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0.毛と(け)いびいん

 人には誰しも、毛が生えている。


 ってオイッッッ!!!ちょっと待ていいから待て。

 まだ人体構成の話しか俺はしていない!

 『どこのなんの毛が』なんてどこかを掘り下げて話すつもりも、毛頭ない。(←毛だけに)


 ……。

 話を続けよう。

 なぜ、人には毛が生えているのか?

 なぜ、ある部分にだけ生えるのか?

 それらを考えたことはあるかい?


 うんうん。そうだね、大正解だ。

 毛は、私たち体の大事な部分を守っている。

 髪の毛は、紫外線や衝撃から。

 眉毛は、目に入ってしまいそうな汗から。

 鼻毛は、吸い込んだ空気の中に含まれているウイルスから。

 刺激や摩擦などからも守るために、とてもてとても大事な役割を持っているんだ。


 それが、どうだい?

 これは、なんだい……?


 俺は躊躇なく着ていた白いワイシャツを引きちぎり、ボタンを勢いよく弾き飛ばした。

 講義用に設置された卓上マイクに当たったことで、キィィィィィィン──!!!と不快なハウリング音が響き渡り、6号棟大講義室は、俺の31歳上裸と合わせてカオス空間の完成となる。

 予定だ。

 

 「っと、今日はここまでかな」

 超有名大学の特別講義。

 【全身毛むくじゃら男の頭の中には、毛も生えているのか?】は、恐れ多くもありがたく、今年で5回めの開講を迎えることとなった。

 

 今はその最後の予行練習と準備もかねて1人、誰もいない静かな講義室で最終調整中。

 話の途中途中で自信を持って入れているおやじギャグは、明日の満員となったこの場所で、お笑いグランプリ優勝!並みの爆笑を取ること間違いなしだろう。


 「笑いすぎて「もう、毛こうです!」なんて言われちゃったりして!!あ、「もう」は「毛」かな!?」

 妄想と希望が膨らみ、考えるだけでニヤける。

 前回含む4回の講義の前日もこうだった。既にMAXまで上がったテンションで、本番さながらの練習をしてしまう。

 そのせいで、1枚しか持っていない勝負シャツのボタンを弾き飛ばすという失態を毎回繰り返している。

 そしてあまりに吹っ飛ばしすぎたのか、近くの床だけでなく壇上の下の机や椅子の上まで、ありとあらゆるところに転がるというお宝探し、という名の『時間の無駄イベント』を自分で発生させていた。


 唯一いつもと違うところがあるとするならば、

 「いやこれ取れるのか?」

 なぜか最後の1つが、演台下の床にできた小さな溝にジャストフィット。

 しゃがみこみ手にかけるが、引っこ抜こうとしてもグラグラさせてみても、逆に押しても、

 「全然ビクともしないんですけど」

 軽く絶望を感じるほどには、しっかりとハマりきっているというところだろうか。


 「うーん……。特別長い指毛にボタンを絡ませ、引っ張ったらどうだろう」

 幸い、と言ってもいいのか、ボタンの真ん中には4つの小さな丸い穴が開いている。

 本来ならそこに糸を通して縫い付けるためのものだが、この絶望的状況で糸並みの細さと同等である指毛を入れることで、引き抜ける気がする。

 幸いに幸いを重ね、俺の指毛はとてつもなく長くて強い。ちょっとやそっとのことでは、キューティクルが敵に回ってちぎれるなんてこともないだろう。


 頭の中で軽くシミュレーションしてみると、どう考えても上手く行く未来しか見えない。

 アドレナリンの怖いところ。それは、あり得ないことでも出来ると本気で思ってしまうところ。そして、他人の目なんて気にしなくなるところ。

 「俺は、毛っして諦めないっ!」

 他のボタンは見つかっているので、上から順番に縫い付ければこのボタンは1番下になる。なくても困らないと言えばそれまでなのだが、それ以上に試したいという想いが強くあった。

 この毛は一体どこまで耐えられるのか。

 俺はそれが、見たい。


 「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 燃える心とは裏腹に、手は慎重に。

 ゆっくりと特別選出された4本を入れていく。

 大丈夫。お前らなら、やれる!!

 「なに、してるんですか?」

 「ふぁっっっっっ!!!???」

 ──ブチッッッ

 「ヒヤァァアァァ俺の毛がァァア!!!」

 後ろから突然話しかけられたことにより、変なところに絡まってしまった4本が痛みと共に一気に抜けた。

 「おぉおぉんんんんん」

 お前らは立派だったよありがとう。と最期の挨拶を交わしながら、変な声を出して泣くことしか出来ない。というか、邪魔したの誰だコラ。


 明らかに不機嫌オーラ駄々漏れで、声のする人物の方に顔だけ向ける。

 シワ1つない水色ワイシャツに紺のネクタイ。腕には捻られた白いロープ。右胸には見たことのある金色のバッチ。

 

 ──あれ。これ、あれだよな……?

   俺の知る限りこれは、"警察"の格好だよな?? 

