものすごいい殺気がしたんだけど……」


「僕、死を覚悟したよ……」


「……動けませんでした……」


「まだ、震えが止まりませんわ……」


クロウとクロナが班のテントに戻ると、班員四人がそう言って来た。


「お兄様がご迷惑おかけしたです……」


「悪気はあった。反省はしていない」


『………』


苦笑いを浮かべるクロナと、無表情のクロウ。そして二人に呆れるような視線を向ける四人。

二つのテント(男子用と女子用)の間にはシートが敷いてあり、幾つかの携帯食料や簡単(本当に簡単な)料理が並んでいる


「お兄様がアースドラゴンを殺しに行ってる間に皆で用意したです」


かと言って、やった事といえば、干し肉と乾パンをクロナの水魔法とセシリアの火魔法でふやかした事と、各々ベースキャンプ周囲で食用になる植物をサラダっぽくした事だけである。


一つだけ、除いて。


「……これ作ったの、誰かな?」


アルトが言う。

そこには、毒々しい紫煙を発している飯盒(はんごう)が。


「あ、それは私です」


「責任を持って全て俺が食おう」


「勇者がっ! 勇者がここにいるよ!」


どうやら作ったのはクロナのようで、それを知った途端クロウが食うと言い、その勇敢(?)な行動にリルラが驚愕と称賛に声を上げた。

クロウからすれば、クロナの作った料理を自分以外の生物に食わせたくない思いから生じた行動なのだが。


「じゃあ、全員揃った事ですし、食べますか」


「……そうですわね、いただくとしましょう」


カタリナとセシリアがそう言うと、各々食料に手を伸ばす。

全員共通なのは、支給品である乾パンと干し肉。ちなみに、明日からは各班自給自足だ。

採取した植物のサラダなどは、採って来た者が優先的に食す権利を持つが、そこそこの量が採れたらしく、皆で仲良くつついている。


一人、除き。


「うわーホントに食べてるよ……」


クロウはクロナが作った謎の食物をおかずにして、サラダには手を出さない。


「料理したのなんてだいたい十年ぶりです。だから自信無かったですが……」


「大丈夫、おいしいから」


「本当です?」


「俺、クロに嘘ついた事無いよ」


「そうでした」


クロウの言葉に、クロナは嬉しげに笑った。

クロウも無理をしている様子など無く、謎の発煙料理を食べ続けた。


「クロウ君、ソレ、おいしい?」


「絶対に、やらない」


「欲しく無いよ!?」


「……ならいいが。良く言うだろう、『愛は最高のスパイスである』と」


「スパイスって効き過ぎるとある意味劇物になるから!」


「劇薬程度問題無い」


「スゴっ! というかどれだけ妹に命賭けてるの!?」


「クロは俺の存在意義だ。何もかもを全てを賭けてる」


『………』




意外にも、夕食は賑やかに進んでいった。




+++




食後の事である。

あぐらをかいて座っているクロウの足に、クロナがちょこんと座って来たのだ。食後だというのに、彼女はとても軽い。

何となくクロナの考えてる事を察したクロウは、<アビスゲート>から、あの謎の果実を取り出して、クロナの膝に乗せる。


にぱー、と、クロナは子供のように笑った。


クロウは<ダークネスブレイド>でナイフを作る。普段は長剣を作っているが、この魔法は『刃物を作る』魔法な為、出力調整さえすれば大抵の刃物へ変化するのだ。


クロウがナイフをひょいと振るうと、果物は一瞬にして八等分された。

中は薄紫色のりんごっぽい見た目である。

クロナはその小さな口で、切れた果物の端の方をはむ、と口にする。


「ん〜♪」


見た目に反し味は良かったようで、彼女はご機嫌な笑顔を浮かべた。

クロウの鼻にも、ほのかに甘酸っぱい香りが届く。


「お兄様」


「ん?」


「ええと、その、……あーん、です」


クロナが頬を赤く染めながら、クロウの口元へ果物を差し出して来た。


「あーむ」


クロウが口を開く。

クロナが果物の先端部分……さっき彼女が口を付けた所を、クロウの口に入れる。


さくっ


とクロウが果物を前歯で噛み取ると、口の中に酸味が強めの、だが甘もあるジューシーな味が広がった。


いやそれ以前に間接キスである。


それを、クロウは味わって食べようかと思ったが、それは流石にクロナに失礼かと思い、普通に噛んで飲み込んだ。


「あれ……? お兄様ならグチャグチャのトロトロになるまで味わうかと思ったです」


「してほしいなら、喜んでするよ。というかしたい。でもいきなりそんな事したらクロナに失礼かな、と」


「ええと、して、ほしいような、ほしく、ないような……あうー……?」


「なら、しないよ」


「あうぅ……? あぅう……? 混乱したですー……」


クロナがしきりに首を右へ左へ傾ける。

そんな彼女を、クロウは後ろからぎゅーっと抱きしめた。さらに、彼女の頭をゆっくりと撫でる。


「ほにゃっ?」


「それより、食べなよ、ソレ」


「にゃー、そうですね。一緒に食べようです」


クロナがクロウに果物を一切れ渡す。

クロウはそれを受け取ると、片手でクロナを抱きしめたまま、もう片方の手でそれを食べる。

クロナも幸せそうに紫リンゴ(的なもの)を口に運んだ。




+++




夜、教員用テントの中。

2A担任のアリシス・クララベルは悩んでいた。

成績決めに。

合宿での評価ポイントは、サバイバル能力、協調性、個人戦闘能力、集団戦闘能力など多岐に渡る。

しかし本日は簡単な食料採取とキャンプ設営しか行っていないのだ。


一人、除いて。


……クロウである。


「……どうしたものか……」


アリシスは溜息をつき片手で頭を抑えてそう呟いた。


クロウが使った第10階……神話級魔法。人間には扱えない領域の魔法。

それに、ズタボロになったアースドラゴンの死体。


教師として以前に、もう、国に報告しなければならないレベルの問題である。

しかし2Aには王侯貴族のセシリア・フォン・ヴィンゲンがいる為、そちらは彼女に任せる。アリシスに出来るのは学園長に報告するくらいだ。


「……今は、成績の方だ」


クロウが行った事は前代未聞。

Bランクモンスターたるアースドラゴンを一人で、しかもさほど時間を掛けずに殺すなど、人間業ではない。


そんな生徒の個人戦闘能力の成績をどう付けろと言うのだ。


「………仕方がないな……」


アリシスは再び溜息をつくと、手に持ったペンを動かし、夜間の見張りに参加した。




+++




界歴1216秋期都市外合宿成績表

2年A組


……

………

…………


クロウ


サバイバル能力……無記入

集団戦闘能力……無記入

個人戦闘能力……判断不能

協調性……F(最低)

他無記入





注、脅迫は犯罪です♪



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