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GatePair: Link〜【いいね】で始まる異世界マッチング〜 (ゲートペア)  作者: 愛崎 朱憂


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8/20

[Side Y/異世界]Link: 聖女-03

 その夜、僕は一人で城下へ出た。


 iPhoneを握る。

 画面を点けないまま。

 ポケットの中で角が掌に当たる。

 それだけでそこに帰り道があるのを思い出す。


 【ブロック】。

 帰るための操作。

 帰る、なのに。


 切る。消す。永久。

 単語が重い。

 その重さが現実になる前に僕は歩いた。


 夜の城下町は昼より好きだった。

 音が少ない。

 人の声が薄くなって代わりに足音が残る。

 灯りが優しい。

 店先の火が揺れて石畳の陰影が柔らかい。

 生活の匂いがする。

 煮込み、木、服、洗った髪の匂い。

 誰かが今日を終えて、明日を始める匂い。


──ここで暮らす。

 その言葉がほんの少しだけ現実味を持つ。

 現実味を持つから直ぐ次が来る。


──仕事。

 現代の僕には、現代の僕の席がある。

 行かなければ回らないものがある。

 回らなくなったら誰かが困る。


「まあいっか」


 口に出してみる。

 投げるみたいに言ったのに、釣り針みたいに自分で引っ掛かった。

 投げ方が雑過ぎる。

 雑に投げたものが僕の足首に絡まって戻って来る。


──咲希。

 会えなくなる。

 LINEは──出来る。

 僕は兄で居たい。

 そう思っているのに思っているだけで守れている訳じゃない。


 僕は立ち止まって、ふと息を吸った。


──スターバックス。

 スタバに行けなくなるのが嫌だ。

 それはコーヒーじゃない。

 フラペチーノでもない。


──隣の席の、あの人。

 ページを捲る音。

 視界の端で勝手に輪郭が立つ横顔。


 僕はお店に行きたいんじゃない。

 あの人が居る可能性に毎回賭けているだけだ。


 窓があった。


 夜の店のガラスに自分が薄く映る。

 僕は自分の顔を見た。


 帰る側の顔をしていた。


 考えて答えを出した顔じゃない。

 表情だけが先に結論を言っている。

 僕は目を逸らせなかった。


 iPhoneが震えた。

 魔女からの返信。

 短い文章なのに読み終わる前に胸の奥が先に重くなる。


 頼み事じゃない。

 質問でもない。

 言葉にする直前で、何度も手前に引き返した跡だけが残っている。


 僕は立ったまま返せなかった。

 石畳の冷たさが靴底から上がって来てこっちの心拍だけが急ぐ。

 画面を閉じても重さは消えない。

 閉じたら、きっと彼女はまた一人で抱え直す。


 指を動かす。

 いきなり慰めない。

 大丈夫だ、とも言わない。

 先に聞く。

 何が実際に起きていて、何が想像の中で膨らんでいるのか。

 言えないまま抱えてきた理由は──弱さじゃなくて、守りたいモノがあるからじゃないか?


