小悪魔の罠
どうしてこんな事になってるんだろう・・・
目の前にはうちのキッチンで料理をしている甲斐くん。
あの後、コンビニで会計を済ませた甲斐くんは真っ直ぐうちのマンションに向かい、あまりに自然に促すから、ついつい招き入れてしまったのだ。
両手一杯の荷物を持って部屋に入ると、甲斐くんは買ってきたチューハイやらビールやらを冷蔵庫にしまいつつ、何か作りましょうかと尋ねてきた。
「料理出来るの?」
「元々、キッチン担当だったんです。」
そう私の質問にキラキラ笑顔で答えると、手早く準備を始め、現在に至る。
まぁ、有斗なんか好き勝手に出入りしてるんだし、同じようなものかな。
妙に様になっている後姿を眺めながら、一人納得した。
でも、さすがにすっぴん部屋着姿になるつもりはないけれど。
それから15分程度でテーブルの上はちょっとした居酒屋のようになっていた。
「うわぁ、すごいね!」
ポテトのチーズ焼き、豚キムチ、ほうれんそうのおひたし、明太子パスタ・・・
買ってきたものもあるけれど、元キッチン担当という甲斐くんのおかげでかなり潤った晩ご飯だ。
「これぐらいなら、いつでも作ってあげられますよ。」
キラキラ笑顔で差し出すビールを受け取って、私は上機嫌で甲斐くんと乾杯した。
一口飲むと、きゅうっと胃に染み込む感じが堪らない。
あれ?ところで、何で家飲みになったんだったっけ?
ま、いっか。思い出したところで何の役にも立たないし。
所狭しと並んだ料理が空っぽになっても、私と甲斐くんは飲み続けた。
食べて、食べて、喋って、飲んで、喋って、飲んで、飲んで・・・
おそらく同じ量を飲んでいるのに、甲斐くんは普段とあまり変わらない。
それなのに私ときたら、ぽーっと頬が熱くなってきている。
まったく、どいつもこいつも年下の癖にお酒が強いなんて生意気な・・・
少しむくれている私に気がついたのか、甲斐くんはそっと私の頬に手を伸ばした。
「ちょっと赤くなってる。酔った衣里さんもかわいいですね。」
なんて、キラキラ笑顔で言うもんだから更に頬の熱が増した。
それを悟られないように、甲斐くんの手から頬を離す。
「いやいやいや、甲斐くんの方がかわいいよ。モテるでしょ?」
キラキラ笑顔で、料理が上手で、話も面白いなんてモテないはずがない。
キッチンからフロアに移動になったのも頷ける。
うんうん、と本当に頷きながら甲斐くんを見ると、複雑そうな表情で、ふぅとため息を吐いている。
何でみんなため息吐くかなぁ?幸せ逃げちゃうよ?は・・・
と、うっかり自分もため息を吐きそうになり、急いでそれを飲み込んで、手にしていた缶チューハイに口をつけた。
じんわり甘酸っぱい香りとアルコールが染み渡っていく。
「んー、おいしい。でも、もうほとんど無くなっちゃった。」
あれだけ買ってきたお酒は、もう全部空っぽになってキッチンに転がっている。
「じゃ、買い足しに行きますか?」
私の言葉と目線を追った甲斐くんは復活したキラキラ笑顔でそう言った。
甲斐くんに促されるままマンションを出ると、夜風が火照った頬に気持ちよかった。
なんて、前にもあったような???
まぁ、こんな事くらい何度あってもおかしくないんだけど。
でも・・・何か、引っかかる。
「衣里さん?」
立ったまま考え込んでいると、ふいに甲斐くんが顔を覗き込んで微笑んだ。
「ぅわっ。」
あまりに突然で、あまりに近くて、それでもってキラキラすぎる!
驚きと恥ずかしさと不意を付かれたのが相まって硬直していると、甲斐くんはキラキラ笑顔のまま、私の手を握って歩き始めた。
「この時間だと、公園の近くのコンビニが一番近いですよね。」
「うん・・・そうだね。」
すたすたと手を引く甲斐くんと、その少し後ろを歩く私。
返事一つするのにも動揺している私と違って、平然とした顔が慣れてるなぁって感じ。
斜め後ろからでも見えるくらい長い睫毛に見とれていると、その目がこちらを向いて私を捉えた。
「慣れてるなぁとか思ってるんじゃないですか?」
にやっと、それでも少しキラっとした笑顔で甲斐くんが振り向いた。
繋がれてない方の手をぶんぶん振って否定してみたけど、この顔はきっとバレてる。
「そんなこと・・・いや、ちょっと思ったけど。」
その瞬間、繋がれている手にぎゅっと力が込められた。
そして、そのままコンビニに着いても、店の中でも、手は繋いだまま。
一度だけ、レジで会計をする時に放したけど、また店を出る時には繋がれていた。
おかげで酔いはすっかり醒めたけど、意地になって手を放す理由もないし、このままでもいっか。
ふと甲斐くんを見上げると、私の視線に気がついてニコニコしている。
この子犬みたいな笑顔も手を放せない理由の一つなんだけど・・・
「早く帰って飲み直しですねー。」
「そうだねぇ。」
って、すっかり流されてるし。
ま、いっか。たまにはカワイイ男の子と飲むのも・・・って、なんか私おばさんくさい。
「はぁ・・・っと。」
うっかりため息が漏れて、慌てて途中で飲み込んだ。
危ない、危ない。いつの間にか、ため息がうつってる。
「どうかしましたか?」
突然、空いている方の手で口を押さえた私にすかさず尋ねる甲斐くん。
「なんでもないよ。うっかり、ため息吐きそうになっただけ。ため息を吐くとね、幸せが逃げるんだって。」
不思議そうな顔をしていた甲斐くんに説明すると、何か思いついた顔をしてにやりと笑った。
「あー、だから有斗はいつまでも幸せになれないんだ。」
「え?有斗?」
にやにやしながら頷いている甲斐くんに思わず聞き返した。
「だって、有斗っていつもため息吐いてるでしょ?」
そう言った甲斐くんは妙に悪い笑顔を浮かべている。
でも、いつもため息吐いてるは確かだ。幸せじゃないのかどうかはわかんないけど。
何だろう、何だろう。何か引っかかるような・・・
うーん、と唸って考え込むと、思わず歩みが遅くなった。
「わからないならいいですよ。さ、早く帰りましょー。」
いつの間にか甲斐くんはいつものキラキラ笑顔に戻って、ぐいぐいと早足で私を引っ張っていく。
私はそんな甲斐くんに流されながら、片手にまた大量のお酒を持っているのに、よくそんなに早く歩けるもんだと変に感心していた。
ところが、マンションの玄関まで来た所で急に甲斐くんが立ち止まった。
さっきまで早歩きでぐいぐい引っ張られていた私は、咄嗟に止まれず甲斐くんの背中へ正面からぶつかる破目に。
「うっ・・・。」
篭った呻き声と振動を背中に感じた甲斐くんは、ちらっと振り返っただけですぐにまた前に向き直る。
「ちょっとぉ・・・」
急に立ち止まるなんて、どういうつもり???
文句の一つでも言ってやろうと身を乗り出した私は、笑顔で立っている甲斐くんの視線を追って固まってしまった。