11.合宿三日前
魔力というのは世界に満ちている。
プログラムを与える事で様々な事象を発生させるこのエネルギーは、古くから人類に使用されてきた。
プログラムを組む方法は二つある。
魔力を用いて魔法陣を描くか、声に魔力を乗せて詠うかだ。
どちらを用いるかは人それぞれ。
魔法陣なら、階位が高くなる程大きく複雑に。
詠唱は、長く、繊細に。
こうして作ったプログラムに自分の魔力を捧げると、魔法が発現する。
属性は火、水、氷、風、雷、土、光、闇、そして属性外魔法。
氷は水の上位属性で、水属性持ちの人間も鍛練を詰めば氷属性を得る事が出来る。逆に、氷属性持ちが水属性を習得する事も可能だ。
属性は水と氷を除き基本一人一つを持つ。
二属性持ちは稀で、三属性以上を持つ者は現在確認されていない。
光と闇も稀少だ。
さらにクロウは闇と雷の二属性持ちの激レア。
その為、彼が使う魔法は自作が多い。
本来新しい魔法を作るというのは研究者でなければ出来たものではないが、クロウは研究所で魔法理論を叩き込まれているせいで普通に作れるのだ。
属性外魔法は、回復や結界、身体強化などの魔法で、全ての人間が習得出来るが、『属性』という解りやすい概念が無い為に難易度が高かったりする。
特徴は、階位が高くなると効力も高くなるという事。
魔法はモンスターも使う事が出来、Aランク以上ともなれば、人間が使えない十階以上の魔法を使う事が可能だ。
また、魔力は生物の体と密接に関わっている。
その為、魔法を消費し過ぎると倦怠感と頭痛を感じるようになり、更に消費すると気絶し、
最悪死亡するのだ。
ちなみモンスターは魔力を持った生物を喰らう事で魔力を補充……つまり、食事をする。
そのためモンスターは共食いだってするし、人間も捕食対象だ。
「………」
という座学授業をそっちのけに、クロウは退屈そうに頬杖を突き、前の席のクロナを眺めている。
魔法理論など、研究所で嫌と言う程叩き込まれたというのに、彼女は真面目に教員の言葉を聞いて、ノートにどんどん内容を書いている。
「クロウく〜ん、回復魔法<ヒーリング>に込める、魔力の密度を答えてくださ〜い?」
魔法理論教師のアリス・イルミナークが間延びした声でクロウに聞いてくる。
彼女はふわりとした長く薄い茶髪と、これまたふんわりしたロングワンピースの上にローブを羽織り、垂れ目。それが余計に彼女のほのぼのな雰囲気を強いものにしている。
だが少し空気を読めないのが難点。
クラスの内何人かは、頬杖をついて明らかに授業を聞いていないのに指名されたクロウに哀れみの視線を向けた。
が。
「……第1階で1.240120」
クロウは面倒くさげに、起立もせずに答える。
『………』
教室に沈黙の精霊が降臨した。
クロウが答えた魔力密度は7ケタ。
教科書に載っているのは、4ケタ。
そう、1.240までしか載っていない。
イルミナーク教諭ですら、それが正答なのか解らなかった。
しかもシルドゼルグでは、回復魔法が第1階までしか使用されない。それより上は違法である。
「ええと……じゃあ、<ヒーリング>のプログラム改造、及び2階以上の使用は法律で禁止されていま〜す。どうしてでしょ〜か?」
「回復魔法は効力が累乗式に増し、魔力密度を0.001上げただけで人体に過剰干渉して、破裂・融解等の現象を引き起こし、大変危険であるから。過去に回復魔法が発明され、実用化に向け人体実験が繰り返されるも、その制御力の高難易度の為、実験は失敗続き。結果として膨大な量の死人を出している。そのような事を二度繰り返さない為。この国で何人死んだかは知らないが、俺の故郷では死刑囚や孤児等を回復魔法の実験台にして三ケタは殺している」
『………』
またもやクロウは教科書に乗っていない事まで答える。
後にセシリアはこう語った。
『<ヒーリング>の黒歴史については、国の裏事情で国家機密レベルですわ』
と。
「ええと、じゃあスレインくん、次のページを読んでくれます〜?」
どうやらイルミナーク教諭は話を逸らすつもりのようだ。
指名された生徒(昨日流れ弾で気絶した一人)が起立し、教科書の内容を読み上げていった。
