ドオルハウス
(語り部:金鳳花空)
私が知ってる怖い話はもうほとんど話してしまったねぇ……ああでも最近不思議なことがあったから、それ話してもいいかしら?
こんなことを言うと驚かれるかもしれないけれど、私は可愛いものに目がないの。特にちっちゃいものでそれが可愛かったりしたらたまらないわ! あ、わかる? 可愛いのっていいよねぇ。
そんな可愛いもの好きの私は、ある隣町のチャリティーバザーで掘り出し物に出会ったの。小さなお人形さんのお家よ。ええ、女の子なら誰しも欲しがるあれね。
私は若い頃結構やんちゃしていたから、そういうの興味なかったんだけど今になって欲しくなっちゃって。でもああいうのって、アンティークものだと思いのほか値が張るでしょう? だからなかなか手が出せなかったの。けれど、今回のバザーに出されたそれはそこそこ良心的な価格でね。即刻購入したわ。
わくわくしながら家に持ち帰ったドールハウスをテーブルの上に乗せて、あちこち角度を変えて眺めた。結構古いけれど、しっかりした造りでね。家の外壁を掴んでぱっくりと開ける仕組みだった。男の子と女の子のお人形やペットの動物たちのぬいぐるみがあって、簡素だけど一通りの家具も入っていた。
どんな子が使っていたんだろうって、一つ一つ手にとって眺めたり、家の内部を触ったり楽しかったわ。ふふ、気分が完全に女の子モードになっていたね。
「あら?」
そのハウスにはクローゼットも備え付けられているんだけど(かなり精巧な造りだったよ)、それが何かにひっかかって開けにくかった。もうだいぶ古いものだし、仕方がないのかもしれないね。でも縁あって私の手元に来たものだし、折角だから手直しすることにした。私こういう日曜大工的なことって、結構得意なのよ。
思い切って扉を外して見てみたけれど、新しい扉を取り付けた方がよさそうで。かといって新品のぴかぴかの扉を付けたらこのハウスから浮くから、なるべく元にあったものに似せて――職人魂を無駄に発揮させてみたの。思っているほど、この小さな家が気に入っちゃったわけね。
そんな感じで家の傷んでいるものを取り換えたり、修理したりして私のドールハウスは私好みに染まっていった。
「シールが付いてるわ」
爪先で剥がしながら微笑ましい気持ちになった。持ち主だった子が貼ったんでしょうね。
それから数日経った日のことだった。夜寝ていたら、廊下を走る音が聞こえたの。おかしいでしょ? 私、一人暮らしなのにね。それに小さな子どもが笑う声も聞こえた。近所の悪戯小僧忍び込んだのかしらって思ったけれど、錠はきちんと下ろしているし。気のせいかなって思った。思ったんだけれど……それが毎日続くの。
おかしいよね? 一人や二人じゃない、数人で笑いながら走っている。何だか不気味だったわ。
このまましておいても事態は改善されない。そう思って、ある時寝室から出た。凄く怖かったよ。自分の家なのにね。
廊下に出ても誰もいない。パタパタと駆ける音が移動していた。まるで追いかけっこしているみたいに。楽しそうに笑う声が先の方から聞こえてくる。私を試しているかのような、からかっているような響きだったねぇ。
そのまま足音を追いかけていたら、居間に着いた。意を決してドアを開ける。何も音がしない。私は勇気を出して電気を付けてみた。そしてテーブルの下だとか、カーテンの裏だとか見て除いてみたけれど。何もなかった。
でもね、気付いたの。テーブルの上にあるドールハウスが少し開いていることに。私が閉め忘れたのかもしれないけれど……でも本当に?
私はドールハウスに手をかけて開いてみた。いつもと同じように、小さな可愛らしい家具とお人形があるだけだった。何かが無くなっているわけでもなく、ましてや増えていたこともなかった。また用心しながら閉めると(花瓶やお皿はちゃんと瀬戸物できでいたから)、私は寝室に戻った。
そして真夜中の鬼ごっこは数日続いたの。姿が見えない子どもたちの笑う声、走り回る音。それらは私を不安に陥れた。
寝ても寝た気がしない。夢なのか現実なのか。起きているのか寝ているのか。突如日常に割り込んできたそれに、私の精神はぼろぼろに打ちのめされてた。誰にも相談できなくて、煮詰まった頭で、ずっと真夜中の怪事について思いめぐらせる毎日だったわ。
そうして色色と考えたのだけれど、あの足音の主はお人形たちかもしれないと思うようになった。考えすぎかしらね? でも、それが私の結論だったの。
ドールハウスには、動物のお人形が四体と男の子と女の子のお人形が入っているけれど、もしかしたら寂しいのかもしれない。だから私に構ってほしいのかも。それとも何か伝えたいことがあるのかしら……そのことに気づいてほしいから?
女の子のお人形は何かに濡れたのか、しみになっている部分があるけれど、まぁそれも愛嬌よねって思っている。でも男の子の方は結構ボロボロで、あちこち縫い繕ったらしい跡がある。くったりしていて元気がないように見える。きっと修繕しても変わらないんじゃないかしら。この子たちの想いに応えるには。私は早速作業に取り掛かった。
どうにかこうにか出来あがったのは、男の子のお人形と似た感じの、新しい男の子のお人形。うーん、双子っていう設定はどうかしらね?
早速その子をドールハウスの中に入れてあげた。一瞬、ソファに座っている女の子が笑ったように見えたのは気のせいかしらね?
その日以降、夜中の笑い声も足音もぱたりとなくなった。あの子たちの訴えに気づいてあげられてよかったと思うわ。それに私の考えは外れてなかったみたいで。私は快適な睡眠をとれるし、ドールハウスは可愛くて知人にも好評だし、言うことないわ。
あ、でも一つあったねぇ。いつからかっていうのは正直覚えてないのだけれど、実は人形が何体かなくなったの。……本当に今どこにいるのかしら。
男の子の古い方の人形と女の子の人形なんだけど……誰か行方を知らない?