 急に冷や汗が全身から吹き出る。

 俺は今、なにを隠そう、"上裸"なのだ。


 一瞬の思考停止の後に頭に流れたのは、


 検索:警察の前、上裸の男、胸毛ボウボウ腹までボウボウ

 ヒット:逮捕、即逮捕、変体、気持ち悪い


 「お縄だ」

 「……は?」

 最悪な展開だった。


* * * * * * * * * * *



 「まさか"同類"だったとは、その格好からじゃ想像出来ないって!」

 「まぁ僕のはただ多毛ってだけですけどね。あ、友達とサウナなんか行くと『魔王』って呼ばれてます。ウケますよね」

 「魔王?」

 「毛深いのが魔王みたいに見えるらしいですよ~。まぁ少し嬉しいですけど」

 

 出頭の覚悟を決め、もうここでカミソリを取り出しありとあらゆる毛を剃ってやろうか。そうしたら気持ち悪さも多少和らぎ、罪も少し軽くなるのでは?などという考えに至ったが、実行に移すことはなかった。


 警察に似ているこのお兄さん(推定20歳前後)(自認:魔王)は、自分のことをこの大学の警備員と名乗り、今は大学が閉まる前の見回り中らしい。

 確かに窓を見れば外は暗く、壁に設置されている時計は20時を指している。

 

 早く帰るよう急かされたが、このボタンを救出できなければ明日着る服がない。というバカみたいな本当の事情を説明すると、一緒に手伝うと快く言ってくれた。


 「それにしても丸曲(まるまがり)先生の体は僕以上ですねぇ。素晴らしい」

 「指の先から足の先までぎっしりですよ」


 そう。

 『それが、どうだい?

 これは、なんだい……?』

 ボタンパンッ!マイクキィィン!の続きを話すとするならば、それは俺の"特殊体質"にある。


 生まれてこのかた31年。

 俺は、剃っても剃っても剃っても次の日には全身に生え直してくる毛に悩まされていた。

 これだけならまだ、「産毛なんて誰でもあるわ」と思う人もいるだろう。


 だが、違う。

 俺の全身に生えている毛に、産毛はない。

 もう1度言う。

 産毛などという可愛いらしい毛は、どこにもない。なんだそれは。こちとら全身多毛&剛毛だぞ。

 

 唯一ない箇所と言えば、頬と目の周りのみ。眉毛と前髪が一体化しているおかげで、おでこというものはない。

 異常なほどのスピードアップによって、1日後には悲しい現実へとすぐに引き戻される。

 そのせいで毎度毎度剃る気は薄れ、気がつけば毛むくじゃら。まるでイエティだ。


 「夏はどうしてるんですか?冬は温かくていいですけど、夏は熱中症になりそうですね」

 「あー、夏は少し細毛になる」

 「動物の生え代わりみたいな?」 

 「そうそう。短くはならないんだけどね」

 「中々不便ですね」 

 「超不便よ」


 グラッとボタンが少し揺れた。

 まだジャストフィットしていることには変わらないが、2人でやると希望が見える。

 だが、自己紹介や他愛もない話をしていると、すぐに話題は尽きた。

 隠れ人見知りにとって、こっちの状況は絶望的。


 それを察してなのか、無言がキツかったのか、

 「例えばの話ですけど、"自分の毛がお金の役割となって物を買える世界"に行けたとしたら、最高だと思います?」

 という突拍子もない話題を投げ掛けてきた。こういう話は大好物なので素直に話に乗ると共に、話題がまだあることにホッとする。


 「それは毛を刈って売ることでお金を得られるってこと?羊的な」

 「んーっていうより……、お金と自分の毛が同等の価値って感じですかねぇ」 

 「あぁ、自分の毛そのものが通貨として使えるってことか」

 「そうですそうです」


 1本がいくらに相当するのかにもよるが、そっちの世界に言ったら大富豪も夢じゃない。       願ったり叶ったりの世界だな。

 

 「どう考えても最高。行ってみたい」

 「おぉ~、なら良かったです」

 「え?」


 その瞬間、目を開けていられない程の光に包まれなにも見えなくなった。

 意識が目の奥深くへと引っ張られそうな感覚に目眩がし、ボタンを触っていた手の感覚もあまりない。心臓の動悸が激しく、息も苦しい。


 あれ、これ、死ぬ?


 交通事故で車に引かれたわけでもないし、病気や災害、事件が起きたりもしていない。

 なのに、なぜだろう。

 体が死ぬんだと、どこかで悟っている。


 「本当に成りたい姿の貴方として、転生が成功しますように」

 「ぐ、ぁ……っ!!」


 やけに心地よく聞こえたお兄さんの声に、激痛が身体中をかき回し、皮膚が削ぎ落とされていく感覚に悶えることしか出来ない。

 意識は途絶える寸前、なんとか開けられた細目で衝撃的なものを見た。

 そう。自分の体から、長年連れ添った毛たちが抜けて宙に舞う姿を。


『タスケテー』『サヨウナラ!!』『イママデアリガトウ』そんな野太い声が、どこからともなく聞こえ、消えていく。

 

 「お、れの、こども、たち、がッ──!!!」

 声にならない声でそう叫び、俺はいつの間にか意識を手放していた。



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