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GatePair: Link〜【いいね】で始まる異世界マッチング〜  作者: 愛崎 朱憂
第一章:エルフ編

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28/38

ep.28[Side M/異世界]Link: エルフ-09

 遣いのエルフの背中は白い。

 白は森の緑より冷たい。

 振り返らない白が私の視界の真ん中を塞いでいる。


「どこに向かってるんですか?」


 問い掛けても返事は無い。

 服の片方だけがひらひらと風に靡いている。

 足だけが進む。


 居住区はもう疾うに通り過ぎている。

 屋根の低い家も、煙の匂いも、子供の気配も消えた。

 代わりに森の匂いが濃くなる。

 湿った木。土。

 灯りの無い朝の気配。


 私は歩きながらポケットの中を確かめた。


──シルヴェーヌから渡された石。

 乾いた形。

 それと、iPhoneの輪郭。


 四回。

 ノックは四回。

 四回だけがリュミエルの意思だと言った。


 思い出した瞬間、胸が痛む。

 痛む場所が一つじゃない。

 私は、あの人に傷付けられた。


 傷付けられた事実の上に、今、歩いている。

 歩けるのが変だと思う。

 でも、歩みを止めたら置いて行かれる。


「……リュミエルはどこに……?」


 声が薄い。

 薄い声のまま、消えないで欲しかった。

 遣いのエルフは応えない。


 足が勝手に答えを求める。

 それが情けない。


 森が薄く開ける。

 開けた先に切り立った崖がある。

 そこに、ぽっかりと黒い穴が開いていた。


 洞窟。

 黒い穴は口みたいに見えた。

 言葉を飲み込む口。


 遣いのエルフが松明を取り出す。

 腰の火打ち金を岩に当てる手つきが少しぎこちない。

 火が灯る。

 灯った瞬間だけ世界が狭くなった。


 私は火の円の外側を見ないようにした。

 見たら、そこに『何も無い』と分かってしまう気がしたから。

 分かってしまったら、きっと戻れない。


 遣いのエルフは顎でついて来いと合図した。

 私は従うしか無い。

 従うしか無いという形が身体の芯を少しだけ折る。


 洞窟の中は湿っていた。

 冷えは無い。

 だけど空気が重い。

 重さが肺に貼り付いて、息が浅くなる。


 足元に小さな石が転がっている。

 踏むと乾いた音が鳴った。

 鳴った音が壁に当たり、返って来る。


 返って来る音が私の歩幅を数える。

 逃げ道が無いと音が言う。

 私は数え返せない。


 どれくらい歩いたのか分からない。

 火の輪だけが前へ進む。

 私の中の『帰りたい』が遅れて形になる。


 帰りたい。

 どこへ?

 元の世界へ?

 居住区へ?

 それとも……リュミエルの部屋へ?


