宣戦布告
甲斐くんのBLTとスープのセット、私のトマトとモッツァレラの冷製パスタが運ばれてくると、私は思わず無言になってしまった。
だって、それくらいこのパスタおいしいんだもん!パスタ、トマト、チーズの大好きな私には堪らないメニュー。
冷えたカッペリーニもおいしくて、無意識に顔が緩んでしまう・・・
「本当においしそうに食べますね。」
ふと気がついて甲斐くんを見ると、じーっと見つめる視線とぶつかった。
「だって、本当においしいから・・・」
少し恥ずかしくなって、顔が熱くなる。
もしかして、甲斐くんのこと忘れてると思われたかな。というか、もしかしなくても忘れてたけど。
「そういうところが好きなんです。」
思いもしないタイミングで告白された私は、口いっぱいのまま甲斐くんを見つめるしか出来ない。
なんて、色気も可愛げもない私・・・
全て飲み込んで、グラスの水を一口飲み、ようやく言葉を発せられるまで軽く1分はかかった。
「それ、本気なの?」
こんなこと言うなんて失礼だと思う。怒っても仕方ないと思う。でも、ずっと疑問だった事を口に出してみた。
だって、不思議だったから。甲斐くんくらいかっこよくて、話もおもしろくて優しいなら、他にもっと似合う人がいるんじゃないかって。
「本気、ですよ。でも、衣里さんは有斗のことが好きなんでしょう?」
今度こそ飲んでいた水を噴出しそうになった。
それなのに、甲斐くんは肘をついてキラキラと微笑んでいた。
「なっ、何で?何で、甲斐くんもそう思うの?」
さっき飲んだばかりなのに、また喉がカラカラになっている。
さっきから感じる甲斐くんからのキラキラ光線を紛らさす為にも、もう一口水を飲んだ。
「も、ってことは誰かからも言われたんですか?もしかして、有斗・・・なわけないか。」
2度目の爆弾投下に、もう一度噴出すそうになる私。
そんな私の様子を見ながら、甲斐くんはくすくす笑っている。
何か、キャラ変わってない?こんなに意地悪だったっけ?
「初めて居酒屋で会った時は何となく思っただけですけど、その後、二人で飲んだ時に確信して・・・衣里さんの気持ち、有斗には伝えたんですか?」
「ま、まさかっ!だって有斗のこと・・・好き・・・って気づいたのも本当に最近だし。」
改めて口にすると恥ずかしくて、顔が熱くなっていくのを感じた。
思わず、ぶんぶんと顔と両手を思い切り振って否定してみる。おかげで顔の赤さも少しは誤魔化せた筈。
それにしても、有斗に告白って!そんなの考えた事もないし、思ってもみなかった。
なのに、甲斐くんは意外そうな顔で首を傾げている。
「どうしてですか?もしかしたら有斗も・・・それとも他に気になる人でも?」
にやっと笑う甲斐くんは小悪魔そのもの。思わせぶりな視線と上がった口角。
何でー?男の子なのに、そんな可愛くて色気があるの??
