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12.合宿初日

いつもより長めです。




戦闘科二年生のほとんどは、土日を武具の手入れや合宿の日程確認、そしてストレッチや柔軟等に費やした。

訓練所で模擬戦などを行った生徒はいない。

合宿前日にケガでもしたら生死に関わる。


……クロウとクロナの二人を除いてだが。


「まさかこの土日で訓練所を使うなんて……」


「しかも一日中ー」


「前代未聞ではないでしょうか」


「驚愕の体力ですわね」


上からアルト、リルラ、カタリナ、セシリアである。

そう、クロウとクロナは土日、それも一日中訓練所で模擬戦を続けていたのだ。

訓練所を使用した何人かの一年生や三年生がドン引き(そして巻き込まれぬよう待避)する程の戦いであった。

しかし仕方がない。

二人は約十年間、毎日毎日未明から深夜まで戦闘訓練を受けていた為か、何もしていない時は体が疼くのである。




学園から出発したのは早朝。

そこから地下都市中心部と外周部の間にある巨大な柱のエレベーターから地上に出て、地上外壁まで移動した。


「遠くから見た事はあったけど、近くで見るとでっかいねー」


目の前にそびえ立つ巨大な石造りの分厚い防壁と、四ヶ所だけある外界への門。

高さ30メートル、厚さ6メートルの防壁は、常に土魔法で補強されており、その存在感は圧倒的だ。

門は二重で、壁に付いてるのではく大きなマンホールのように蓋となって地面にあり、数メートル地下へ下りトンネルを潜って進んで、外界側の扉も開ける必要がある。


ゴゴゴゴゴ………


鈍い音を立てながら、直径10メートル程の円形蓋状の扉が真ん中から口を開くように離れる。

開門だ。

2クラスずつトンネルに入り外界へでる。Aクラスは最後で、最初はJクラスだ。各クラスに騎士が16人程引率し、門周辺の警備に128人の騎士がいる。

JクラスとIクラスが門に入り、全員が入った所で内側(こちら側)の門が閉じる。少ししてゴゴゴ、となり、外界側の扉が開いたのだろう。

しばらくして再び門が開き、騎士の一人が先生に合図を送ると、次はGとHクラスが通っていった。

それを数回繰り返し、やっとBクラスとクロウ達Aクラスの番になる。


「つ、ついに外だね」


アルトは少し震えながらそう呟いた。周囲の生徒も多くが緊張した面持ちで門が開くのを眺めている。

ついに門が開き、クララベル教諭とアームストロング教諭が先頭で引率し、生徒達もトンネルへ入る。トンネル内部は暗く、申し訳程度の明かりしかない。

20メートル程進んだだろうかという所で、壁の内側の門が閉じる。


きゅ。


クロウの手にクロナが指を絡めてきた。

二人は既に何度も外に出たことがあるのだが、クロナは基本的に臆病なのだ。微かに震えている。


ぎゅ。


クロウはそんな妹の手を優しく握り返した。


ゴゴゴゴゴ………


遂に外界側の門が開き、隙間から光が侵入してくる。


「お前ら、絶対に騒ぐな。モンスターを呼び寄せるからな。まあ風魔法で我々の音、匂い共に遮断しているが、念のためにな」


クララベル教諭その言葉に、生徒の多くが体を硬くする。

自分達はもう、いつモンスターに襲われてもおかしくないと再認識させられて。


「私から言うことは一つ。

  死ぬな。絶対にだ」


そう言って、クララベル教諭は傾斜を上り外へーーー外界へと歩み出す。

先頭の生徒が硬い足取りで着いていき、やがて全員が外へ出ると、後ろで門が閉じた。

クロナはまだ怯えている。


「クロ」


「ひにゃっ!?」


クロウはクロナを抱きしめ、耳元でそっと言った。


「大丈夫。クロはだけは(・・・)絶対、俺が守るから」


「…ぁ、ぅ………」


耳元で囁かれたせいでくすぐったいのか、クロナは顔を微かに赤く染める。


「落ち着いた?」


「は、い…」


「そう。良かった」


クロウはクロナの震えが収まったのを確認してそっとクロナを自分から離す。

しかし互いに指を絡め合う事を忘れない。


「えっと、その、ありがとうございます、お兄様」


クロナはまだ顔を赤くしながら、しかしふわりと笑みを浮かべてそう言った。


「ん。どういたしまして」


対するクロウも、微笑みながらクロナに返す。彼女にだけ向ける、穏やかな笑み。


これからば数キロ歩いて森へ向かう。

戦闘科2年300人と、護衛の騎士160人程の大所帯だ。


クロウは小さく呟く。


「君だけは……クロだけは、何があっても守るから」


誰にも、すぐ隣にいる妹にさえ届かない程の小さな声だが、込められた意思の強さは計り知れない。


ただ。


そう呟いたクロウの目は、何処までも深く、暗いものだった……




