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glitter  作者: 高野薫
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待ちぼうけ

結局、外がすっかり暗くなるまで部屋中を掃除した。

引っ越して以来、触れていなかったかもしれない玄関やベッドの下、それにお風呂、トイレ、キッチン・・・

ぴっかぴかになった部屋はまるで新築みたいだ。


なのに、有斗は一向に来ない。

ぐったり疲れた体をラブソファに預けて時計を見ると、もうすぐ8時半になりそうだった。

いつもなら、そろそろ来てもおかしくない時間。


「はぁ・・・。」


ぐるるる・・・


ため息と同時にお腹が鳴った。そういえば朝から何も食べてないんだっけ。

キッチンの棚を覗くとカップラーメンが転がってたから、それを食べることにした。

一日中食べていなかったんだから、この時間でもラーメンぐらい大丈夫・・・なはず。

熱々の麺をすすって、スープを飲むと胃がじんわり温かくなって、妙に気分が落ち着いた。


やっぱりおいしいなぁ、夜のラーメンって。これにビールがあれば最高なんだけど・・・

冷蔵庫に何缶か昨日の残りがあったから、あれ飲んじゃおうかな。


そう思うが早いか、吸い寄せられるように冷蔵庫を開けて一缶取り出した。

温かくなった胃にしゅわしゅわとビールの炭酸が広がっていく。


あぁ、やっぱり最高。


それにしても、有斗はまだやって来ない。いつも突然、人の予定なんて関係なしで来るくせに。

もしかしたら奈菜の気が変わって、今日は止めにしたのかも。

わざわざ学校もないのに、こっちまで出てくるのだって面倒だろうし。

きっと、そうに違いない。だから有斗は来ないんだ。来る必要がないから。


でも、それを確認する事が出来なかった。

奈菜にメールを送ればすぐわかる事だけど、こんな事聞くのも何か変だし、不自然。

明日、大学で会えばわかる事だもん。



翌日、私の隣に座るなり、奈菜は野菜ジュースとクロワッサンを差し出した。


「はい!」


それは、奈菜が有斗の部屋に泊まった次の日に決まって持ってくる私の大好物。


でも、おかしいな。昨日は有斗、来なかったのに。


「今度からは頻繁に追い出さないようにするから、ね。」


奈菜はそう言うと、ニコニコしながら自分のクロワッサンを頬張った。

この幸せそうなオーラからして、昨日は彼氏と一緒だったに違いない。

それに、このクロワッサン・・・


「ちょっと、聞いてる?衣里。」


いつの間にか、クロワッサンを食べ終わりそうな奈菜がこちらを睨んでいる。

そういえば、さっきから何かずっと喋ってた様な・・・

でも、クロワッサンと睨めっこしてて、奈菜が何て言ってたのか全く覚えてない。


「え?なんだっけ?」


「もう、また二日酔い?飲むのも程ほどにしなよ。」


呆れた様子でため息を吐く奈菜。こういう瞬間がそっくりなんだ、この姉弟は。

整った顔でため息を吐かれると、こっちは悪くなくても申し訳なく思ってしまうから嫌になる。

っていうか、生活態度を奈菜にだけは咎められたくないんだけど。


「ま、いいや。でもやっぱ、学校に近いっていいよねー。今日なんて、いつもより1時間も長く寝られたもん。」


「へへ、いいでしょー。」


ピースサインを奈菜に向けながら、精一杯の笑顔を浮かべた。

けれど頭の中は疑問でいっぱいで、その後の授業も耳に入らなかった。

おかげでノートは白紙だし、来週までの宿題も奈菜に教えてもらわないといけない始末。

はぁ、今日はバイトなのにこんな状態で大丈夫かな、私。


1ヶ月前から、週に一、二度だけど塾の受付でアルバイトをしている。

ちょっとしたお小遣い稼ぎになるし、空いた時間に宿題もできるから今のとこ気に入っていた。

受付に座って、やって来る生徒達に挨拶をしたり、保護者から月謝を受け取ったり、たまに入会の案内をしたり・・・

始めた頃は覚えることが多くて大変だったけど、今では余裕も出てきて電話での案内もへっちゃらだ。


「こんにちはー!」


見知った顔が挨拶をしてくる。みんなはつらつとして、いい子達ばっかりだ。

笑顔で挨拶しながら誰が来ていないかを確認するのも仕事の一つ。


「先生、見てー。これ昨日作ったのー。」


そう言って、細い手首に巻いたビーズのブレスレットを突き出しているのは、小学3年生のさゆきちゃん。

手芸が大好きな明るい女の子で、私がここに来始めた時に率先して話しかけてきた生徒の一人だ。


「これ、さゆきちゃんが作ったの?すごい!私にも今度作って!」


目の前にある手首に触れ、思ったままの感想を伝えると、さゆきちゃんは照れながらもしっかり首を縦に振っている。

このバイトを始めるまで、自分がこんなにも子供が好きだなんて気がつかなかった。

キラキラして、まっすぐで、自分の思ったことに素直に従っている純粋な子供たち。

はるか昔に忘れてしまった感情を一瞬でも思い出させてくれる貴重な存在だ。


室内に響くベルの音で授業が始まり、講師からの出席名簿を見ながら欠席者の家へ連絡を取る。

その後は授業が終わるまで自由に過ごしていい時間だった。


ポケットに入れていた携帯を取り出し、無意識に着信を確認する。

そこには奈菜からも、甲斐くんからも、そして有斗からも着信した形跡はなかった。


ま、いつもどおりか。


パタンと乾いた音を立てて携帯を閉じ、暇つぶしにテスト問題のファイリングを始めた。


夜10時。

バイトが終わり、帰り道に見つけると止めよう止めようと思っていても必ず寄ってしまうのがコンビニ。

入ってしまうとお酒、スナック、スイーツ、雑誌・・・

色んなものが目に入って、気づけば両手いっぱいの量を買ってしまう。


特に、甲斐くんや有斗から連絡が来なくなってから、よりひどくなったかもしれない。

だって、毎日毎日授業とバイトと家の往復で楽しいことなんか何もないんだもん。


退屈で退屈で、寂しくて、空しくて・・・やりきれないから。


だから、今日も両手にコンビニの袋を持って家へ帰る。

少し重い方が満たされてる気がして落ち着く。


でも、今日は少し買いすぎたかも・・・


そんな風に自分でも反省しながらマンションのエントランスに向かっていると、入り口の真横に人影が見えた。

どうやら仲良さ気なカップルっぽかったから、あまり見ないようにしつつも、ちらっと顔をチェックしたりなんかした。


女の子の方は流行のヘアメイクで着飾っているけど、派手でも下品でもなくて、可愛らしい感じ。

こんな可愛い女の子と付き合っているなんて、どんな男だろう。

身長は高い。少し細いけどスタイルは良さそう。

顔は・・・


足元から顔へ視線を移すと、向こうもこちらを見ていたようでばっちり目が合ってしまった。

その冷たい視線に、思わず息が止まる私。


有斗・・・


そう声に出しそうになって、言うのを止めた。

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