表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
GatePair: Link〜【いいね】で始まる異世界マッチング〜 (ゲートペア)  作者: 愛崎 朱憂


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/20

[Side Y/異世界]Link: エルフ-06

 五日目。

 目が覚めても、身体の中の夜が終わっていなかった。


 木の匂いは同じなのに、火の匂いが薄い。

 薄い分だけ、昨日の言葉が残っている。


──あなたは最後です。

──獲物になります。


 机の上に器。

 草と蜜の湯。

 パン。

 硬貨。


 いつも通りの並び方が、今日は妙に『作ってある』みたいに見えた。

 整っているのに、整い過ぎている。


 家の中に気配がある。

 リビングに行くと、シルヴィが居た。


 目が少しだけ固い。

 固いのに、顔色は変えない。

 変えないから、余計に分かる。


「起きた?」

「起きた……昨日、シルヴィは寝てない?」

「寝てる。寝た振りも上手いよ」


 軽く言う。

 軽く言うのに、笑わない。

 笑わない軽さは、冗談の形をした確認だった。


「今日、外に行かないで」

「外って、稽古場も?」

「稽古場は良いよ。でも、村の端は駄目」

「分かった」


 言った瞬間、シルヴィの肩から少しだけ力が抜ける。

 抜けるのが速い。

 速いから、戻すのも速い。


「……村、変なことになってる?」

「なってる。だから、『変』に慣れないで」


 慣れないで、が刺さる。

 刺さるのに命令じゃない。

 お願いに近い形だ。


 僕は草と蜜の湯を飲む。

 温度が先に来る。

 甘さが遅れて来る。

 最後に草の匂いが残る。


 残る匂いが、今日は合図じゃなく警告みたいだった。


「今日の順番は?」


 シルヴィが問う。

 問い方は普段と同じ。

 同じなのに、音が硬い。


「線」

「うん。線。呼吸。足。戻る場所」

「戻る場所?」

「そう。戻れる形で振って」


 言い切る。

 言い切るのに、追い詰めない。

 その余白が逆に怖い。


 稽古場へ向かう道は、昨日までと同じ土の硬さだ。

 同じなのに、視線の硬さが増えている。


 村の方から人の気配がする。

 声が少ない。

 少ないのに、動きだけが増えている。


 子供が走らない。

 走る足音が無い。

 無いから、生活の音が一つずつ尖って聴こえる。


 露店の棚が低く畳まれていた。

 畳み方が丁寧で、本気だと分かる。


 通りすがりのエルフが僕の服と靴を見て、直ぐ目線を外した。

 敵意じゃない。

 礼儀だ。

 礼儀の形が今日は『距離』に変わっている。


 境界の方へ向かう巡回が二列になっていた。

 二列なのに足音は増えない。

 増えない代わりに、肩の線が揃っている。


 その列の端で、小さい声が落ちた。


「洞窟……」

「……切断……」

「……ブロック」


 単語だけ。

 いくつかの単語だけが、耳の内側に貼り付く。


 僕は聴こえなかった振りをして稽古場へ行った。

 聞いたら、何かが変わりそうだった。

 変わるのが怖かった。


 棒を握る。

 握り過ぎない。

 足を残す。

 呼吸を散らさない。


 線を透かして通す。

 頭では言える。

 身体が言えない。


 振る。

 音が軽い。

 軽いから誤魔化しが効かない。


 振る。

 振る。

 振る。


 通らない。

 通らないまま、汗だけが増える。


 瓶を思い出す。

 剣の油。

 剣が無いのに油だけがある不釣り合い。


 その不釣り合いが、今日の自分のままだった。


 不意に草が擦れる音がした。

 小さい。

 でも、揃っていない。


 僕は棒を下ろさずに、目線だけを動かした。

 稽古場の端。

 木々の影が濃いところに、あの小さい狼が居た。


 鳴かない。

 逃げない。

 ただ、こちらを見る。


 前に対峙した時と同じ目。

 同じなのに、今日は待っている目だ。


 他の気配がする。