+++




「ここが、『久遠(くおん)の森』ですか…」


カタリナが呟いた。


今クロウ達がいるのは、木々が開けた地面剥き出しの大地で、周りは太く背の高い樹木に覆われている。

広大な久遠の森の、外周部……そのベースキャンプ地だ。

ここは戦闘科2年生3百人十クラス全員のキャンプ地で、そこかしこに班ごとのテントが並んでいた。

セシリア班の女子用テントは既に作り終えていて、今は男子用テントの建設中である。


「……クロと一緒に寝れないなんて……」


クロウが絶望したような暗い表情で、テントを固定する為の杭をハンマーで叩く。

叩く。

叩く。

叩く。

叩く。

暗い表情で淡淡と、機械のように。


「恐いよクロウ君!?」


アルトがそう言うがクロウの耳には入らない。

ただただ杭を叩く。叩く。


「お兄様、杭が埋まってるです」


「……ああ、ミスった……」


普通、テントを固定する杭は土に埋まる程入れない。

クロナの言葉に、クロウは振り下ろし中のハンマーをピタリと止める。慣性の法則をシカトした動きだ。


「あの……もしやお二人は学園寮に入るまでずっと一緒に寝てらしたのですか……?」


セシリアが恐る恐るといった様子でそう聞いてきた。それはそうだ。十六(多分)になっても兄妹一緒に寝るなど普通しない。

そう、『普通』は。


「そうですよ?」


クロナが猫のように首を傾げてセシリアを見る。

逆にドン引きしたような表情で彼らを――特にクロウを見るセシリア達、及び周囲の2年生。


「何かおかしいです?」


「ああ、お二人に常識を求めた私がおバカでしたわ……」


クロナの純粋な疑問を浮かべたその言葉に、セシリアや近くの生徒はどこか諦めたような表情になる。


「というかクロウ君、日に日に顔色悪くなってない?」


「……俺は、クロと一緒じゃないと寝れない体なんだよ……」


「お兄様、まさか最後に睡眠を摂ったの、一週間前の宿屋の……寮に入る前日のです……?」


「……だって……クロが傍にいないと、不安で眠れないし……」


「せんせー! ここに重度のシスコンがー!!」


クロウのあまりの重症ぶりに、リルラは思わずそう叫んだ。

少し離れた所でキャンプ設営の監督をしていた担任のアリシス・クララベル教諭は、憐憫の表情で


「そうか。頑張れ」


と一言。


「お兄様、お願いですから寝て下さいです……」


「いくらクロのお願いでも、こればかりは本当にどうしようもないから…」




クロウの耳には、『声』がこびりついている。

それは悲鳴だ。

それは慟哭だ。

怨嗟の叫びだ。

無限の呪詛だ。


クロナが傍にいないと、それらが頭の中にガンガン響く。

それは、頭痛すら巻き起こす程に。

アルトリアで彼が殺してきた者の断末魔が、彼が守れなかった者の泣き叫ぶ声が、記憶から洪水のように溢れ出して来て、彼を呪うように叫ぶのだ。

しかし、彼はそれを、自ら望んで背負っている。

なぜなら。




妹の分までも背負うと決めたから。




これは、クロナがこんな声を聞かずに済む為に、クロウが研究所で、クロナの分まで殺し、殺し、殺し続けた結果なのだ。

それを、彼は自ら進んで背負った。

だからクロナには何も聞こえない。


しかし、彼に聞こえる『声』は、それだけではなかった。




クロウはその身に、強大な化け物を宿しているのだから。


そして今も聞こえる。自分の内から、酷く重い、ヒトにあらざる者の声が。


<憎イ>


と。


<神ドモガ、世界ガ、星が、宇宙ガ、全テガ、憎イ、憎イ、憎イ、憎イ>


と。


<壊シテヤル。呪ッテヤル。砕イテヤル。引キ裂イテヤル>


と。


<壊セ。滅ボセ。全テヲ喰ラエ>


と。




<サア……モウ一人ノ(ワレ)ヨ>




「黙れ」


クロウが言う。

その声には殺気すらこもっていた。


『 !? 』


周りにいた生徒達全員が、クロウから漏れ出すあまりに濃密で重苦しい殺気に、動けなくなる。


ただ一人、クロナを除いて。


「お兄様、殺気が少し(・・)外に漏れてるです」


「……ミスった」


「……本当に、大丈夫です……?」


それに、クロナは本気で心配そうな表情になる。

普段のクロウなら、殺気を外に漏らさないようにするなど簡単にやってのけるのだ。

しかし、それすら失敗した。

だがそれも当然と言える。


クロウは一週間寝ていない。

学園に入学し、愛する妹と接する時間が減った。

クロナにリルラという友人が出来て、彼女がクロウを見てくれる時間も減った。これからも、セシリアやカタリナ、他の生徒とも仲良くなって、クロナの心の中を占めるクロウの存在が薄くなっていくかもしれない。

