表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
GatePair: Link〜【いいね】で始まる異世界マッチング〜 (ゲートペア)  作者: 愛崎 朱憂


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/24

[Side Y/異世界]Link: エルフ-07

 七日目。

 森の朝は静かだ。

 静か過ぎると安心じゃなくて不安になる。


 昨日まで聴こえていた鳥の声が今日は疎らだった。

 遠くの水音だけが妙に大きい。

 水音が大きいというより、他の音が削られている。


 僕は歩きながら自分の足音を数えた。

 数えている時点で集中出来ていないのだと思う。

 だのに、目だけは勝手に先を追う。


 隣を歩くシルヴィは、いつもと同じ速度で、いつもと同じ顔をしている。

 だけど、視線の置き方が少しだけ違った。

 見ていない振りで、ずっと見ている。


「今日は境界を見るだけ。近寄らない。分かってるよね?」

「分かってる。僕は近寄ったこと無い」

「うん。知ってる」


 境界は線が引かれてる訳じゃない。

 だけど分かる。

 漂う空気がここから先、保証は無いって顔をしている。

 きっと保証は顔が広いんだろう。


 葉の色が濃くなっている。

 濃いのに奥行きが薄い。

 森が壁みたいに詰まっている。

 詰まっているのは木じゃない、厚顔無恥な空気だ。


 僕は立ち止まった。

 地面の苔が所々黒ずんでいる。

 黒ずみが濡れじゃなく乾いた色をしている。


「……焦げてる?」

「焦げじゃない。焼け──に近いかな」


 シルヴィは屈み、指先で苔を軽く擦った。

 白い手袋が汚れたのにシルヴィは気にしない。

 そのための手袋なんだろうか?