 狼に焦点を置いたまま、視界の端で周りを拾う。

 葉の揺れ方が違う。

 風じゃない。

 呼吸だ。


 一瞬でざっと周りを見渡す。

 脳に焼き付いた映像を数える。


 一匹、二匹、三匹、四匹……八匹。


 囲まれている。

 円を作って、僕の『逃げたい』を測っている。


 棒を構え直す。

 握り過ぎない。

 足に逃げ道を残す。

 息を整える。

 透かす。


 左右から同時に、首元を目掛けて跳んで来る。


 身体が先に引ける。

 半歩だけ下がって、肩を落とす。

 左右の影が頬の近くを掠める。


 正面から三匹。

 距離が詰まる。

 詰まるのが速い。


──迎え打つ。


 振る。


 木が当たった手応え。

 手応えの重さが薄い。

 通っていない。


「くそっ……やっぱ通らない!」


 背後。

 気配が刺さる。

 振り向き様に棒を振る。


 通らない。

 でも、明らかにクリティカルヒットして、狼が一匹、地面を転がる。


 後七匹。


──後ろが空いた。

 大丈夫。

 走れる。


 つま先を二回、地面に打ち付ける。

 自分に合図を出す。

 合図が無いと、足が固まる。


 一気に全力で走る。


 背後から追われているのが、はっきり分かる。

 それは狼じゃない。

──死、だ。


 呻き声が頭の真後ろから聴こえた。

 反射で上半身を折る。


 背中に重さが乗る。

 息が詰まる。

 視界が斜めにズレて、地面が近付く。


 転ぶ。


 失敗した。

 咄嗟に振り向いて、背中から倒れ込む。

 立ち上がる隙が無い。


 狼達が宙に浮き、僕に向かって落ちて来るのがスローモーションで見える。

 遅いのに、間に合わない。

 間に合わないことだけが想像になる。


「クッソ!」


 身体を転がす。

 草が頬に張り付く。

 転がった勢いのまま立ち上がる。

 背中が幹に当たる。

 当たった痛みで位置が分かる。

 位置が分かるのに、逃げ道は分からない。


 ヤバいヤバいヤバい。

 策が無い。

 全く手が思い浮かばない。

 息が散る。

 必死に逃げる方法を探そうとするけれど、頭は誰かが助けてくれることだけを望んでいる。


 狼が、ゆっくりと僕を取り囲む。

 ゆっくりなのが怖い。

 時間を与えてくれている顔をして、逃げられないことを確認している。


 左の殺気が濃い。

 きっと、来る。

 集中する。

 駄目だ。

 失敗したら死ぬ。

 失敗したら死ぬ。

 失敗したら死ぬ。


 呼吸を整える。

 整えるために息を吸うと、胸が痛い。

 痛いのに、吸う。


 透かす。

 通す。

 絶対に通す。

 絶対に。


──その瞬間、恐怖が薄れる。


 消えたんじゃない。

 恐怖の輪郭が息の形に変わる。

 身体の内側に押し込められて、外の音が静かになる。


 左に居た二匹が、同時に飛び掛かって来る。


 棒の間合いを測り、タイミングを合わせて振る。


 棒の先が、風を切る音が変わる。

 軽い音じゃない。

 一本の線が、空気を割る音。


 狼二匹に当たる。

 当たった場所が跳ね返らない。

 振り抜く。

 通った。


 二匹が大きく吹き飛ぶ。


 後五匹。


 狼達が一瞬、距離を取った。

 怯えたというより、測り直している。

 今の僕が何をしたのかを、理解しようとしている。


 頼む。

 このまま、どこか行ってくれ。


 頼む。

 頼む。


 後五匹。

 三匹倒した。

 でも、後五匹。


 倒れた狼の方へ寄りながら、僕もゆっくり距離を取る。

 背中を見せない。

 見せたら終わる。


 このまま行ける。

 このまま離れることが出来れば──。


 集中を切らさない。

 呼吸だけを数える。

 一、二、三。


 追って来ない。


 見えなくなった時、どっと疲れが押し寄せた。

 心臓も呼吸も、ずっと居たけどって顔をして戻って来る。


 思い知らされる。

 これでは、僕は戦力にもならない。

 自分で自分を守ることも出来ない。


──シルヴィに会いたい。


 家へ戻る道を急ぐ。

