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GatePair: Link〜【いいね】で始まる異世界マッチング〜 (ゲートペア)  作者: 愛崎 朱憂


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4/20

[Side M/現代]Link: エルフ-02

 次の日。


 部屋の光は昨日から変わっていない。

 変わっていないのに身体の中だけが少し遅れている。


 iPhoneが震えた。


[エルフ]エルフの森の安全は、精鋭部隊によって維持されています。

[エルフ]森の境界が越えられない限り、安全は高い水準で保たれています。

[エルフ]危険が近づけば、それは排除されます。

[エルフ]森は偉大なる長老たちの管理下にあります。

[エルフ]あなたの保護が私たちの最優先事項です。


 守る。排除する。安全性は高い。


 私は短く返した。


[ミユ]分かりました。

[ミユ]森から出なければ良いですか?


 送信。


 送って、画面を閉じても胸の奥は止まらない。

 止まらない音だけが私の中で、夜勤の予告みたいに鳴っている。


 その次の日──夜勤。


 施設の夜は音が少ないはずなのに、音でいっぱいだ。

 ナースコールの電子音。

 ワゴンのキャスタが床を擦る音。

 ナースシューズが床を掃く音。

 空調の吐息。


 誰かの咳。

 誰かの寝言。

 誰かの泣き声。

 私はそれを全部、仕事として拾う。


「五十嵐さん」

 呼ばれる。


「はい」

 返す。


 検温。

 申し送り。

 体位変換。

 排泄介助。

 水分。

 記録。


 順番がある。

 順番があるから、私は崩れない。

 崩れているのに、崩れて見えない。

 ポケットの中のiPhoneだけが、順番の外で熱い。

 熱いから触らない。

 指先だけがずっとそれをみている。


 休憩。


 休憩室の椅子は固い。

 固い椅子に座ると身体の形が現実に戻る。


 私はiPhoneを開いた。

 エルフのプロフィール画面。


【メッセージ】

【リンクを申請する】


 承認されたら、異世界に行くことになる。

 そしたら、もうこの世界には戻れないかも知れない。


 拒否されたら心が傷付く。

 マッチングしたのに、申請のタイミングを間違えたらブロックされる可能性がある。


 そしたら終わる。

 終わったら、もう見られない。


 折角、こんな綺麗なエルフとマッチング出来たのに。

 未だやり取りを続けた方が良い。


 そういう正論を自分に投げても指がボタンの上で止まらない。

 私は息を一回だけ数えて、【リンクを申請する】を押した。


 押した瞬間、後悔が先に来た。

 取り消せない。


 取り消せないから仕事に戻る。


 見回り。

 記録。

 体位変換。

 水分。

 排泄介助。

 順番に守られている間だけ、私は大丈夫だ。


 窓の外が薄くなる。

 黒が紺になって、灰になって、青になる。


 夜勤が終わる三十分前。

 ポケットが震えた。


 通知画面を観る。


[リンク承認]相手:エルフ


 心臓が跳ねる。

 iPhoneのロックを外し、GatePair: Linkを開く。


[リンク申請が承認されました]

[リンクは成立状態です]

[【リンク】を実行できます]


──嬉しい。

 嬉しいのに恥ずかしい。

 遠足前日の小学生みたいで、恥ずかしい。


 夜勤が終わる。


「お疲れさま」

「お疲れさまです」


 ロッカーで制服を脱ぐ。

 名札の『五十嵐』が、今日はやけに現実的だ。


 帰り道。


 松屋の明るさが眩しい。

 牛めし。

 味噌汁。紅しょうが。赤が、やけに目立った。


 熱い。

 熱いのに、胸の奥の方が先に熱い。


 私は箸を持ったまま笑いそうになって、堪えた。

 堪えても、胸だけが落ち着かない。


 帰宅。


 玄関で靴を脱ぐ。

 部屋の静けさが戻る。


 静けさが戻ると期待が目立ってしまう。

 浴室へ行く。


 いつもより丁寧に洗う。

 身体。

 指先。

 髪。

 泡を流す。

 パジャマに着替えてベッドに入る。


 遮光カーテンの隙間から朝日が細く見えた。

 改めて考える。


──なんで私なんだろう。


 私のアイコンはデフォルトだ。

 情報も薄い。

 薄いのに、承認された。

 考えるほど眠れない。

 眠れないのに身体だけが落ちて行く。


 気付いたら夜だった。

 仮眠どころじゃない。

 十二時間。

 太陽はとっくに寝ている。

 跳ね起きる。


 急いでパンを食べる。

 歯を磨く。顔を洗う。メイクをする。

 髪はSINN PURETEのオイルで毛先を撫でて整える。

 服はスカートを選んだ。

──少しでも、綺麗だと思ってもらえる様に。

 靴はPUMAのスニーカを選んだ。


 ベッドに腰掛ける。

 iPhone。

 画面の下に【リンク】。

 指が震える。

 文字は逃げないで大人しく待ってくれている。

 私が押した。


【リンク】


 空気が変わる。


 音が引き算される。

 部屋の匂いが解ける。


 息を吸った瞬間──森だった。


 静かな森。

 木々の匂いが濃い。

 土が湿っている。


 葉が重なり合う音だけが遠くで小さく鳴る。

 静寂は時々、こちらを試すみたいに黙る。


 私は辺りを見渡した。


 誰も居ない。

──ただの屍のようだ。

 勇者の時は待っててくれたのに。

 なのに、今回は居ない。

 分からない。


 騙された、が先に浮かんだ。


 胸の奥が急に冷える。

 草が擦れる音がした。

 葉が揺れる。

 息遣いが聴こえる──。


 方向が分からない。

 心臓が五月蝿い。


 五月蝿くて、気配が聴こえない。


 次の瞬間、聴いたことのない咆哮。


 劈く轟音。

 鼓膜が破れそうになる。


 木々の影が割れた。

 大きい。

 大き過ぎて最初は形が分からない。

 分からないまま目だけが先に光る。


 泡立つ唾液が糸を引いて落ちた。

 匂いが刺さる。

 鼻の奥が痛い匂い。

 葉が焼けるような刺激。

 ドラゴン──私はそう思った。

 首が見えた。


 一、二、三。


 数える。


 四、五、六、七、八、九。


 九つ。


 ふと、思い出した。

──ヤマタノオロチ。


 影が滑るように近付く。

 草が倒れる。


 九つの首が同時にしなる。

 私の喉が開いた。


 でも、私の悲鳴は咆哮に掻き消された。

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― 新着の感想 ―
リンク承認で、喜ぶミユちゃんがとても可愛いです。 嬉しくて牛めし食べるの可愛いです。 読んでて、本当に嬉しい気持ちが伝わってきて、ニヤニヤしてしまいました。笑 だからこそ、最後がショックです(良い意…
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