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glitter  作者: 高野薫
12/18

ケーキより甘いもの

その日は一日中、午後からの講義、スキップしてしまった講義のノート写し、課題、それと同時に続く奈菜からの詮索と説教で、帰宅する頃には心身共にぐったりしていた。

もちろん、昨夜の事は話さなかったけれど。


もうこれ以上、何も考えられないっていうくらい久しぶりに頭を使った。

エネルギーを消費して空っぽになってしまったお腹を満たす為には甘いものしかない。

そうだ、今日ぐらいはコンビニじゃなくて駅前のカフェでケーキを買って帰ろう!


そう思いつくと、さっきまで肩に圧し掛かっていた疲労はどこかへ消えて、うきうきと足取りまで軽くなる。


何にしようかなぁ。フルーツたっぷりのタルトか、それともチョコレートが濃厚なガトーショコラか。

やばい、考えただけで涎が・・・


駅前と言っても細い路地を少し入ったところにある、そのカフェは隠れ家という言葉が良く似合う。蔦が絡んだ白い壁とテラスを囲むラティスには色とりどりの花。

『Secret Garden』と書かれた看板をくぐると、そこにはカフェの売りであるケーキがショーケースに所狭しと並んでいる。


あぁ、この瞬間が堪らない。

キラキラとしたケーキを選ぶ、優雅で充実した時間・・・

って、早くしないと後ろの人に迷惑だ。


「すいません、えっと、ベリーのタルトをひとつ・・・」


持ち帰りで、と付け加えようとした私を遮り、後ろから聞き覚えのある声がした。


「と、ガトーショコラ。あと、アールグレイをポットで。テラス席までお願いします。」


まさか・・・と振り返ると、そこにはケーキに負けないくらいキラキラ笑顔の甲斐くんが立っていた。


何でこんなことになってるんだろう・・・

って、確か前にもこんな事があったような気がするんだけど。


目の前には優雅に紅茶を注ぐ甲斐くん。

ショーケースの前で呆気にとられていた私は、とっくに私の分まで会計を済ませた甲斐くんに促されるまま、今の席に座らされた。


なんか、奢ってもらってラッキー?いや、今はそういう事じゃなくて・・・

でも、このキラキラしたタルトとアールグレイの良い香りには勝てない。


「はい、どうぞ。」


甲斐くんが紅茶の入ったカップを私へ差し出す。


「ありがとう。」


それを受け取って一口飲んだ。ふんわりと香りが広がり、思わずため息が出そうになる。

そういえば、甲斐くんの淹れたミルクティーもすごくおいしかったな。

なんかもう、今ここで甲斐くんと座ってることなんかどうでもよくて、ただこのおいしい紅茶とケーキを楽しみたい。

そういえば、いつもテイクアウトばかりで中で食べたことは一度もなかったし。


小さめのフォークを手に取り、真っ赤なラズベリーとイチゴ、ブルーベリーがのったタルトを口へ運ぶ。


んー、やっぱりおいしい!幸せ・・・と、思わず顔が緩んでしまう。


「やっぱり衣里さん、おいしそうに食べますね。可愛い。」


そう言われて、ケーキに集中していた目を甲斐くんへ向けた。もちろんそこにはキラキラ笑顔。


「・・・あの、私の分まで払ってもらって、ありがとう。でも、何で?」


「駅前で衣里さんを見かけて、そしたらニコニコしながらここに入っていったんで、つい。」


「あ・・・そう。」


つい、って。屈託なく言われると納得せざるを得ないけど、腑に落ちない。

じっと一点を見つめたまま考えていると、甲斐くんがふいに立ち上がった。


「もしかして寒いですか?」


そう言って、甲斐くんは自分が着ていたジャケットを私の肩へ掛けた。


「ありがと・・・」


別に寒くなんてなかったんだけど、なんとなく拒めなかった。

甲斐くんは満足したように微笑みながら席に戻っている。


「そういえば、有斗に彼女が出来たみたいだよ。」


その穏やかな表情で、まるで天気や景気の話をするみたいに、気軽に甲斐くんは言った。


知っていたけど。わかっていたけど。なんでだろう。

温かい甲斐くんのジャケット、いい香りの紅茶、おいしいケーキ、その全てが一瞬にして崩れていくような感覚だった。

それでも、こんな私の中身を知られたくない。


「それ、なら、私も知ってる。かわいい感じの子だよねぇ?」


うまく返せた、はず。笑えてたし、違和感なんて甲斐くんには気づかれてないはず。

なのに、甲斐くんってば微妙な微笑を浮かべてる。どこか体の一部が傷つけられているのを隠している様な痛々しい目と歪んだ口唇。


甲斐くんが何も言おうとしないので、私から話し始めた。


「こないだマンションの前で偶然見ちゃったの。有斗と女の子がいちゃついてるとこ。公衆の面前であんなことするなんて有斗っぽくないなって思ったんだけど、彼女の事が本気なら分かる気がするよね。」


そう一気に言い終わると手元にあった紅茶を飲み干した。

それでも甲斐くんの表情は変わらない。

もう、一体何だって言うんだろう。友達に彼女が出来たからって、こんなにも悲観するんだろうか。

私なんて、奈菜に彼氏が出来た時、もう余計な面倒を見なくて済むと大喜びだったのに。


あっという間にケーキも紅茶も済んで、ここで甲斐くんと一緒にいる必要もなくなってしまった。

これ以上、ここにいても仕様がない。

そう思って立ち上がると、甲斐くんが私の左手首を掴んできた。


嫌だな。早く家に帰って、シャワーを浴びて、ごろごろしたいのに。

これ以上、今日は何も考えたくないのに。

おいしいケーキを食べて、まったりして、自分を甘やかす予定だったのに。

それでも私は平静を装って、まだ座ったままの甲斐くんを見下ろした。


「どうしたの?・・・あ、ジャケット?ごめん、忘れてた。温かいから、このまま帰りそうだったよ。」


おどけた様に言う私を見て、甲斐くんは少しだけ笑って立ち上がった。

それでも左手首を掴んだ手は放さない。


「送っていきますよ。マンションに着くまで、ジャケットは着ていてください。」


そして有無を言わさず、私の手を引いて店を出てしまった。

あぁ、本当は帰りにチョコとバニラのクッキーも買って帰るつもりだったのになぁ・・・


そんな私の心情なんて露知らず、マンションに着くまで甲斐くんはニコニコしながら色んな事を話した。時折、私の目を見てキラキラ笑顔で微笑んだり、繋いだ手をぶんぶん振ったりするもんだから、私は不覚にもドキッとしてしまった。

本当に、甲斐くんは女の子のツボを抑えてるというか、慣れてるというか・・・


甲斐くんの魔術にかかれば、駅前からマンションまでの20分はあっという間だった。

マンションのエントランスの前で立ち止まる二人。

手はもう繋いでいない。


「送ってくれてありがとう。それに、ジャケットも。」


借りていたジャケットを脱ぐと、日が落ちてひんやりとした空気に包まれた。気温の変化に一瞬、体が震える。

すると突然、甲斐くんは差し出したジャケットごと私を引き寄せた。


「・・・え?」


驚き固まっている私に甲斐くんの顔が近づいてくる。

一体、何が起きてるの?きっと今、私の目はまん丸になっているだろう。

そんな私の様子に甲斐くんは微笑んで、唇すれすれに口付けた。

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