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glitter  作者: 高野薫
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女王様と小悪魔

・・・えり・・・衣里


誰だろう?

遠くで誰かが呼んでる。


「ん・・・」


何?って言いたかったのに、出てきたのは寝ぼけたような返事。


「衣里?」


この声・・・


意識がはっきりしてくると、軽い背中の痛みと固い感触で、まだ自分が床で寝ていることに気づいた。

いつの間にか、ブランケットが肩まで掛けられている。


「衣里ってば!」


そう呼ばれて、ぼんやりと目を開けると、私を覗き込む奈菜の顔。


「奈菜・・・」


やっと返事をすると、はぁーっとため息を吐いて座りなおす奈菜。


そんな豪快にため息吐かなくてもいいじゃん。

奈菜といい有斗といい、この姉弟は。


・・・有斗。


そう思った瞬間、胸の奥がどきりと鳴った。


「有斗、来てたんでしょ?」


「へ?」


さっきよりも胸のどきどきが酷くなる。

いつもながら、そのタイミングの良さというか勘の鋭さというか、奈菜には適わない。

っていうより、本人が昨日追い出したんだから、知ってて当たり前か。

それに、テーブルの上にはマグカップが二つ。


「まったく、衣里をこんな状態で放って帰るなんて。今度会ったら容赦しないんだから。」


そんな事を呟きながら、奈菜は床の上からラブソファに座り直した。

私もゆっくり起き上がって、ベッドにもたれかかった。

あの妙な眩暈はもう治まっていて、体も重くない。

一体、何だったんだろう。もしかして、パニックと考えすぎで知恵熱?

とりあえず、水でも飲もうと立ち上がると奈菜がそれを制した。


「何?何がいるの?持ってきてあげるから。」


決して『優しい』言い方ではないけれど、奈菜らしい気遣い。

けれど、腰に手を当てて、私の前に仁王立ちしている奈菜は女王様みたい。

私はそんな様子に少し笑いつつ、大人しく元の定位置に座った。


「水でも飲もうと思って。ところで、奈菜?何でここにいるの?」


何気なく問いかけると、奈菜はキッチンへ向かう足を止めると、くるっと振り返って、恐ろしい顔で私を睨みつけている。


怖い・・・怖いんですけど、奈菜さん。


「私が心配して来てあげたのに、何でここにいるの?って?!」


すっかり女王様スタイルに戻ってしまった奈菜が、はぁーっと大きくため息を吐いた。


「だ、だって、連絡もしてないのに何で来たのかなって思って。鍵だって・・・」


鍵・・・そこまで言って気がついた。

あの時、有斗が出て行った直後、動けなくなったんだから鍵は開けっ放しだったんだ。


「鍵は開いてたよ。まったく無用心なんだから。」


はい、わかってます・・・


心の中で反省して、まだ仁王立ちの奈菜を見上げた。


「で、何で・・・?」


「授業に来ないし、いつもなら休む時は連絡あるはずなのに携帯も出ないし。そんな様子なら誰でも家に来るでしょ?家に来てみたら鍵は開いてるし、衣里は床に倒れてるし・・・」


そこまで言うと、奈菜はもう一つ大きくため息を吐いてからキッチンへと向かった。

改めて説明されると、何か大変な事態になってたみたいに聞こえるから可笑しい。


全然そんなんじゃないのに。

ただ、おたくの弟さんに突然襲われて、パニックで体が言うことを利かなかっただけですよー。


なんて、奈菜には言えないけど。


「それにしても、体調悪いなら無理して飲まなきゃいいのに。」


グラスに水を汲んで戻ってきた奈菜は呆れた様に首を横に振った。

どうやら奈菜の中では『体調悪いのに無理して有斗と飲んだ結果、ぶっ倒れた私』になってる様子。


ちょっと、勝手に自己管理が出来ない人みたいに言わないで。

飲みすぎじゃないし。いや、飲みすぎはしたけど倒れるほどじゃないし。

というか、弟を追い出してる人に言われたくないですけど。


喉元まで出掛かった言葉をぐっと飲み込んだ。

だって、言ったら何でぶっ倒れたのか聞いてくるだろうし。

キッチンにある大量の空き缶を見てるから、飲みすぎじゃないなんて信じないだろうし。


「ま、衣里がお酒を前にして飲まないなんて有り得ないけど。まったく有斗も・・・」


そう言いながら奈菜は、ベッドにもたれて縮こまりながら水を飲む私の心を読み取るように、じっと見ている。

その様子は有斗そっくりで、さすが姉弟。

そっくりすぎて、今朝の有斗との出来事を思い出し、胸がどくりと変な音を鳴らした。


「ま、平気そうならもう行くね。そろそろ家に帰らないと外泊禁止になるかもしれないし。」


何か聞かれるかと思ったけど、奈菜はにっこり笑って立ち上がった。

私もブランケットを引きずりながら、玄関までその後を追う。


「今日はありがとね。」


「私もしばらく大人しくするから、衣里も大人しくしてなさぁい。」


奈菜はそう言って、ひらひらと手を振りながら帰っていった。

自分が元々の原因だって気づいてないんだろうなぁ、きっと。


私は玄関の鍵を掛けた後、あの姉弟に負けないくらいの大きなため息を吐いた。



あの日から一週間、奈菜はぴたりと有斗の部屋に泊まるのを止め、終電に間に合うよう帰宅していた。

きっと、しばらく外泊禁止令でも出たんだろうなぁ。そうしないと門限8時にするとか言われて。


だから、あれ以来、有斗とは顔を合わせていない。

私としては、その方が都合が良かった。

だって、突然またやって来られても変に意識して、今までみたいに振舞えないかもしれないもん。

今だって思い出すだけで変な汗と動悸が・・・


まったく、可愛がってた子犬に噛まれた気分。

おかげで毎日、もやもやとした気分で過ごす日々。

今日も学校帰りにコンビニに立ち寄り、カゴを手に何をヤケ買いするか品定めを始める。


甘い物は、たくさん食べられないし、ファーストフードはもう飽きた。

そうなると、残る物はただ一つ・・・!


私は冷蔵庫の前に立ち、憂さ晴らしをするようにカゴに缶チューハイを入れていった。

一人でだって飲んでやる!

明日は臨時休講で学校に行かなくてもいいし。


・・・あ、アイスも買おう。


そう思い立ち、大きな冷凍庫の前で立ち止まったところで、後ろから声を掛けられた。


「衣里さん?」


振り向くと、そこには甲斐くんがキラキラ笑顔で立っていた。


「久しぶりですね!」


ころころと人懐っこく笑っている、甲斐くん。

その視線が私の持っているカゴへと移り、また私へと戻った。


「家飲みでもするんですか?」


カゴの中には、そう訊かれてもおかしくない量の缶。

実は重くて、もう少しで腕が千切れそう・・・


「う、うーん。。。」


苦笑いを浮かべ言葉を濁す、嘘のつけない私に甲斐くんはにっこり微笑んだ。


「もしかして一人飲み?」


「そ、そんな感じ?!」


半疑問形ながら肯定する私に、一層にっこり微笑む甲斐くん。


なんだか嫌な予感が・・・


「衣里さんみたいなキレイな人が一人で家飲みなんて似合いませんよー。どうせなら俺と飲みましょう!」


そう言って、甲斐くんは私の手からカゴを奪い取った。


「え・・・!」


驚いて戸惑っている私を無視して、甲斐くんは既にレジへ向かっている。


「衣里さんと飲んでみたかったんだよなー。」


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