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glitter  作者: 高野薫
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すれ違いの始まり

甲斐くんが手を離してからも、肩には触れられていた余韻が残っていた。

そんな不思議な感覚にぼんやりしていると、甲斐くんの顔が再び目の前に現れた。


「下まで送ってくれますよね。」


うぅ。何、その上目遣い。

そうやって、子犬みたいなキラキラ笑顔でお願いされると、嫌って言えないんだよね・・・


「別に・・・いいけど・・・」


渋々、頷くと甲斐くんは私の手を引っ張って立ち上がった。

結局、最初から最後まで甲斐くんのペースに乗せられっぱなし。年上の面目、丸潰れじゃん。

どうせ乗せられてるなら、そのまま乗せられてみよう。

そう思って、私より何枚も上手な甲斐くんに連れられて、手を繋いだままエレベーターに乗った。


「また飲みに来てもいいですか?」


「・・・さっきみたいな事しないならね。」


「さっきみたいな事って?」


甲斐くんってば、何を今さら惚けてるんだか。っていうか何、その悪戯っ子みたいな目は。。。

ぐぐっと、さっきまでの恨みを込めて睨みつけると、にやりと甲斐くんがあの悪い笑顔を見せた。


「こういう事ですか?」


そう言って甲斐くんは、ぽかんとしている私にふわりと抱きついた。


「ちょ・・・」


即座に目の前にある甲斐くんの胸を力いっぱい押してみるけど、びくともしない。

それでも、どうにか引き剥がそうともがいているとエレベーターが止まった。


扉が開くと、そこにはやっぱりというか何というか、有斗がいた。


「おはよ、有斗。」


甲斐くんが私を抱きしめたまま、有斗の方へ向き直った。

おかげで私からは有斗の様子が全然わからない。


「・・・公共の場でいちゃつくなよ、目障りだ。」


顔は見えなくても声の調子で、その冷たさが伝わってくる。


怒ってる?呆れてる?おもしろがってる?


有斗が何を考えているのかわからないことに初めて苛立ちを覚えた。


「別にいいじゃーん。見てるのは有斗だけだし。」


「ちょっと、私は別に・・・」


好きでこんなことされてると思われるのはごめんだ。


「衣里も少しはわきまえろよ。」


ぐさっと胸に有斗の言葉が突き刺さった。


「ちょっ…」


私には目もくれずさっさとエレベーターに乗り込む有斗。

一瞬近づいたかと思った足音が遠ざかっていく。

扉が閉まる音と同時に他の音がまったく聞こえなくなった。


「そろそろ放して。」


自然と出た言葉は意外なほど落ち着いていた。

そんな私の様子に気づいたのか、甲斐くんは何も言わずに腕を解いた。

さっきまできつく抱きしめられていた腕から開放されると、少しだけ甲斐くんから離れて小さく深呼吸した。


「じゃあ、またね。」


妙な印象を残さないように気をつけながら、微笑んで甲斐くんに手を振った。

そんな私を見て微かに笑った後、甲斐くんはエントランスを出て行った。


誰もいなくなった部屋は、いつも通り静かになったのに落ち着かない。

妙に疲れた体をラブソファに預けて、飲みかけのミルクティーを少し飲む。

喉に流れる甘く、まったりと感覚に小さくため息をつき、目を閉じた。


もう何がなんだかわからない。

有斗の行動も、甲斐くんの真意も、私の感情も。

すべてがごちゃまぜになって、どっかで引っかかっているみたいだ。

こんなの、今まで経験したことがなくて上手く整理できない。


「はぁー、もうやだ。」


不意に口をついて出た口癖。

私がそれを言うたびに、有斗は呆れた様にため息をついて同じことを言った。


『そんなに嫌ならやめれば?』


それを聞くと、負けず嫌いの私は反発し、最後までやり遂げるのがお決まりのパターンだった。

有斗がそれをわかっているのかどうかはわからない。


・・・きっとわかっているんだろうけど。


そういえば最近、有斗のため息を聞いていない。

本当に冷たく、切り捨てるようなのじゃなくて、呆れてもどこか優しさが顔を覗かせるようなため息。

そんな様子を思い出すと、無性に有斗に会いたくなった。

と、同時にエレベーターの前でのさっきの事も思い出して、胸の奥がきゅっときしんだ。


それにあの時、『もう来ないで』と言ったのは私だ。


今日が休みで本当によかったと思った。

だって、朝から何もやる気が起きなくてベッドの上でごろごろしてばかり。

いつもならお腹がすいて仕方ない時間になっても、食欲なんて少しもない。


そんな感じのまま、いつの間にか午後になり、少し傾きかけた太陽の光が眩しくて、あったかい。

陽だまりの中、寝返りを何度もうちながら考えるのは有斗のことばかり。


だって、あの態度はおかしいもん。

いつもなら、皮肉を言うとか鼻で笑うとか茶化すとか、何かしそうなのに。


あんな風にまったく他人事みたいな態度をされると、拍子抜けしてどうしていいのかわからない。

ただ疑問がぐるぐる頭の中を巡るだけ。


どうして、どうして、どうして・・・?


ぐちゃぐちゃな頭を整理しようと目を閉じると、枕元の携帯が鳴った。

同じく授業が休みの奈菜からメールだ。


『やっと外泊禁止期間が終了!』


ご丁寧にハートマークが、短い内容の前後に散りばめられて点滅している。

今回は短かったな。たった一週間ちょっとで終わるなんて。前は最低でも二週間は続いたのに。

その間、有斗はうちに来なかったけど、代わりに一緒に居酒屋へ飲みに行った。

結局、私も有斗もお酒が好きだから、一緒に飲む人が欲しいんだと思った。


でも今回は、昨夜まですれ違うことさえなかった。それさえも不自然で、避けられているような気がしてしょうがない。

とりあえず、奈菜には無難な返事を送っておいた。無視すると厄介だし、かといって喜んであげられる気分でもない。


携帯を枕元に戻し、少しため息をついて目を閉じた。

すると、奈菜から早速返事が届いた。


『だから、今日は有斗の事よろしくね~♪』


奈菜からのメールの内容に一瞬で目が覚めた。

奈菜らしいというか何と言うか、早速、今夜外泊する気らしい。


っていうか、ちょっと待って。有斗の部屋を使うということは・・・


自分の行き着いた結論に思わず起き上がり、ベッドの上で呆然とした。


今日、有斗がくるかもしれない。

だって、有斗には行くところがないから。

彼女はいないし、近くに泊めてくれるような友達もいないって言っていた。

だからこそ、今までうちに避難していたんだから。


でも、今日みたいな感じだったら来ないかもしれない。

そしたら、有斗はどこに行くんだろう?


奈菜は昨夜の事なんて知らないし、ましてやこないだの朝の事だって知らない。


「うぅーー。」


知らないうちに声に出して唸っている自分が滑稽だけど、今はそんな事で笑ったり落ち込んだりしてる場合じゃない。

今まで誰が来ても来なくても気にならなかった部屋の散らかり具合が、やけに今日は目に付いて、一気に片付けモードに入った。

それにまだ、甲斐くんと飲んだお酒の缶が大量に放置されたまま。

我ながら、部屋の汚さには呆れる。でも・・・


「よし。」


気合を入れると、下ろしたままの髪を一つにまとめて、一年に何度あるかわからない程の大掃除を決行した。

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