「えっ、えっ・・・だって、有斗には彼女がいるじゃない。」
「なーんだ、それだけですか。俺の事なんて頭にないってことか。」
そう言って、甲斐くんは少し拗ねた様にため息をついた。
そんな様子さえ可愛らしい。
羨ましい・・・じゃなくて恐ろしい。
「い、いや・・・そういうわけ、でもないけど。でも・・・」
「でも?」
それ以上は言葉が続かなくて、甲斐くんの視線が絡みつく中、無言で残っているパスタを口に運んだ。
その後、甲斐くんからの攻撃はなく、食後の紅茶を飲みながらまったりとした時間を過ごしていた。
本当はデザートも・・・と思っていたけれど、帰りにこないだのカフェでクッキーを買おうと思って控える事にした。
チョコレートたっぷりの大きなクッキー。濃く淹れたアールグレイと一緒に食べたいなぁ・・・
なんて一人で妄想していると、不意に頬に触れるものを感じ振り向くと、すぐ隣に甲斐くんが座っている事に気がついた。
「わっ、いつの間に?!」
触れられた指の先から、じんじんと熱が伝わるように熱くなってくる。
息が掛かりそうなくらい近くにある甲斐くんの顔。ドキドキしているのを誤魔化す様に笑ってみた。
「また俺の事なんて忘れてるみたいだったから。」
そう耳元で囁かれたら、誰だって心臓が飛び出るくらいドキドキするだろう。その上、触れていただけの指ですっと頬を撫でるもんだから、それこそ顔から湯気が出そうなくらい全身が熱くなった。
「そ・・・そんなことない・・・」
しどろもどろになりながら、やっと返事をすると、甲斐くんは頬から手を離して満足そうに微笑んだ。
「やっぱり、諦めない事にしました。覚悟してくださいね。」
「・・・へ?!」
あの、小悪魔みたいな微笑みを浮かべると、甲斐くんは呆気に取られた私を引っ張るように立ち上がり、気がつけば会計も済ませてカフェの外に連れ出されていた。
いつものように、手を繋いで歩く帰り道。
「それじゃ、ここで失礼します。また飲みましょうね。」
マンションのエントランスの前まで来ると、甲斐くんが向き直った。
そして微笑みながら近付き、ふわりと私の耳元に顔を寄せた。
「もちろん、衣里さんの部屋で。」
「な、なっ!」
瞬きをする度に触れる彼の睫毛。そして息遣い。
治まったはずの熱が再び体中に広がっていく。
近過ぎる!そう突き放そうとした両手を甲斐くんは掴んで、握り締めた。
「またね、衣里さん。有斗によろしく。」
そう言って、握られたままの両手を離し、甲斐くんは去っていった。
いつも通り、後に残されたのは呆気に取られたままの私。
何だったの、一体????
しばらく一人立ち尽くしたまま、甲斐くんの消えていった方向を見つめていた。
お願いだから、神様。元の平和な生活を返してー!
そんなことを本気で祈りながら。
「何そんなとこで祈ってんの?」
突然、後ろから冷めた声が私の祈りを遮った。
聞き覚えのある、ずっと聞きたかった声。早まっていく鼓動を感じながらゆっくり振り返った。
そこには以前と少しも変わらない、すらりとした体を持て余す様に立つ有斗がいた。
「っていうか、部屋着?それ。」
すうっと目を細めて、私をじっと観察する有斗。その視線が顔から下へ向かう。
忘れてた!甲斐くんに気合いを見せない様に気の抜けた格好してたんだった!
こんなことなら、もっとお洒落すればよかった・・・せっかく久しぶりに有斗に会えたのに。
「いや、コンビニでも行こうかと・・・」
きっと真っ赤になってる筈の顔を見られたくなくて、斜め下を向きながら答えた。
久しぶりの有斗。『好き』だと意識した今、真っ直ぐ顔を見れない・・・
「で、祈ってたんだ。へぇ。」
そう言いながら、有斗はオートロックの玄関を開け、中へと入っていく。
「え?!」
もう行っちゃうの?!そう言い終わる前に、有斗はエントランスの奥へと消えていった。
またも、一人取り残された私。寂しくて、悲しくて、切なくて・・・
っていうか、むかつく!
こうなったら、コンビニでやけ買いするんだから!お酒もお菓子もいっぱい買うんだから!
一つ大きく息を吐くと、くるっと回れ右をして、近くのコンビニへ向かった。
もう、みんな知らないんだから。勝手に人を振り回して、置き去りにして。
息巻きながら入ったコンビニで、カゴに缶チューハイ、缶ビール、スナック菓子、アイスを次々に入れ、レジまで行くと店員のお兄さんは驚いた様に私を見ている。
どうせ、私は色気の欠片もないですよ。
そう自虐しながら、両手いっぱいの袋を抱えてマンションへと戻った。