エルフの私が一人で凍えないように、先立った人間の弟子が遺した魔法
姉妹作品です!
下の作品も合わせて読むとより楽しめます!
「世界一不器用な魔法使いが、最愛の師匠に遺す最後の術式」
https://ncode.syosetu.com/n8800mj/
シリーズ「ルシエラとトトのスローライフ」
https://ncode.syosetu.com/s5387k/
人間の寿命は短い。
何百年という時を生きる私たちエルフからすれば、彼らの生涯など、ほんの瞬きほどの一瞬に過ぎない。
そんなことは、最初から百も承知だったはずだった。
「……はぁ。相変わらず、不格好な魔導具ね」
深い森の中、古い洞窟で雨宿りをしながら、ルシエラは荷馬車から下ろした
「それ」を見てため息をついた。
それは、数年前に大往生を遂げたルシエラの唯一の弟子
――トトが遺した、木製の四角い箱だ。
トトは手先こそ器用だったが、魔導具の回路を組むセンスだけは致命的にズレていた。
ルシエラがどれだけ厳しく魔法術式を教えても、なぜか彼が作るとおかしな効果が付与されてしまうのだ。
『す、すみません師匠! 自動で部屋を掃除する箒を作ろうとしたら、なぜか部屋中の家具を猛スピードで並び替える暴走箒になっちゃいました!』
『あなたねぇ……術式の並びが逆なのよ。あやうく私の家が全壊するところだったわ』
そんな風に頭を抱えた日々が、まるで昨日のことのように思い出される。
この木箱も、トトが晩年に「師匠、ついに完璧な傑作ができました!」
と自慢げに持ってきた『自動ゴミ箱』なのだが、これがとんでもないポンコツなのである。
外はバケツをひっくり返したような土砂降り。
洞窟の中は冷え込み、ルシエラは火を起こそうとしたが、
集めた薪はどれも湿気っていて火がつかない。
「冷えるわね……。これじゃ魔法の火も安定しないわ」
手持ち無沙汰になったルシエラは、懐からくしゃくしゃになった古いメモ用紙を取り出した。
トトがまだ少年だった頃に書いた、間違った魔法陣の落書きだ。
もう何度も見返して、内容も暗記している。
彼がこの世を去ってから、ルシエラはトトの遺品を整理していたが、
どうしてもこの箱と、数枚のメモだけは捨てられずにいた。
「これもお役御免ね。トト、あなたのゴミ箱で処分してもらうわよ」
ルシエラがその紙屑をパカッと箱の蓋を開けて放り込む。
本来なら、中で魔法の火がパッと燃え上がり、一瞬でゴミを消滅させるはずだった。
しかし
ゴトゴト、ガタガタガタッ。
箱はまるで生き物のように激しく震え出すと――。
――ペッ。
軽い音を立てて、中から「完全に乾燥した、火のつきやすい極上の薪」を勢いよく吐き出した。
「ちょっと、なんで薪が出てくるのよ!」
ルシエラは思わずツッコミを入れた。
ゴミを消すはずの箱が、なぜか新しいゴミ(に見えるもの)を増やしている。
けれど、足元に転がった乾いた薪を見て、ルシエラはハッとした。
……いま、自分が一番欲しかったものは、何だっけ。
ふと、トトが亡くなる数日前の言葉が脳裏をよぎる。
『師匠、僕は先に逝っちゃいますけど、僕の傑作があれば安心ですからね。
あれは師匠の役に立ちたくて、僕の全魔力を込めたんですから』
あの時は、ただのゴミ箱のくせに大袈裟な、と笑って聞き流していた。
試しに、今度は完全に空っぽの状態で、箱の蓋を開けてみる。
「お腹が空いたわ」
そう呟いて、近くに落ちていた枯れ葉を一枚、ゴミとして放り込んでみた。
ガタゴト、ガタガタ。
――ペッ。
出てきたのは、トトが若い頃によく焦がして作っていた、少し不格好な干し肉だった。
一口かじると、懐かしい塩辛さと、どこか温かい味が口いっぱいに広がる。
「……あいつ、本当にポンコツなんだから」
ルシエラは呆れたように笑い、それから、視界がじんわりと滲むのを止められなかった。
トトは知っていたのだ。自分が死んだあと、師匠がどれほど寂しがり、旅先でどれほど無茶をするかを。
長生きなエルフの師匠が、また一人きりで凍える夜を過ごさないように。
だからこれは、ゴミ箱なんかじゃない。
一人残される師匠を心配して、トトが遺した「お守り」だったのだ。
主人が本当に困っているとき、必要なものを差し出せるように、わざと回路を狂わせてあったのだ。
「自分の寿命の短さを知っていながら、私の先の心配ばかりして……馬鹿ね、本当に」
ルシエラは吐き出された薪に火をつけ、トトの肉を頬張りながら、愛おしそうにポンコツな箱を撫でた。
パチパチと爆ぜる炎の暖かさが、冷え切った心を優しく包み込んでいく。
箱はまるで褒められたのが嬉しいかのように、小さくカタカタと音を立てていた。
翌朝、雨は綺麗に上がり、澄んだ青空が広がっていた。
ルシエラは箱を大事そうに荷馬車へと乗せ、近くの交易都市へと向かった。
街の市場を歩いていると、小さな女の子が泣いているのが目に入った。
どうやら、大切にしていた木彫りの人形の腕が折れてしまったらしい。
ルシエラはふと思い立ち、荷馬車からあの木箱を下ろした。
「お嬢ちゃん、その折れた腕を、この箱にぽいってしてみて」
「う、うん……」
女の子がおずおずと人形のパーツを箱に入れる。
ガタゴト、ガタガタ。
――ペッ。
中から出てきたのは、折れた腕ではない。
「ぴったりと隙間を埋めるための、魔法の接着木蝋」だった。
ルシエラがそれを使って手際よく人形を直してあげると、女の子はパッと笑顔になった。
「わあ、ありがとう、エルフのお姉ちゃん! その箱、魔法の箱なの?」
「いいえ。ただの、世界一不器用で、世界一優しい私の弟子が作った、最高の魔導具よ」
ルシエラは誇らしげに胸を張った。
街を後にし、再びあてのない街道を進む。
寂しさは完全には消えない。
けれど、このポンコツな箱が隣にある限り、トトの魂も一緒に旅をしているような気がするのだ。
「さあ、行きましょうか、トト。次の街には、美味しい果物があるといいわね」
カタカタと、心なしか弾むような音を立てて揺れる木箱を連れて、エルフの旅はどこまでも続いていく。