 送って、直ぐまた震える。

 読み、止まり、返す。

 言葉の形は毎回違って、同じ所で躓いているのだけが分かる。

 それを何度か繰り返す内に僕の呼吸が揃っていく。

 揃うのは僕のためじゃない。

 彼女に答えを示したい訳じゃない。

 ただ、絡まった糸の端を一つだけ見付けて、指に巻き直してあげただけだ。

 そのくらいで良い夜がある。

 僕は送信を終えて、漸く歩き出した。


 足音が戻る。

 火の揺れも戻る。

 生活の匂いも戻る。

 帰る側の顔は未だ消えないのに、誰かの心だけは置き去りにしなかった。


 石畳を踏む。

 硬い音が戻って来る。

 戻って来る音が妙に安心だった。

 この世界は優しい。

 優しいのに引き留める。


 昼の大聖堂は白い。

 夜の城下は色がある。

 色があるから迷いが紛れる。


 でも紛れた分だけ戻った時に白が刺さる。

 僕は早足になった。


 戻ったのは大聖堂の客間だった。

 白い壁、白い器、白い灯り。

 白が綺麗に整列している。

 整列していると、自分の呼吸の乱れだけが浮く。

 祈りの部屋の静けさより、ページを捲る音の方が僕を呼ぶ。


 扉の向こうで白い空気が待っていた。

──お昼ちゃん。


 居るのに、近付いて来ない。

 近付けない距離を守って、待っている。

 待つのが仕事の人の待ち方だ。

 仕事なのに、待ちたくない人の目をしている。


 僕はiPhoneを取り出した。

 真っ暗な画面を見ただけで心臓が一度だけ跳ねる。


──【ブロック】。


 帰るための操作。

 でも同時に……永久切断。


 重さがやっと手の中の重さになった。


 僕はお昼ちゃんに言う。

 客間の床の上で、ちゃんと立って言った。


「僕は、帰りたい」


 自分の声が妙に落ち着いて聴こえた。

 落ち着いているのが怖い。


 お昼ちゃんは直ぐに泣かなかった。

 泣かないまま笑った。

 涙を溜めたまま、笑った。

 笑い方が聖女の笑い方じゃない。

 人の笑い方だった。


「……ごめんなさい」


 責めない。

 責めないのに胸が痛い。


「聖女は、待つのが得意なはずなのに」


 その一文が胸の辺りから出て来たみたいに聞こえた。

 出したくないものを出してしまった音だ。

 僕は言葉を探した。

 探して、出て来たのがこれだった。


「お昼の太陽は、沈んで良い」


 自分で言って、何様だと思う。

 でも止められない。


「沈んで良いんだよ」


 お昼ちゃんの涙は落ちなかった。

 落ちないまま睫毛の上に留まっている。


「一旦、帰るのですね。一旦」


 お昼ちゃんは笑顔を見せる。


「お昼ちゃん──」

「良いのです。一旦帰る、で」


 お昼ちゃんは天井を仰ぎ。


「またね、で」


 僕は何も言えなくなってしまった。

 嘘は吐けない。

 でも、真実の刃で傷付けることは躊躇われた。


「……では」


 お昼ちゃんは指先を揃えた。

 祈りの癖の形。


「ブロックは、私が押します」


 その声は震えていない。

 震えていないから強い。


 その時、iPhoneが一度だけ震えた。

 僕は見ないつもりで、でも見てしまう。


[マッチング成立]相手:エルフ


 僕は直ぐに画面を伏せた。

 今ここで増えた入口が一番要らなかった。


「だって私は聖女だから。あなたを守る」


 重さがそこで反転する。

 重さが強さに変わる。

 強さが──そのまま痛みになる。


 僕は息を吸って、吐いて言った。


「でも、僕はセイントガードだから──」


 単語を口にした瞬間、少しだけ照れて笑いそうになる。


「君を守るよ」


 お昼ちゃんが目を見開く。

 目を見開くのに、涙は落ちない。


「君に、誰かを自分の手で消す痛みを遺して行けない」


 それが言えた瞬間、僕の中の【ブロック】が『操作』じゃなくなる。