「匂い、分かる?」


 シルヴィの差し出す指に鼻を寄せた。

 湿った森の匂いの奥に、酸っぱい様な鉄みたいな匂いが混じっている。

 鼻の奥じゃなく、胃の方に落ちる臭いだ。


「嫌な臭いと──その奥にベッドで嗅いでる匂いがする」

「馬鹿。エルフの森は、ここまで」


 『ここまで』が距離じゃない。

 『ここまで』は線だ。

 『だけじゃない』はテイジンだ。


 少し先に背の高い草が不自然に倒れている場所があった。

 風のせいに出来る倒れ方じゃない。

 風なら、もっと雑になる。


 『足跡?』と僕が言い掛ける前にシルヴィが首を振った。

 首を振るのが早い。

 早いから、考える時間が無い。


「見なくていい」

「……見たら、分かることもある」

「分かることが増えると、怖いことも増えるよ」


 シルヴィの言い方は軽い。

 だけど軽いまま、僕の足を止める。

 止められるのが悔しいのに、止まる方が正しいと分かってしまう。


「確かに、シルヴィの怖さも分かってきた気がする」


 負けっ放しも悔しくて、僕は反撃をする。


「ユウキを守るために怖くなる私は、嫌?」


 キレキレのカウンタだった。


「コレが、サーフェスの面か」

「面は線の上に乗れるからね」


 僕らは引き返した。

 引き返しているのに背中から追われている感じが消えない。

 途中、何度も振り返る。

 振り返っても、森しか無い。

 森しか無いのに、森が近付いて来る気がする。


 帰り道で道が一つ消えていた。

 昨日まで確かにあった分岐が木々に塞がれている。

 自然の形をしているのに意図がある気がしてならない。

 僕はその意図を言葉に出来なかった。


 少し遠回りになる別の道を選ぶ。

 選ぶだけで疲れる。

 森の中での選択は、いつも次の『何か』に繋がってしまうから。

 それが良いモノであっても悪いモノであっても──選択した自分の責任だ。


 拠点の門が見える頃、門番の顔が硬かった。

 硬い顔は、僕らの帰りが遅いことを責めているんじゃない。

 森の方を責めている顔だった。


 「巡回が増えてる」と門番が短く言った。

 説明じゃない。

 報告でもない。

 現実だけを置いていく言い方だった。


 その夜、寝付けないまま僕は森の音を聞いた。

 聞いているのに、何も聴こえない。

 何も聴こえないのが、一番怖い。

 静けさの中で、僕の心臓の音だけがずっと仕事をしている。


 暫くして、シルヴィがそっと起きた。

 掛け布団が擦れる音。

 シルヴィの重さが遠離かる。


 シルヴィが花を摘んでいる音がする。

 水音が短く続いて、直ぐに途切れる。

 部屋の静けさが戻るのに、僕の耳だけが戻れない。


 ドアが閉まり、コップで水を飲む。

 暗くて見えなくても、シルヴィの気配と足音で僕には分かる。

 目だけじゃ無く、耳もシルヴィを覚えたみたいだ。


 掛け布団の端が少し持ち上げられ、滑り込む様にシルヴィの匂いがベッドに入って来る。

 森の匂いに混ざる石鹸みたいな匂い。

 耳だけじゃ無く、鼻もシルヴィを覚えたみたいだ。


 シルヴィの手が僕の心臓辺りに置かれ、肩に頭が乗せられる。

 重さは軽いのに、人の重さだ。

 鼻だけじゃなく、僕の全部がシルヴィを覚えたみたいだった。


「起こした?」

「起きてた」

「嘘。息が起きてない」

「……じゃあ、半分」


 笑い声は出さない。

 でも、笑ったのが分かる。

 分かるのが、今は安心する。


「眠れない?」

「……うん」

「大丈夫。ここは私の家だよ」


 『家』という言葉が今は強い。

 強い言葉は、優しい顔をして逃げ道を消す。

 僕は返事をしないまま、息の数だけを数えた。


 シルヴィの手は、胸の上に置かれたまま優しく胸を叩く。

 その度毎に、シルヴィのブレスレットのベルが小さく鳴る。

 五月蝿いのに止めたくない。


 僕はその音の残りを頼りに夢に落ちて行った。

 落ちて行くというより、落ちないように目を閉じた。


 八日目。

 朝から会議だった。

 大きな部屋に人が集まるほど、言葉が減って行く。

 減るのに、空気だけは増える。

 増えた空気が息を重くする。


 リュミエルは席に着くと、最初に言った。


「境界の動きが私の予想より早い様です」


 早い。

 それは予定が狂っている速度だ。


「巡回を増やしてください。境界の確認を優先に。無駄に近寄らないよう改めて全員に伝えてください」


 無駄に、という言い方が引っ掛かった。

 無駄じゃないなら近寄ることがあるという意味に聞こえたからだ。


 年嵩のエルフが静かに口を開いた。


「外から入った者が居る。森の匂いが変わるのは、当然だ」


──僕のことを言っている。

 名前を出さないのに、視線で矢を飛ばす。

 エルフの矢は確実に獲物を捉える。

 刺さる場所が分かるのに避けられない。


 別の声が続く。


「原因を外に返せば良い」


 リュミエルは止めなかった。

 止めないという選択が場を落ち着かせるのを知っている。

 僕は言い返さなかった。

 言い返しが森の内側の秩序を崩す。


「返す、では足りない」


 秩序が崩れたら、境界は守れない。

 守れないと、全員が死ぬ。

 僕の言葉のせいで、全員が死ぬ。

 その形だけは耐えられない。