 火が揺れて、鉄が見えた。

 巨大な檻がある。

 檻の輪郭が火の中で硬く光った。


 古い感じが無い。

 錆の匂いが薄い。

 最近造られたものだと身体が勝手に判断する。

 判断した瞬間、怖さが増える。


 昔からあった檻なら偶然の置き物だと誤魔化せる。

 新しい檻は私のために用意された顔をしていた。


 遣いのエルフが檻の前で立ち止まった。

 松明を少しだけ高く掲げると鉄格子が硬く光る。


 硬い光が胸の内側を冷やして、冷えた場所から息が逃げる。

 私は一度だけポケットの石を握った。


「ここに入ってください」

「……何故ですか」

「入ってください」


 同じ言葉。

 同じ順番。

 同じ形。


 形が繰り返されるほど、私は『私』の厚みを失う。

 失っているのに、言えた。


「……嫌」


 言えたのが意外だった。

 意外だった分だけ息が震える。

 遣いのエルフの口元が歪む。


 歪んだ口元から短い舌打ちが落ちた。

 苛立ちの奥に急かされている匂いがした。


「森のためです」

「……怖いです」

「あなたのせいです」


 心臓が激しく動き出す。

 動き出した心臓が胸の内側を強く叩く。

 叩く音だけが大きくなる。


「何で私のせいなんですか……」

「あなたが獲物だからです」


──獲物。

 その単語がまた私を人間から『物』に変える。

 『物』にされた瞬間に怒れない。


 怒ったら縋る場所が消える。

 縋る場所が消えたら、私は独りで立てるのか分からなくなる。

 だから、その不安の代わりに声が大きくなる。


「それは、私のせいじゃない!勝手に──」

「良いから黙って入れ!」


 声が強い。

 強さの中に苛立ちが混ざっている。

 混ざっている苛立ちが私の足を固める。


 遣いのエルフは松明を置き、私の腕を強く掴む。

 強さが痛い。

 痛さが初めて『この人は他人』だと教える。


 シルヴェーヌに腕を掴まれた時と違う。

 そこでやっと分かった。


 シルヴェーヌの手には思い遣りがあった。

 早く走れ、じゃない。

 怖がるな、でもない。

 ただ、置いて行かないという形があった。


 でも今、この手は苛立ちだ。

 苛立ちで掴んでいる。

 掴み方が私を『物』にする掴み方だ。


「痛い!離して!」

「この……!」


 指が外れた。


 え……?


 視界が横に動く。

 何が起こったのか分からない。

 熱が先に走って、遅れて頬がじんじんと痛む。


──叩かれた。

 頬を叩かれた。


 何で?

 問いが形になる前に、掴み直された腕が乱暴に引かれる。

 抵抗する足が床を擦る。


「嫌!」

「……」


 擦れる音が洞窟の壁で増える。


「嫌だ!」

「……」


 増えた音が私の怖さを煽る。


 引っ張られる勢いで、ポケットの中の硬い角が滑った。

 iPhone。

 手が追い付かない。


 追い付かないまま、黒い角が掌から抜け落ちる。


 硬い音が洞窟に響く。

 響いた音が心臓に直結する。

 私は振り返ろうとした。


「さっさと入れ!」


 怒鳴られて身体が止まる。

 止まった身体を、そのまま引き摺られる。

 床が遠い。


 檻の中へ放り込まれた。

 背中が格子に当たる。

 鉄の冷たさが服越しに伝わる。


 扉が閉まる。

 閉まる音が重い。

 重い音の後に金属が噛み合う音がする。


 鍵が落ちる音が洞窟の床に重く落ちた。

 頑丈さを教えられる。


「出して!」

「……その中に居る方が安全だ」


 安全。

 その言葉がこの洞窟で一番嘘に聞こえた。

 私は格子に手を掛けた。


 冷えた指先だけが私が生きている証拠になる。

 遣いのエルフは格子の外で息を整えた。


 整え方が礼儀じゃない。

 業務の整え方だ。


 私のiPhoneを拾い上げ、差し出す。

 そして淡々と言う。


「石が光ったら、【ブロック】を押す様に。タイミングを間違えば、エルフの森が壊滅することになる。どうか……お願いします」


 お願いします。

 その音が別の音と重なった。


 『お願いがあります』。

 私が言った言葉だ。

 綺麗だと言わないで、と言った。

 耐えられない、と言った。


 リュミエルは『分かりました』と言った。

 分かりました。

 あの音が今は欲しい。


 欲しいのに、ここには無い。

 ここに居るのは、苛立ちで私を掴んだ手だけだ。

 その事実が遅れて私を殴る。


 お願いするなら──頭を下げるなら、叩かないでほしかった。


 松明の火が遠離る。

 遠離る火が洞窟の角を一つずつ闇に戻していく。

 戻っていく闇が、私の視界を奪う。


 火が消えた。

 暗闇が支配する。


 自分の手も見えない。

 格子も見えない。

 見えないのに、格子の冷たさだけが指先に残る。


 怖い。

 怖いのに、声が出ない。

 声を出したら、ここが確定してしまう気がする。

 確定したくない。

 足元の石が冷たい。

 私は膝を突き、床を手探りした。


 指先に砂みたいな石が刺さる。

 濡れた場所に触れる。

 洞窟の湿り気なのか、私の汗なのか分からない。


 暗闇の中で私は必死に黒い角を探した。

 探しながら、もう一つのものを探しているのが分かる。


 リュミエル。

 あの人なら説明してくれる。

 説明してくれる、と信じてしまう。


 信じた瞬間、また痛む。

 痛むのに、信じる以外の形が無い。

 指が硬い角に当たった。


 黒い角。

 iPhone。


 指が震える。

 震えは止められない。

 止められないことが、今の私の現実だ。


 画面を点ける。

 白い光が檻の中だけを切り取った。

 眩しくて、反射で目を細めた。


 輝度を最低にする。

 最低にしても白は白だ。

 白い光の外側で洞窟が黙っている。


 画面にはいつものボタンが並んでいる。

 並んでいることが、急に遠い。

 私は指を動かしてしまう。


 吟遊詩人。

 私はGatePair: Linkを開いて、【メッセージ】を押した。

 吟遊詩人とのトーク履歴を開く。


[ミユ]私、檻の中が苦しいって誰かに訊いてもらいたかっただけカモ知れません。

[吟遊詩人]でもさ、ミユさんの檻には窓があるでしょ?

