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glitter  作者: 高野薫
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モーニングコール

ふわりと頬を包み込む感触。

温かくて不思議と安心する匂い。

もう少し…

もう少しだけ、このまま…。


と、夢うつつで思ったのもつかの間。

ぐいっと勢いよく布団を剥がされて夢から引き離された。

突然、さらけ出された足首が少し寒い。


「いつまで寝てるつもり。遅刻するんじゃない?」


この憎たらしい言い方と生意気な声は目を開けなくても誰だかわかる。

きっと皮肉っぽく笑いながら私を見下ろしてるに違いない。

ご丁寧にカーテンまで開けてるらしく、閉じた瞼の裏が明るい。


…これじゃ眩しくて目が開けられないし。


私は手探りでサイドボードに置いた時計を掴んで目の前まで引き寄せた。

ようやく瞼をこじ開けてピントを合わせた文字盤は10:15。


「今日は授業、午後からなのにぃ…っていうか、何で私の部屋に有斗がいるのよ。」


欠伸をしながら、のそのそとベッドから起き上がり、目の前に立っている人物を睨んだ。

細身の体の前で腕組みをして、朝っぱらからクールな雰囲気を醸し出しているのは有斗。

同じマンションの二つ上の階に住んでおり、偶然にも高校時代から親友の奈菜の弟でもある。


いや、偶然じゃない。偶然ならまだ許せた。


2つ年下の有斗が大学入学の為に一人暮らしの部屋を探していたのは今年の春。

奈菜と有斗の家は私たちが通う大学から電車で1時間半。

通えない距離じゃない、と奈菜の両親は一人暮らしを許してくれなかったらしい。

けれど、有斗の場合は大学が更に遠いのと男の子だからという理由で了解を得たという。


ただ単に、奈菜の日頃の行動が悪いからだと私は思うけど。


それまで終電を逃したり酔っ払ったりする度に、奈菜は一人暮らしをしている私の部屋へ泊まりに来ていた。

しかし、有斗の一人暮らしを願ってもないチャンスだと思った奈菜は、このマンションに無理やり決めてしまったのだ。

お陰で有斗は一人暮らしをしているのに、片道1時間の通学を強いられている。

更には、奈菜が彼氏を呼ぶ度に部屋を追い出されているのだ。

そして都合よく、一番近くにある格好の避難場所が私の部屋。

親友の弟だし、有斗が中2だった頃から知っているし、加えてあの性格だから何の気兼ねもない。

男女の壁なんて、姉弟くらい跳び越してしまっているから。


昨日の夜もそうだった。

気分良く、お風呂上りにチューハイを飲んでいるとチャイムが鳴った。

こんな時間にやって来るのは奈菜か有斗のどちらかしかいない。


せっかく明日は寝坊できると、まったりしてたのにぃ…


渋々、ドアを開けると腕組みをして無表情の有斗が立っていた。

チューハイの缶を持ったままの私を見て、呆れたようにため息をつくからムカつく。


「なに?また奈菜?」


「そうじゃなかったら来ないし。」


クールな声で憎たらしい事を言いながら、ずかずかと勝手に上がりこむ有斗。

生意気な性格は今に始まったことじゃないから、いちいち腹を立てているとこっちが疲れる。

一人、玄関に残された私は小さくため息をついてドアの鍵をかけた。


「あ、俺もチューハイ飲も。」


キッチンでは好き勝手キングの有斗が冷蔵庫を覗いている。


あの姉にしてこの弟あり、だよね。まったく。


「ねぇ、早く彼女作ってそっちに避難してよ。」


手に持っていたチューハイを飲み干して、ベッドにもたれ掛かった。

テレビの真正面で、何にでも手の届くここが私の定位置。

膝をまっすぐ伸ばして足の指を曲げ伸ばしした。

昨日塗ったばかりのエメラルドグリーンが蛍光灯に反射してキラキラしている。


「めんどうだから嫌。」


手に缶を二つ持った有斗は、私に一つを差し出すと傍にあるラブソファに腰掛けた。

ラブソファなんて名ばかりで彼氏と座ったことなんて一度もないけれど。

もっぱら、奈菜か有斗の寝場所になるばかりだ。


すらりと伸びた足を折りたたんでラブソファに座る有斗。

端正な顔、とはこういう顔を言うんだろう。切れ長の目と通った鼻筋、薄い唇。

目に掛かるくらい長い前髪を「鬱陶しくないの?」なんて思わせない雰囲気を持っている。


「ありがと。」


躊躇することなく、渡されたチューハイをごくりと飲む。


だって、明日は昼前に起きればいいんだもん。


そう油断していたからか、それともお風呂上りに飲んだからか、気づけば予想以上に酔っ払っていた。

熱く火照る頬を手に持った缶で冷やしながら、定位置で体操座りの私。

顔色一つ変えずに次々と缶を空けていく有斗。

いつの間にかテレビは消されて、有斗の好みの音楽が流されていた。

次第に座っているのも面倒になってきて、ベッドに潜り込む。

ひんやりとしたシーツが気持ちいい。


「私、もう寝るから電気消しといてね。ブランケットはソファの下にあるから~…」


頭まで被った布団の向こうで、「衣里」と呼ぶ声とため息が聞こえた気がした。

そして、それから後の記憶はない。


有斗に布団を剥がされるまで…正確には有斗のため息を聞くまで、昨夜の事はすっかり忘れていた。


あぁ、思い出すと頭が痛くなってくる。

有斗がうちにやって来て、お酒を飲んで、酔っ払って爆睡…なんて初めてじゃないけど。

初めてじゃないだけに、こんな自分が嫌になる。

自己嫌悪に陥りながらも伸びとあくびをして、目の前に立っている有斗を見上げた。

寝ぼけた顔にスウェット姿の私とは反対に、見た目だけは上品な佇まいの有斗。


黙ってれば、王子様みたいなのに…


なんて、口にしようものなら「はぁ~」と深いため息と共に呆れた目で見られるだろう。

というか、そんな事を言わなくても、呑気な私の様子を見て今にもため息をつきそう。

ほら、今大きく息を吸い込んだ。


「寝ぼけてる場合?衣里。」


氷のように冷たい目が私を見下ろしている。


まったく、生意気なんだから。知らないうちに、勝手に呼び捨てにしてるし。


「だからぁ、今日は午後からなんだってば。」


そう言って、ようやくベッドから立ち上がるとキッチンへ向かった。

冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、ボトルのまま勢いよく飲む。

アルコールのせいで脱水気味だった体が潤い、徐々に意識もはっきりしていった。

ぷはっと音を立てて、口からボトルを離す。オヤジっぽいけど、誰に見られてるわけじゃないから気にしない。

すると、背後でまた例のため息が聞こえた。


「俺、これから学校だから行くけど。」


そう言って有斗はさっさと靴を履いて出て行った。


なんなんだ、一体。

見送らせる為に私を起こしたわけ?


呆然として閉まったドアを眺めていると、そのドアが開いて有斗が顔を出した。


「衣里、鍵。」


それだけ言うと、ため息混じりにドアを閉めた。


はいはい、わかってるってば。

子供じゃないんだから。


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