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glitter  作者: 高野薫
8/18

ミルクティー

甲斐くんと私の視線が交わる先。

そこには他でもない有斗がゆっくりとこちらへ向かってきていた。


長い手足を持て余すように歩く姿はいつもと変わらない。

そんな有斗の様子に不思議と安心した。それどころか、まるで何ヶ月も会ってなかったみたいに懐かしかった。

けれど、こちらからは暗くて有斗の表情までは見えない。

逆に、有斗からは玄関のライトに照らされている私たちがはっきりと見えているだろう。


「有斗。」


呼び止めるとか、そういうつもりじゃなく、ただ自然に名前を口にしていた。

それなのに有斗は私の方は見ず、甲斐くんをちらりと見ただけで、さっさと通り過ぎていく。

その目はいつもみたいに冷たいだけじゃなく、感情も読み取れないほど閉ざされていた。


「あーあ、機嫌悪いみたいだね。」


そう言って軽く笑っている甲斐くんの隣で、私はただ呆然と有斗の後姿を見つめていた。


おかしい。

いつもの有斗だったら、何かしらの反応をする筈なのに。

意地悪く笑ったり、冷やかしたり・・・

なのに、今日はまるで私なんか見えていないみたいだった。


「ほら、僕たちも中に入りましょう。」


いくら待っても全く動こうとしない私に鍵を出すよう促し、甲斐くんは私の手を引っ張った。

その手は今までで一番強く、私の手を握り締めていた。

それから二人でまた私の部屋に戻って、買ってきたお酒をテーブルに並べた。


けれど、ふわふわした気持ちいい感覚は、有斗と会ってすっかり消えてしまった。

さっきから、あの視線が頭から離れなくて、気を抜くとぼんやりしてしまう。


「さ、飲みなおしましょう。」


甲斐くんがにっこり笑顔で、私に桃のチューハイを差し出す。

それは私がおいしい、おいしいと言っていたらまた買ってくれたものだ。


「ん・・・」


プルトップが既に開けられた缶を受け取って、一口飲む。

とろりとした桃の香りが口いっぱいに広がって、少し落ち着いた。


そうだよ。別に有斗のことなんて関係ないじゃん。

あんな冷たい目で見られるのなんて今に始まったことじゃないし、気にしてたらきりがない。

次会った時はけろっと元に戻ってるんだろうし。


「よし!飲みなおし、飲みなおし!」


そう言って、ぐびぐびっとチューハイを流し込む私を見て、甲斐くんはキラキラ笑顔で頷いている。

もちろん、甲斐くんの片手にも缶ビール。

なんかキラキラ笑顔に缶ビールって、ハマりすぎてテレビのコマーシャルみたい・・・


そんな風に思われてるとも知らず、私の隣で甲斐くんはビールを飲んでいる。

私も甲斐くんのキラキラ笑顔につられて、一気にチューハイを飲み干した。

その後、チューハイやらビールやらを飲みつつ、甲斐くんと他愛もないことで大笑いした。


本当、甲斐くんはキラキラ笑顔だけじゃなくて、話し上手だからモテるんだろうな。

有斗にキラキラ笑顔の欠片でも飲ませてやりたいくらい・・・


そんな事を考えながら、いつのまにか眠ってしまっていた。



喉はカラカラ。でも、ふわふわ気持ちよくて、あったかい。。。

でも、瞼を透かして太陽の光が朝を告げている。


あぁ、もっとこのまま、まったりしてたい・・・


睡魔の誘惑と戦いつつ、目を開けるとそこには血色のいいピンクの唇。


ん?くちびる??


驚いて顔を上げると、そこには健やかな甲斐くんの寝顔があった。


ぅわっ、ちかっ!


予想以上の近さにドキドキしつつ、甲斐くんを起こさないように周りを見る。

どうやら、ベッドではなくラブソファで二人して眠ってしまったみたいだ。

お互いに寄りかかるような体勢でソファに座り、私は甲斐くんの胸にもたれかかっている。

そして、甲斐くんの腕はしっかりと私の肩から背中まで伸びている。

温かいと感じていたのは甲斐くんが私を抱きしめているせいだった。


あまり体を動かさないようにして、もう一度甲斐くんを見上げた。

つるんとした肌にピンクの唇だけ見ると、まるで女の子みたい。

静かに閉じられた瞼はすっと伸びた睫毛に縁取られている。

かわいい子は寝顔もかわいいんだなぁ。

なんて感心していると、その目が突然ぱちっと開いて私を映した。


「おはよっ。」


ぱちっと開いた目で私を見つめたまま、にっこり微笑む甲斐くん。

不意を付かれたのと至近距離で見つめられているせいで、自分が耳まで真っ赤なのがわかった。

それでも、年上として慌てふためくとこなんか見せられない。


「・・・おはよ。」


挨拶はした。あとは自然にこの腕からすり抜けるだけ。ちょっと動けば、甲斐くんも気づいて放してくれるだろう。

少しもぞもぞっとすれば・・・あれ?