[ミユ]窓?


 この檻には窓なんて無い。

 頑丈そうな金属で出来た格子が天井と四方を埋めている。

 逃げられない形が、完璧だ。


[吟遊詩人]うん。窓から手を伸ばせば、誰かが手を繋いでくれる。きっとね。

[ミユ]そうかな?

[吟遊詩人]うん。ミユさんの手を誰かが繋いでくれたら、きっと檻から出られる。だから、手を出しておいて。

[ミユ]でも、誰がその手を掴んでくれるか分からない。

[ミユ]私を傷付ける人カモ知れない……。


 掴んでくれたリュミエルの手は、やっぱり私を傷付けた。

 傷付けたのに、私はその手を思い出してしまう。

 思い出すほど、息が詰まる。


[吟遊詩人]じゃあ、せめて窓は閉めないで開けておいて。

[吟遊詩人]そしたら、きっとミユさんが掴みたい手が差し出されるよ。掴むかどうかはその時、決めよう。


 画面を見たまま、視界がボヤける。

 光が弱い。

 それでも指先が熱い。

 熱い指先が勝手に文字を生みそうになる。


 狡い……。

 そう思ってしまう。


 この人は欲しい形を簡単にくれる。

 簡単にくれるから、私は余計に怖い。

 頼りたくなる。


 私はリュミエルを選んだ。

 選んだというより、あの人の順番に縋った。

 結果、私は今ここで檻に入れられている。


 だから、今さら吟遊詩人に寄り掛かりたいなんて言えない。

 言えない。

 けれど……言いたい。


 真っ暗な洞窟は怖い。

 だけど私は、怖さより先に『裏切り』を数えてしまう。

 裏切りの方が形がはっきりしていて殴り易いから。


 入力欄に指を置く。

 指先が震える。

 その震えが私の罪悪感を形にする。


 私はリュミエルの手が離れたことでもっと傷付いている。

 離れた理由を理解しようとしてしまう。

 理解しようとした瞬間、私は賢くなる。


 賢さが要らない。

 だけど残る。

 残った賢さが痛みの置き場所を増やす。


 森のため。

 順番。

 対策。お願い。預ける。


 全部、正しい顔をしている。

 正しい顔をしているから、私は殴り返せない。

 殴り返せないまま檻の中に居る。


 檻には窓は無い。

 窓が無いのに私は手を出す場所を探してしまう。

 探してしまうほど、もう、誰かの手が欲しい。


 ポケットの石に触れた。

 石は乾いていて、温度が無い。

 温度が無い形だけが、確かだ。


 石が光ったら押せと言われた。

 押すタイミングは預けろと言われた。

 間違えば森が壊滅すると言われた。


 私が押す。

 それは、私が私のまま決めるということだ。


 決め方が分からない。

 分からないまま、入力欄を見ている。


 空っぽなのに、そこが一番重い。

 打てば楽になるのが分かる。


 打てば、寄り掛かれる。

 寄り掛かれば、少しだけ息が出来る。

 でも、私は最後の最後で【送信】だけ押せない。


 止まった指が私の卑怯さだ。

 リュミエルが居ないから、吟遊詩人に縋りたい。


 暗闇の中で、iPhoneの光を最低のまま持った。

 光は狭い。

 狭い光の外側で洞窟は黙っている。


 私は檻の隅に腰を下ろした。

 背中に格子の冷たさが当たる。

 冷たさが私を現実に戻す。


 戻される度、私はリュミエルを思い出す。

 思い出すほど、胸が苦しい。

 苦しさの行き場が無い。


 石を握った。

 石は光らない。

 光らないまま乾いている。


 格子の隙間から手を出してみる。

 出しても、何にも触れない。

 触れない手をそのままにする。


 窓は無い。

 でも、差し出す場所だけは、ここにある。


 私は開いた格子の隙間から吟遊詩人の手が差し出されるのを、ずっと待っていた。

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