 急ぐのに、走らない。

 走ったら追われる気がした。


 灯りが見えた瞬間、胸の真ん中が少しだけ解ける。

 解けるのに、手は震えたままだった。


 家に帰ると、シルヴィは僕を見るなり──


「何があったの!」


 大きな声。

 彼女の大きな声を聞いたのは初めてで、心臓がどこかに飛んで行った。


「この前の小さい狼が、仲間連れて仕返しにやってきた」

「……噛まれた?」

「噛まれてない。引っ掻かれた。背中、ちょっとだけ」

「見せて」

「大丈夫」

「大丈夫じゃないから言ってる」


 言い方が強い。

 強いのに、怖がらせるためじゃない。

 僕の言葉を押し退ける力がある。


 服を脱いで背中を見せる。

 シルヴィは眉を寄せた。

 寄せたまま、何も言わずに薬草の匂いのする布を持って来る。


 布が冷たい。

 冷たいのに、触れられると落ち着く。

 落ち着くのが悔しい。


「八匹居た。スライムなら、キングスライムになるくらい」

「……八匹?」


 キングスライムは無視された。


「数えた。八」

「一人で?」

「一人で」

「馬鹿」


 短い。

 短いのに、刺さる。

 刺さるのに、怒られているだけじゃないと分かる。

 刺したい相手が僕じゃない感じがする。


「逃げた」

「逃げ切れた?」

「……転んだ。追い付かれた。死ぬかと思った」

「死ぬよ」


 即答だった。

 嘘でも大袈裟でもない。

 事実の言い方だ。


「でも、三匹倒した」

「自慢じゃない」

「……分かってる」

「分かってるなら、次は言って」

「言えなかった。シルヴィが居なかった」

「居なかったのは私のせいじゃない」

「……うん」

「でも、謝る。今日、稽古場なら良いって私が言った」


 そこで、シルヴィの声が少しだけ落ちた。

 落ちた声の方が、さっきの大きい声より胸に来る。


「今夜は、ここから動かないで」

「……分かった」

「棒、見せて」

「ここで?」

「巫山戯無い」


 僕が棒を差し出すと、シルヴィは受け取って、表面を指先で撫でた。

 撫で方が丁寧だ。

 丁寧だから、彼女が本気で怖がっているのが分かる。


「当たった場所、覚えてる?」

「覚えてる」

「もう一回、同じ距離で振ってみて」

「今?」

「今。怖いのを置いたまま、身体だけ確認する」


 外へ出る。

 夜の匂いが近い。

 だけど冷えない。

 冷えないのが逆に不安だ。


 息を整える。

 整えたつもりで、整ってないのが分かる。

 棒を構える。


 振る。


 音が軽い。

 さっきの感覚が来ない。

 通った音じゃない。


「……これが現実」


 シルヴィが言った。


「さっき倒したのは、偶然。偶然だと、次は死ぬ。今日は疲れてるから、もう寝よう」

「……明日は?」

「家でじっとしてて」

「稽古は?」

「家の傍でやって」

「……分かった」


 やっとシルヴィは息を吐いた。

 吐いた息が、いつもの呼吸に戻ったみたいに見えた。


 食事は静かだった。

 スプーンが器に当たる音が残る。

 残る音が、今日の僕の震えを少しずつ薄くする。


 寝る前、背中の傷にもう一度布が当てられる。

 布の冷たさが眠りの入口みたいだった。


「ユウキ」

「何?」

「明日、私が戻れなかったら……鍵を掛けて、火を消して、隠れて。絶対に外へ出ないで」

「……分かった」

「約束」

「約束する」

「うん」


 短い肯定。

 短いのに、重い。


 六日目。

 朝、シルヴィの枕の匂いで目が覚めた。


 身体が痛い。

 痛いのに、噛まれてない。

 噛まれてない痛みが、弱さを露骨にして余計に悔しい。


 机の上に草と蜜の湯とパン。

 硬貨は無い。

 代わりに、短い紙みたいな皮が置いてある。


『今日は家の近くで。私が戻るまで、どこにも行かないで』


 僕は湯を飲み干して、外へ出た。

 家の近くの土は踏み固められていない。

 踏み固められていない分だけ、自由に見える。


 自由なのに、怖い。


 棒を握る。

 握り過ぎない。

 足を残す。

 呼吸を散らさない。


 振る。