私の意向とは反して、甲斐くんの腕はまだしっかり私に巻きついたまま。

おまけに、私の行動を見た甲斐くんはキラキラ笑顔から、昨夜の悪い笑顔になっている。


「どうしたんですか、衣里さん。」


そう言って、ぎゅーっと腕に力を入れている。思いのほか馬鹿力で、もがいても押さえつけられているだけ。

こんなんじゃ、全力でも抜け出せないじゃん!

ぐぅっと甲斐くんの意地悪い笑顔を睨み上げる。


「放して。」


「嫌です。」


『嫌』って。笑顔でそんなこと言われても・・・

それでも私は食い下がった。


「何で放してくれないのかな?」


「放す理由がないからです。」


うぅぅぅぅ、ああ言えばこう言う!

こうなったら、最終手段。


「トイレに行きたいんだってば!トーイーレー!!」


私は甲斐くんの耳元で思いっきり叫んだ。

耳元で叫ばれた甲斐くんはびくっと一瞬、体を強張らせた。

その隙に緩んだ甲斐くんの腕を振り解いて、そのまま洗面所へ逃げ込む。

素早くドアを閉めて鍵までかけると、思わずため息が漏れた。


はぁ。もう、一体何なんだろう。

この間から、こんなことばっかり・・・

とりあえず歯を磨いて顔も洗って、さっぱりしたら落ち着くかも。


そして、10分後。表面はさっぱり、すっきり。

でも、やっぱりというか、気分は落ち着かないまま。


すぅーっと大きく息を吸い込んで、思いっきり吐き出す。

それを何回か繰り返してから、洗面所を出た。


「おかえりなさい。」


甲斐くんは私が出てくるのを待ち構えるように、キッチンでミルクティーを淹れていた。

手にはマグカップが二つ。そのうちの一つを私に差し出し、すたすたとラブソファへ戻っていった。

意外な程に普通。さっきのことなんて何も無かったみたいだ。

そんな甲斐くんの様子に私は少し安心した。

有斗みたいに冷たくも、避けられてもいない。


それでも、甲斐くんの隣に座るのは落ち着かなくて、いつもの場所へ腰を下ろした。

ベッドに背中を預け、さっきからふんわりと鼻腔をくすぐっているミルクティーを一口飲む。


おいしい・・・


思わずため息が出てしまう程、優しくて温かい。


「そんなに警戒しなくても、何もしないですよ。」


顔を上げると、甲斐くんはおかしそうに笑いながら私を見ていた。

もちろんキラキラも少し振りまいているけれど今の私には腹立たしくて、ぎゅっと甲斐くんを睨んだ。


「何であんな事したの?」


「あんな事って言われる程、すごい事はしてないと思いますけど。」


唸るような声の私に対して、さらっと微笑みながら恐ろしい事を言う甲斐くん。

そりゃ、私だって少ないけどそれなりの経験を積んできたわけだから、甲斐くんの意味することは解る。

でも、でも・・・


「衣里さんがあまりにも無防備で可愛くて、つい。」


そう言いながら首を傾げて微笑む甲斐くん。

いや、そう言う甲斐くんの方が確実にかわいいし。

っていうか、『つい』って何。『つい』あんな事したっていうこと?


「それだけ?それだけであんな事したの?」


「はい。思わず。」


「思わず?」


「だって、目を覚ましたら衣里さんがじっと見つめてるんですよ?」


「・・・」


悪びれもせず言い訳されると、それ以上追求出来なくなる。

もういい。降参、お手上げ。


言い返す気力も無くなって、私は目の前のミルクティーにだけ意識を集中することにした。

それにしても、本当においしい・・・


いつもと同じのを使っている筈なのに、全然違う。

甲斐くんの淹れ方が上手いのかな。香りは強いのに、口当たりは柔らかい。

のんびり、一日中飲んでいたい・・・


「衣里さん?」


じっと黙ったまま、マグカップを見つめている私を不思議に思ったのか、甲斐くんが急に覗き込んできた。

まん丸な目が真っ直ぐ私を捉えている。

見つめられている。その感覚に思わず鳥肌が立った。


「・・・っわ!」


「よかった。寝てなかった。」


そう言って、ふわりと笑う甲斐くん。その表情は今までに無く、柔らかい。

それに、キラキラを振りまいてないなんて珍しい。

不覚にもキュンとしちゃったじゃない。


「な・・・何?」


「俺、そろそろ帰ります。授業もあるし。」


何となく、甲斐くんの声が優しく感じるのは気のせい?

だからなのか、そっと肩に触れている大きな手を振り解くことが出来なかった。

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