 『守る』になる。


 僕はiPhoneを取った。

 画面を開く。


 指が震えなかった。

 震えないのが、一番残酷だと思った。


 お昼ちゃんの手が伸びる。

 伸びるのに、触れない。

 触れないまま、止まる。


 お昼ちゃんは待つ。


 待つのが仕事だから。


 僕は画面を見た。


 【ブロック】。


 押せば終わる。

 押せば二度と戻らない。

 押せば、お昼ちゃんの待つが宙に浮く。


 僕は勝手に押した。


 視界が白くなる。

 白い光が大聖堂の白と重なる。


「元気でね」

「ユウキさんも」

「風邪引くなよ」

「ユウキさんも」

「ちゃんと寝るんだよ」

「ユウキさんも!」

「ちゃんとご飯──」

「また会いたい!」


 言われた瞬間、胸が詰まった。

 詰まって息が短くなる。


 お昼ちゃんの涙が漸く落ちた。

 落ちたのに、お昼ちゃんは笑っていた。


 聖女は、待つのが仕事だから。

 だけど、お昼ちゃんは待つのが苦手で。

 そして、待つのが苦手な人ほど──別れが上手い訳じゃない。


『またね』


 僕は最後に口の形だけをお昼ちゃんに遺した。

 嘘は吐いていない。


 世界が無音になる。

 無音のまま、帰る。


 世界が戻った瞬間、最初に聴こえたのは冷蔵庫の低い唸りだった。


 音がある。

 現代の音だ。


 僕はベッドの端に座っていた。

 同じ姿勢。

 同じ部屋。

 同じ天井。


 なのに、さっきまでの白が目の裏に残っている。


 ふと、時計を見る。

 長針が右から左に回っているだけだった。

──たった三十分しか経っていない。


 どういう仕組みだろうか?

 一旦──取り敢えず、考えるのを放棄した。


 次にiPhoneの画面を観る。


 【ブロック】。


 帰るための操作。

 帰るための操作なのに、帰る前より重い。


 画面には短い表示が出ていた。


[ブロックが完了しました]


 完了。

 この単語だけが異様に事務的だ。


 僕は親指を動かした。

 GatePair: Linkのトーク一覧を見る。


 [聖女]が無い。


 消えたというより存在しなかったみたいに綺麗に消えている。


 最後の言葉を確認したくて指が勝手に探す。

 探して、何も見付からない。


 『また会いたい!』。


 声だけが残っている。

 残っているのに文字が無い。


 僕は咲希にLINEをしようと思って止めた。

 この痛みは独りで処理しなくてはならないモノだ──お昼ちゃんも、きっと同じだから。


 朝、いつもより早く起きた。

 いつも通り出掛ける準備をしても、きっとスタバは空いていない。


 iPhoneを観ると。


[エルフ]初めまして。よろしくお願いします。

[エルフ]私は恋愛をしたことがありません。あなたはそれをしたことがありますか。


 返事を考える。

 少し気持ちが落ち着いてしまうのが嫌だった。

 きっとスタバに行って、そこにしおりちゃんが居たら……

 いつもの様に振る舞うんだろう。

 いつもの様に会話をして。

 いつもの様に笑う。きっと。


[ユウキ]初めまして。僕はユウキって言うよ。

[ユウキ]僕は恋をしたことあるよ。

[ユウキ]エルフは寿命が長かったりするの?


 不意に思い立つ。

 本屋に行こう。


 外に出て、駅直結のショッピングセンタまで歩く。

 日曜日だと言うのにスーツを着て駅に向かう人が存外多い。

 僕は意識していつもよりゆっくり歩く。

 平日の『まぁいっか』と同じリズムを休日に持ち込みたくなかったから。


 本屋に着いた。

 文庫本のコーナーを見る。

 本屋に来ると大抵、いつも森博嗣モリヒロシの棚を見て、澤村伊智サワムライチの棚を見る。

 そして、最後に──『異邦の騎士(改訂完全版)』が目に飛び込む。

 ちゃんと準備体操していただろうか?