+++
ゴーン……ゴーン……
本日最後の授業が終わる。
途端、教室が喧騒に包まれた。
「土日何するー?」とか、「やべえ合宿もうすぐじゃねぇか」とか。
友人と仲良く談笑する者、帰り支度を始める者、一人でもう教室を出る者と。皆の行動は様々だ。
学園の中等部以上の生徒は制服を着ている。
デザインは上が紺のブレザーで、下はいくつかバリエーションがある。
男子はたいてい普通のズボンやカーゴパンツだが、女子はスカートからショートパンツまである。色は黒だ。
ポケットも多く、機能性重視。地味に耐久性もある。実技の時は制服の上に鎧やレザーコートを羽織る者も多い。
中等部はブレザーの袖に白のラインが一本、高等部は二本入っている。
男子はネクタイ、女子はリボン。
色は一年が青、二年が赤、三年が緑。
ちなみに、ショートパンツ派はクロナとカタリナで、スカート派はリルラとセシリアである。
「明々後日から合宿かぁ……」
教室で、クロウの隣のアルトがぽつりと言った。
今日は金曜日であり、合宿は月曜日からとなっている。
「今年も何も無ければいーね……」
「何かあった年があったです?」
リルラの言葉にクロナがそう返す。
「うん、去年の二年生は何も無かったけど、二年前は遭難しかけた人がいるし、五年前と三年前は死亡者が出たから……」
リルラが苦い表情でそう言うが、クロウとクロナは同時に首を傾げた。
「それだけです……?」
「訓練合宿で死者が出るなど当然じゃないのか?」
「二人からするとそーなっちゃうんだねー……」
シルドゼルグの防御力は高い。
外壁は頑丈で分厚く、高さも半端ではない。
本来なら外壁は、街が成長するにつれて取り壊し、再び築き上げねばならぬ為、普通はシルドゼルグ程の外壁を作る事はしない。出来ない。
しかしシルドゼルグは地下へと向けて発展している為、そのような問題は無視出来る。
学園で戦闘技術を学べる為、騎士やハンターの質も高い方だ。
騎士は主に街内部の防衛と外壁や地下の壁の補強、治安維持が主な仕事で、ハンターは外壁付近、または外界でモンスターを狩る。
たまに騎士とハンターで街周囲のモンスターを討伐に出る事さえある。モンスターが増えるのを防ぐ為に。
しかし外界は危険に満ちている。年に一度が限界だ。
しかし他の街では普通外界まで行く事は無い。
そんな安全性の高い街で育った一般人や、まだ就職前の学園生は、モンスターの本当の恐さを知らない。
彼らにとって『死』というのはあまり身近でなく、死亡事故等には少し敏感なのだ。
しかし、クロウとクロナの故郷であるアルトリアの外壁防御力は高くなかった。
ちょくちょく防壁をモンスターに突破され、その度に多くの死者や孤児を出していたのだ。
しかも、クロウ達が育ったのは魔法研究所の人体実験施設。
日々繰り返される地獄のような戦闘訓練や非道な実験で、毎日毎日何人もの死者が出ていた。
クロウの目の前でも、改造回復魔法で体が融解したり、戦闘力が無く『処分』されたり、被験者が暴走したり等という事は良くあった。
いや、それが日常だったのだ。
クロウ自身、何度も何度も死にかけた。
クロナが彼の心を支えてくれなければ絶望していただろう。
そんな生活を、十年くらい。
正確な時間は解らない。なぜなら時間を確認する術が無かったから。
物心付いた時には孤児だった事もあり、クロウもクロナも、自分の正確な年齢を知らないのだ。
「はあ……合宿、楽しみなような、不安なような……」
「一年近く前ぐらいから、外壁へのモンスターの攻撃も増えてるし……」
一年程前……それはクロウとクロナがシルドゼルグへ来たあたりである。
学園の生徒で、二人がどこの国出身で、なぜ、そしてどうやってシルドゼルグに来たかを知る者はいない。
たとえ聞いたとしても、彼らが答えないだろうというのが容易に考えつく為だ。
「迫り来るモンスター! 背中合わせの夜……おおお、燃えるね!」
「リルラさんそれ死ぬから! 背中合わせる必要がある程モンスターに囲まれたらもう死ぬしかないから!」
リルラの言葉にアルトがツッコミを入れる。
「………」
クロウなら、どうにかしそうだが。
合宿まで、後三日。