「森は森だ。外の者は外へ」


 だから黙る。

 リュミエルが止めないということは、僕も言い返すべきじゃない。

 どれだけ周りが騒いでも決裁権はリュミエルが握っている。

 会議は結論だけが前に進んだ。

 言葉は丁寧で決定は冷たい。


 リュミエルは淡々と決定のみを落としていく。


「子供の区域を内側へ。水源の守りを二重にするように。夜間の灯を落とさないこと」


 安全策が積み上がるほど、危険が現実になる。


 廊下に出た時、シルヴィが僕の袖を軽く引いた。


「今日は、一人で歩かないで」

「……どうして?」

「私のお願いに理由が欲しい?」

「ううん。要らない」


 シルヴィは軽く笑った。

 笑ったまま視線だけで僕の背後を示した。


 誰かが居た。

 居たのに、僕が振り向いた瞬間に消えた。


「……見られてる?」

「見られてる、じゃない。数えられてる」


 数えられてる。

 その言い方は、僕を『人』から『要素』に変える。


「誰に?」

「未だ言えない。言うと、余計に拗れるから」


 夜。

 家に帰ろうと準備をしていた。


 廊下の奥で足音が一つだけ鳴った。

 ドアの隙間から影が動くのが見えた。

 ドアに近付く。


 次の瞬間。


「そこから離れて」


 背後にシルヴィが立っていた。

 足音が無い。

 いつ来たのか分からない。

 声が低い。

 いつもの軽さが無い。


 ドアの向こうの影が動きを止めた。


「何をしている」


 シルヴィの言葉は短い。

 短いのに、逃げ道が無い。


 ドアの向こうから男の声が返って来る。


「命令だ。森のために確認しているだけだ」

「誰の命令だ」


 影が黙った。

 黙った時点で答えている。

 シルヴィはドアに近付いた。

 近付いた瞬間、空気の密度が変わる。


「森のためって言葉を武器にして、ユウキを排除するつもりなら──あなたは今から『私』の敵だよ」


 その言い方が優しくない。

 でも冷静で正しい。

 そして、怖い。


 影は何も言わずに去った。

 去り方が逃走だった。


 シルヴィは僕を見た。

 いつもの顔に戻っている。

 戻っているのに、戻り切っていない。


「こう言うこと。分かった?」

「うん。遅ればせながら、ね」

「ごめん。見せるつもり無かった」


 見せるつもりが無い『芯』ほど、残る。

 僕は何も言えなかった。


 九日目。

 森の圧は外からだけじゃなかった。

 中も詰まって行く。


 リュミエルに呼ばれたのは夕方だった。

 執務室ではなく、自室の方に呼ばれた。

 リュミエルの雰囲気が明らかに今までと違う。


「ユウキ。境界をどう感じていますか?」


 質問がリトマス試験紙みたいに聞こえた。

 僕は出来る限り、アルカリ性の言葉を探す。


「怖い──明らかに、死の匂いがする」

「はい」


 リュミエルは頷いた。

 頷き方が青色で疲れている。


「外から来ているのは一体の魔物です」

「たった一体?」

「はい。たった一体です」


 リュミエルは僕を見据えたまま頷く。


「剣王ブランシュ様が討伐したとされる──ヒュドラ」


 シルヴィが応える。

 僕はシルヴィに当然の質問を投げた。


「じゃあ、剣王にまた倒してもらえば?」

「ブランシュ様は、エルフの森には居ない」


 シルヴィの表情に『これ以上は今、聞くべきじゃない』と書かれている。


「じゃあ……リュミエルは賢王なんでしょ?剣王と肩を並べるなら、魔法でドカーンとさ──」

「そのヒュドラの大きさが問題なのです」

「大きさ?」

「うん。私が対峙した時、伝説よりも二回りは大きかった」

「剣王ブランシュ様はヒュドラを討伐した功績で、剣王となったのです」


 そこで、僕は漸く問題の大きさに気付いた。


「リュミエルでも……倒せない?」


 シルヴィは黙り、リュミエルが応える。


「えぇ、森を守る策を何とか考えることしか出来ません」


 守る。

 その言葉が僕の中の線を揺らした。

 線は、善悪の線じゃない。

 琴線なんて綺麗なモノでもない。

──越えたら戻れない線だ。


 リュミエルの目は真っ直ぐ強い。

 表情からは疲れが見える。

 こういう表情を僕は知っている。

 そして、ふと思ったことを口にする。


「……森のために、誰かを犠牲にするつもりなの?」


 僕は言ってしまった。

 言ってから、遅かったと思った。

 リュミエルの目は驚きを隠せなかった。

 僕から視線を逸らさない。


「それを避けるために、様々な策を練り続けているのです」

「もし……その策が全て失敗したら?」


 沈黙が落ちた。

 シルヴィも何も言わないまま、目を伏せている。

 落ちた沈黙が僕の肺を押す。

 苦しくて息が出来ない。


「ユウキ。我々が守るべきは『森』です。揺れるのは、森では無く──『心』です」


 慰めじゃない。

 理解だ。

 理解があるほど、逃げ道が無くなる。

 守るって言う人は、どこか遠くの守れない現実を見ている。


 僕は窓の外の森を見た。

 近い。

 今日も、昨日より近い。


 来ているのはヒュドラじゃない。

 『選択』そのものだと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