そう考えると、クロウは恐怖すら感じる。

それに、彼は人間というものが好きではない。むしろ苦手だ。

それでも、『学校に通いたい』という妹の願いの為に、同じ学校に通い、日々煩わしい思いをしているのだ。

クロナが平和な学園生活を送れるように、アルト達としたくもない会話もする。


肉体的にも精神的にも、クロウのコンディションは研究所にいた時程ではないにしろ、悪い。


その為、殺気を抑える事にすら失敗した。


「お兄様……今日の最初の見張りはセシリアさんとカタリナさんです……お兄様達の見張り順番が来るまでの三時間、一緒にいませんか……?」


「よしもう大丈夫だ」


「復活早いです!?」


クロナの言葉に、優しさに、クロウは一瞬で回復した。

彼はどこまでも妹至上主義なのだ。


「クロウ、クロナ、それは許可出来ないな」


しかしそこへ、クララベル教諭が来る。

クロウの瞳孔が開いた。




「あばば**ば゛゛ばbbぼばばばばx%e??」




「お兄様落ち着くです!?」


「…………ふぅ……教諭よ、貴様、今何と言った?」


「……クロウ、お前は礼儀というものを教わらなかったのか?」


「俺が教わった事があるは、戦闘技術と魔法理論だけだ」


クロウの言葉に、周囲の人間は様々な表情を浮かべた。

もうクロウの殺気は消えていて、立ち直ったのだ。

ちなみに、彼が数秒間発狂したのは、全員見なかった事にする。


「クララベル先生、許可出来ない理由を教えてくれませんか?」


クロナが聞く。彼女もどこか不満な顔だ。


「……まず、夜に年頃の男女を一緒にさせる訳にはいかない。次に、寝ろ。明日寝不足で戦って死ぬ気か阿呆共」


「反論有りだ教諭。一つ、なぜ一緒にいてはいけないのか理解できない。二つ、寝ろと言われても俺は不眠症だ」


『………』


クロウの言葉に、沈黙が下りる。

クララベル教諭もどうすればいいのか困り顔だ。

夜に男女を一緒にいさせたらナニが起こるか解ったものではない。

しかし、教師として、どうそのナニについて言えばいいのかと悩む。


「……お前の不眠症に、妹を付き合わせる気か?」


結局クララベル教諭は、そこら辺は避ける事にした。


「がはは、困ってるようですなアリシス先生」


そこへアームストロング教諭がやって来る。


「この二人が何か(・・)やらかすとは思えんし、ただただ『ダメだ』の一点張りもどうかと思いますぞ?」


意外とマトモな事を語り出すアームストロング教諭。


「ならどうしろと?」


「………………条件を出す、というのはどうであろうか」


しかしどうやら無計画だったらしい。


「なら、クロウが龍でも狩って来たら検討しよう」


「教諭、貴様その言葉忘れるなよ」


「待て二人共落ち着くのだ!?」


龍は最低でもCランクである。

つまり……一人で殺せたら、英雄レベルだ。

そして久遠の森に龍は一種類しか住んでいない。


地龍(アースドラゴン)だ。

森の深奥部に棲息し、飛ぶ事よりも走る事に特化したドラゴン。翼はせいぜい邪魔な物を薙ぎ払ったり、姿勢制御程度にしか使わないが、それでも人間にとっては充分過ぎる脅威である。

土属性の高位魔法まで使用するのだ。

ランクはB。

それに深奥部まで行くにしても、モンスターが大量にいる。熟練のハンターですら不可能だろう。