 『改訂完全版』。

 実家の本棚にあるのは初版だ。

 わざわざ改訂した完全版だと銘打ってある。


──欲しい。


 気付いたら手に持ってレジに並んでいた。


「いらっしゃいませ」


 小さな丸い目。

 前髪は眉の下に切り揃えている。

 黒いボブヘアーは顎の真下まで。

 艶のある髪には天使の輪が出来ていた。

 背が低い──スタバの天羽アマネちゃんと同じくらい。


 僕は思わず。


「君、凄く綺麗な髪だね。天使の輪が綺麗に出てる」

「え?あ……」


 警戒より戸惑いが先に出るタイプ。

 慣れていないのが分かる。

 僕は、ほんの少しだけ会話のスピードを落とす。


「そういうのってさ、美容院でやるの?それとも、毎日のお手入れの仕方にコツがあったりするの?」


 本屋の子の目に『理解』の色を見た。


「僕も、そんな風に艶々な髪になりたいな〜って」

「……あ、いえ。美容院とかじゃなくて、普通に家でトリートメントしてます」

「へぇ、何てやつ?特別なトリートメント?」

「普通に、どこでも売ってます」

「僕も欲しいから教えて」

「あ、はい。HIMAWARIってやつ──」

「僕と同じじゃん。流石にトリートメントは使ってなかった。シャンプとコンディショナだけだ。今度、トリートメントも買ってみるよ」

「はい。ありがとうございます」

「ありがとうって……君、ディアボーテの営業さんだったっけ?」


 僕は少し大袈裟に笑顔を見せる。


「あ……」

「君は本屋さんなんだから、本屋さんの仕事をしてください」

「あ、すみません」


 本屋の子は慌てて、レジを打つ。


「ごめんごめん。揶揄っただけ、僕が関係無い話したんだよ。あ、カバー掛けてください。袋は不要です。PASMOで」

「はい。すみません」

「だから謝らなくて良いって。寧ろ、僕は楽しかったよ。ありがとう」


 レジ横にある栞を選ぶ。

 スタンダードな花の栞。

 美術展の栞。

──僕は美術展の栞を手に取った。


「商品は、こちらです」

「綺麗にカバーしてくれてありがとう。お仕事頑張ってね」


 栞を挟んで、本を受け取った。


 iPhoneを観る。

 さっき本屋の子と話している最中に通知が来ていた。


 一つはLINE。咲希からだ。


『聖女タソどう?萌え萌えきゅん?』


 僕は返事を打つ。


『ブロックした』


 送ってから、胸がちくりと痛む。


『まぁ、そんな時もあるっつーか……殆どがそんなもんだよ』

『そんなもんなのか?でも、良い子だったよ。もうちょっと居ようかなと思ったけど、長く居るほどブロックの時にお互い傷付くかなと思って』

『情が移るってやつね』

『それな』

『でも、兄者よ。情が移ったら何が駄目なの?』

『妹者よ。情は移っても良いよ。でも、離れるときに傷付く。たった二日間なのにヘビーだぜ』

『あ〜、ね。二日間なら……四十五分くらいか?』

『そうそう!それ、どーゆー仕組み?あ……ありのまま、今起こった事を話すぜ!向こうで二日間居たのに、こっちでは三十分くらいだった』


 既読が付かない。

 もう一つの通知を見た。


[エルフ]どの様な恋をしたことがありますか?

[エルフ]エルフは長寿です。

[ユウキ]恋はメッセージでは説明出来ないよ。一つひとつの恋には一人ひとりの『本気』だけが詰まってるから。

[ユウキ]長寿と繁栄を。


 咲希からのLINEが送られてくる。

 画像だ。

──壊れた時計の画像。


 まさか……咲希……。

 お前の伝えたいことというのは……アプリの仕様の謎をおまえは解いたのか?

 『時計を破壊……』。

 『時計の針を破壊』……。

 『時計をとめる』……?


 また通知がくる。


[エルフ]とても興味深いです。私はあなたと会って話をしてみたい。


 お昼ちゃんもエルフさんもどうしてこうも、躊躇無く無防備なんだろうか?


[ユウキ]一度しか会えないよ?ちゃんと付き合う気がある?

[ユウキ]会って、合わなければ……それは仕方無いけど。


 iPhoneをポケットに入れ、本を手の中に確かめて、スタバに向かった。

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xから来ました。 異世界に飛ばされるたびに、相手の肩書きや見た目、甘い言葉に惹かれていくものの、その世界のルールや事情が予想以上に過酷であることが少しずつ明らかになっていきます。プロフィールが完璧であ…
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