 振る。

 振る。


 線は安定しない。

 安定しないのに、昨日より逃げ方が減っている。


 逃げ方が減るほど、出来ない場所が見える。

 見える場所が増えるほど、身体が固くなる。


 固くなるのを息で剥がす。

 剥がしても直ぐ戻る。


 遠くで足音がする。

 足音は小さい。

 小さいのに数が多い。


 巡回だ。

 昨日より多い。

 多いのに、声は無い。


 村の方から器を片付ける音が聴こえた。

 聴こえるのに、生活が遠い。


 昼、シルヴィは戻らなかった。

 戻らないまま日が傾く。


 僕は棒を置いて家の中で待った。

 待つのが苦手なのに、待つしかない。

 お腹が空いた。


 夕方、扉の外で礼儀正しいノックがした。

 一昨日と同じ、急ぎの混ざった叩き方。


 扉を開けると、部隊員が立っていた。

 目線が硬い。

 硬いのに、乱暴じゃない。


「シルヴェーヌ様は未だ戻りません」

「……何かあった?」

「村の端を畳んでいます」

「畳む?」

「外の者が出ないように」


 言い切る。

 言い切るのに、責めない。


 部隊員はそれ以上言わずに去った。

 足音は無い。

 無いのに、家の中が急に狭くなる。


 夜、シルヴィが戻って来た。

 顔色は変わらない。

 変わらないのに、目が固い。

 部隊長の目だった。


「……ごめん。遅くなった」

「大丈夫」

「大丈夫じゃない顔」


 言われて、僕は返事が遅れる。

 遅れた返事を、シルヴィは責めない。


「シルヴィ」

「何?」

「お腹空いた」

「うふふ、直ぐ作るね」


 今度こそ、シルヴィが家に帰って来た。


 器が並ぶ。

 湯気が立つ。

 火が柔らかい。


 柔らかいのに、スプーンの音が尖る。


「今日、何してた?」

「家の近くで稽古。線、全然通らない」

「通らなくて良い日もある」

「昨日も言ってた」

「昨日より、今日はもっと」


 もっと、の後に言葉が続かない。

 続かないまま、火を見る。


「村の端を畳んだって聞いた」

「ユウキは大丈夫。気にしないで」

「割りとヤバい感じ?」

「……勘が良いね」

「良くない」

「良くないね」


 シルヴィは笑う。

 笑って、戻す。


「僕の順番って──」

「先に森。次に暮らし。最後に外の者」


 その順番が出た瞬間、火の音が一段だけ大きく聞こえた。


「僕は……最後」

「そう。だから私が先に守る」


 先に守る。

 順番が最後のはずなのに、シルヴィだけが順番を守らない。


 外の葉が揺れる。

 揺れが揃っていない。

 揃っていない揺れが、昨日より近い。


「……ねぇ、ユウキ」

「何?」

「明日、また来るかも」

「狼?」

「狼だけじゃない」


 だけじゃない、の言い方が、部隊長の言い方だった。

 軽さの奥の骨が、今日初めてはっきり見える。


「怖い?」


 僕が訊くと、シルヴィは直ぐに答えない。

 答えないまま火を見る。

 一拍だけ数えて、言った。


「怖いよ。だから、順番を守る」


 順番。

 その言葉が、今日は温かくならなかった。


 寝る前、シルヴィが僕の脛の巻き方を確認する。

 指先が速い。

 速いのに、優しい。


「明日、稽古は線」

「うん」

「線が通らなくても、呼吸は通る」

「呼吸」

「呼吸は、嘘を吐かない」


 外の音が少ない。

 少ないから、一つ一つがはっきり聞こえる。

 そのはっきりの中に、揃っていない揺れが未だ混ざっている。


 僕は目を閉じた。

 閉じたのに、眠りの方が来ない。


「ユウキ」

「ん?」

「大丈夫」

「うん」

「怖くないよ」

「怖がってる様に見える?」

「見えない。だけど……不安かな?って」


 僕は少し、言葉を選ぶ。


「シルヴィが居てくれるから、僕は楽しいよ。全然怖くない」


 不意に、頭を引き寄せられる。


「ユウキのことは、私が守るから」


 風の音が静かに小さくなっていく。

 どこか遠くに行ってしまう合図みたいに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