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GatePair: Link〜【いいね】で始まる異世界マッチング〜  作者: 愛崎 朱憂
第一章:エルフ編

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37/38

ep.37[Side Y/異世界]Link: エルフ-12(中編)

 ヒュドラの首が、またゆっくりと持ち上がる。


 僕は剣を握る。

 握り過ぎない様に。


 呼吸をする。


 怖い。

 逃げたい。

 普通に死にたくない。


 それでも、未だ格好悪く終われない。


「シルヴィが戻って来るまでだ……」


 震える声で言う。


「それまでは、僕が相手してやるよ」


 全然強そうじゃない。

 でも、ヒュドラはちゃんと僕を見ていた。


 それで充分だった。


 ヒュドラの首が一つ、低く沈む。

 来る前の形だと分かる。

 分かるのに、身体は嬉しくない。

 分かったから避けられる訳じゃないことを、もう知っている。


 地面が抉れた。


 僕は半歩だけ退く。

 退いた場所を、遅れて尾が薙いだ。

 空気の塊みたいな一撃だった。

 剣で受けるとか、そういう次元じゃない。

 受けたら、そのまま僕ごと景色から消える。


 崖の前を横に走る。

 真っ直ぐ逃げたら、洞窟へ視線が戻る。

 だから逃げるんじゃない。

 見せる。

 未だここに居る。

 未だこっちだと、身体ごと示す。


 首が二つ、追って来る。

 残りが少し遅れる。


 全部じゃない。


 なら、未だやれる。


 低い一本が岩肌すれすれを滑った。

 僕は剣を持ち替えない。

 握りを変えない。

 変えたら遅れる。


 刃を寝かせて、来る線の途中へ置く。


 ヴェール=パッサージュ・リーニュ。


 硬い感触。


 斬れない。

 けれど、噛み付く角度が僅かに逸れる。


 牙が脇腹を掠めた。

 服が裂けて、皮膚に熱が走る。

 浅い。

 浅いけれど、嬉しくない。

 死ななかったというだけで、勝った訳じゃない。


 そのまま身体を捻る。

 次の首が上から落ちる。

 見えてから避けたんじゃない。

 さっきの一撃が外れた瞬間、次は上だと決め打ちしただけだ。


 土に膝を着く。

 頬の横を、重量だけを持った影が叩き付けられた。

 地面が跳ね、石片が散る。

 頬に小さな痛みが幾つも走った。


 未だ立てる。


 立つ。

 息が乱れる。

 乱れるけれど、吸う。

 整わないままでも吸う。

 止まる方が不味い。


 ヒュドラが吼える。

 首が、ばらばらの高さで揺れて、その全部が僕の方を向いている。

 凄く嫌だ。

 嫌だけれど、洞窟の方を見ていないなら、それで良い。


 良くはないけど、良い。


 僕は剣を下ろさない。

 重い。

 腕が痺れる。

 手の感覚も曖昧だ。

 けれど、今さら軽い剣だったとしても、多分どうにもならない。


 首が三つ、同時に来る。


 一つ目は速い。

 二つ目は高い。

 三つ目は、待っている。


 待っている首が一番嫌だと思う。

 後から確実に噛みに来る顔をしている。

 焦らせるために動かないものは、動くものよりずっと性質が悪い。


 最初の一本へ、刃を置く。

 浅く擦る。

 足を残す。

 残した足で身体を逃がす。

 高い一本の落下点から肩だけ外し、半歩だけ滑る。


 避け切れない。


 肩へ衝撃が入った。

 骨が鳴った気がする。

 視界が白くなって、次の瞬間には地面が近かった。


 転ぶ。


 最悪だと思う。

 こんな場所で、今、地面に手を着くのは最悪だ。


 正面の首が口を開いた。

 泡立つ唾液が糸を引き、紫の気配がその奥で滲む。

 ブレスだ。

 ここで来たら終わる。


 終われるか!