そんなものを狩って来いなど、無謀にも程がある。


「黙れ筋肉。俺は妹の為にならば全てを捨てる覚悟を、とっくの昔に決めている」


「バカなのかカッコイイのか解らぬセリフだの!?」


アームストロング教諭が言うが、クロウはスルー。


「一人で行くです?」


「日暮れ前には戻るよ」


「ついでに食料も欲しいです」


「了解。テキトーに採ってくる」


「虫は嫌いなのでいらないです」


「知ってるよ」


クロナはクロウを止めるつもりが無い……というか、帰って来ると疑っていない。




「<我望むは狂った力>

 <全てを壊す禁断の力>」




クロウは目を閉じ、詠唱を始める。


「待てクロu……ッ!?」


アームストロング教諭が彼を止めようとするが、クロウが纏う莫大な魔力に阻まれてしまった。


「<この身すらも犠牲にし>

 <粉になるまで動かさん>

 <痛みを背負う覚悟を決めて>

 <人心を捨てる覚悟を決めて>

 <たとえ我が壊れても>

 <たとえ我が狂っても>

 <我は禁忌を冒してみせよう>」


ベースキャンプ一帯に、圧縮された魔力によって、燐光を纏った雪のようなものが舞い降りる。


「<狂戦士(ベルセルク)>!」


クロウが詠唱を終える。

第10(・)階魔法、<狂戦士(ベルセルク)>。

彼が使える身体強化魔法の中で最凶のものだ。


「し……神話級魔法……!?」


アームストロング教諭が驚愕に叫ぶ。

第10階。人には決して扱えぬ魔法。

神話に出て来る名を冠した強大な魔法。

Aランクモンスターでさえ、多大な犠牲を払ってやっと使える、強大な魔法。


青味を帯びた黒い雪が……圧縮された魔力が降り続ける。


第7階魔法の、薄霧のような魔力ではない。

第8階の、少しだけ濃い霧のような魔力ではない。

第9階の、濃霧のような魔力ではない。


まるで実態を持ったような、雪の如き魔力。


どれだけ魔力を圧縮すればこんな事になるのか、この場にいる者で理解出来るのはクロウとクロナだけだ。

なぜなら、魔力の消費量や魔法の難易度は、階位が一つ上がっただけで大きく変わるのだから。


一気に数倍にまで跳ね上がるのだから。


それは階位が高くなる程に著しい。

累乗の関数のグラフに似ているのだ。


「行ってらっしゃいです」


「ああ」


ヒョイ、と、クロウが軽く、本当に、軽く、跳ぶ。


ベキャ……


と、不気味な音がしたと思ったら突風が吹き、その時にはもう、クロウはベースキャンプの端にいる。

4百人以上が泊まるベースキャンプだ。セシリア達のテントから端まで数百メートルはある。

それを、クロウはたった一歩で移動した。

そこで、クロウは足のバネを溜める。深く、深く。手まで地面に付けて、獲物に飛び掛かる寸前の獣のように。


ドゴオォォォォオオオオオ!!


クロウが跳ぶ。

爆音が響く。

彼が踏んだ地面に巨大なクレーターが出来る。


これをテント付近で行ったら、とんでもない事になっていただろう。


「……アースドラゴンが哀れです。キレたお兄様に狙われるなんて……」


クロナの呟きは、誰の耳にも届く事無く、雪降る秋空に溶けて消えた。




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