 僕は身体を起こさず、剣だけを前へ出した。

 斬るためじゃない。

 顔を逸らさせるためだ。

 視線を切るためだ。


 首が一瞬だけ止まる。


 その一拍で転がる。

 紫の息が地面を舐め、さっきまで僕の居た場所が黒く泡立った。

 石が溶ける音なんて、初めて聴いた。


 息を吐く暇が無い。

 立ち上がった瞬間、さっき待っていた三本目が来た。


 遅れて来る奴は、確実だ。


 僕は真正面から見る。

 見るだけで身体が竦みそうになる。

 けれど、竦む前に置く。

 振るんじゃない。

 置く。


 通れ。


 刃が首の横を浅く裂く。

 飛沫が散る。

 ほんの少しだけ、軌道が流れる。


 それで充分だ。


 首が僕の耳の横を通り過ぎる。

 音が遅れて来る。

 熱い風と腐った匂いだけが残った。

 耳が痛い。

 多分切れてる。

 けど、聴こえてるなら未だ大丈夫だ。


 未だ。


 足が重い。

 腕も重い。

 でも、ヒュドラの首もさっきより僅かに乱れている。


 僕を噛み損ねた回数が増えている。


 それはつまり、僕が上手くなったんじゃない。

 ただ、未だ死んでいないだけだ。

 未だ死んでいない時間の分だけ、こちらの身体がこの地獄に慣れて来ただけだ。


 格好良いかどうかは分からない。

 でも、格好悪くは終わりたくない。


 ヒュドラの尾が唸る。


 来る。


 僕は咄嗟に剣を地面へ突き立てるみたいに下ろした。

 尾そのものを受けるためじゃない。

 身体を軸へ縫い付けるためだ。


 衝撃。


 世界が横へずれた。


 尾の先が剣の腹を掠め、僕の身体を半ば吹き飛ばす。

 何メートルか分からない。

 岩に背中を打ち付けて、そこで漸く止まった。


 息が出来無い。


 何か言おうとしても言葉が出ない。

 胸の真ん中が硬いというより、凹んだみたいだった。

 空気を吸おうとしても、身体の方が拒む。


 不味い。


 首が来る。

 分かる。

 分かっているのに立てない。


 影が揺れる。

 その中の一本が、ゆっくりと僕へ降りて来る。

 速い方が未だ良い。

 ゆっくり来る方が嫌だ。

 死ぬまでの時間を見せられているみたいで、凄く嫌だ。


 そこで不意に思う。


 直接って、何だよ。


 最悪なタイミングでそんなことを思う。

 でも、その最悪さのせいで少しだけ可笑しくなる。

 こんな状況でそんな引っ掛かり方をする自分が馬鹿みたいだった。


 僕は咳き込む。

 漸く空気が少し入る。

 痛い。

 息をするだけで痛い。

 けれど、痛いなら未だ終わってない。


 剣を拾う。

 立つ。

 足が笑う。

 笑ってろと思う。

 止まらなければそれで良い。


「……未だだ」


 自分の声が掠れていた。

 格好良くない。

 別に鋭くもない。

 けれどヒュドラは確かにそれを聴いたみたいに首を揺らした。


 ゆっくり来ていた一本が少しだけ速くなる。


 良し。


 僕は岩場を蹴る。

 真正面じゃなく、首の内側へ潜る。

 牙と牙の間を抜けるような距離。

 近い。

 近過ぎる。

 臭いが濃い。

 ぬめりまで見える。

 見えるけれど、今はそれで良い。


 顎の下。

 そこへ刃を置く。


 線を。


 通らない。


 深くは入らない。

 失敗だ。

 けれど、首が跳ねた。

 嫌がるように軌道が浮く。


 そのまま横へ抜ける。

 抜けながら別の一本が来る気配を背中で拾う。

 拾っただけで避けられるほど甘くない。

 だから避けない。

 半分だけ受ける。


 肩に衝撃。

 今度は明らかに深い。

 熱い何かが腕を伝う。

 自分の血だと気付くのは遅かった。


 膝を着き掛ける。

 着いたらきっともう立てない。

 だから、着かない。


 唇を噛む。

 鉄の味がした。

 今は自分の血の味が一つ増えても別に困らない。


 ヒュドラが苛立っている。

 分かる。

 首の揺れ方が変わった。

 狙いが雑になる一歩手前。

 雑になれば死ぬのは僕だ。

 けれど、洞窟へ向くよりは良い。


 だからもっと嫌がらせをする。


 僕は崖沿いを走る。

 わざと足を滑らせそうな場所を選ぶ。

 尾を振れば岩が落ちる。

 首を突っ込めば壁に当たる。

 こっちが不利な地形は、向こうにも少しだけ不便だ。


 首が二本、岩へぶつかった。

 凄い音がして、砕けた石が雨みたいに降る。


 その隙に息を整える。

 一回。二回。三回。


 整わない。


 でも、少しは戻る。


 視界の端が暗い。

 血のせいか、疲労か、毒か、全部か。

 どれでも良い。

 今この瞬間だけ保てば良い。


 持て。

 持てよ。


 そこで漸く、全体が見えた。


 ……七つ。


 二本足りない。


 シルヴィがやったのか。

 洞窟の方で何かが起きたのか。

 どっちでも良い。

 未だあっちも終わってない。


 そう思った直後、七つの首が間をずらして持ち上がる。


「頼むよ……ジェット・ストリーム・アタックだって、三連撃しかねーだろ」

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