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GatePair: Link〜【いいね】で始まる異世界マッチング〜 (ゲートペア)  作者: 愛崎 朱憂


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[Side Y/異世界]Link: エルフ-05

 四日目。

 朝、木の匂いで目が覚めた。

 昨日より匂いが薄い。

 薄い分だけ部屋が広く感じる。

 火の名残は未だ部屋の角に居るのにシルヴィの気配が無かった。


 机の上に器が置いてある。

 草と蜜の湯は少しだけ冷めて、湯気がもう立っていない。

 その隣にパンと硬貨。

 昨日と同じモノが当たり前みたいな顔をして僕が起きるのを待っていた。


 パンを齧りながらiPhoneを開く。

 画面の明るさだけが森から浮いて、直ぐに眩しく感じて閉じた。

 代わりに木の板に挟まれた薄い紙を見付けて手に取る。

 紙じゃない。

 薄い皮みたいな手触りだ。


[エルフ]大長老のところへ行って来るね。

[エルフ]お昼は好きな物を食べて。夜までに帰る。稽古は、線。叫ばないこと。


 『叫ばないこと』で少しだけ口元が緩む。

 緩んだのを戻す。

 戻す動きが自分で思っているより真面目だ。


 瓶を手に取る。

 昨日、店主から貰った油。

 蓋を開けると草と樹脂の匂いがする。

 剣が無いのに油だけがある。

 その不釣り合いが今日の僕のままみたいだった。


 指先に一滴。

 皮膚に染みて匂いが手の内側へ入って来る。

──手入れは嘘を吐かない。

 店主の言葉が匂いの奥に残っている気がした。


 瓶を閉めて、ベッドに立て掛けてあった棒を握る。

 草と蜜の湯を一気に飲み干した。

 外へ出ると森の音が増える。

 増えるのに騒がしくない。

 葉の擦れる音が揃っていて、揃っているのに今日は少しだけ遠い。


 稽古場までの道は線で引かれていないのに線みたいで、踏み固められた土が僕の足を勝手に導く。

 導かれるのが悔しくて、今日は歩き方を自分で決めようとする。

 決めようとして、結局、同じ場所に辿り着く。


 その同じが、安心という言葉に変わりそうなのを感じた。


 稽古場に着き棒を構える。

 握り過ぎない。

 足は残す。

 呼吸を散らさない。

 線を透かして通す――と、頭では言える。

 通すつもりで振る。

 空を切る音が軽い。

 軽いから誤魔化しが効かない。


 もう一回。

 もう一回。

……通らない。


 通る場所が無いんじゃない。

 僕の中に、通す前提が無い。

 振る前に決まっている。

 決めるのは線。

 分かっているのに、決められない。

 息が少しだけ乱れる。

 乱れるのを抑えようとして、抑えようとする力が余計に乱す。


 棒を下ろして、森を見る。

 森は何も言わない。

 何も言わないのに、昨日の夜みたいに通してくれる感じもしない。

 森はツンデレより、ツンツン勝ちみたいだ。

 あの時だけ。

 面が通ったのは、あの時だけだ。


 思い出すと、身体が勝手にやったことがある顔をしようとする。

 その厚顔無恥な様が嫌だった。


 もう一度、棒を握り直す。

 握る強さを昨日より薄くする。

 足を残す。

 呼吸を散らさない。

 散らさない──じゃない。

 散らさない場所を作る。


 振る。

 振る。

 振る。


 音が少しずつ揃っていく。

 揃っていくのに、上手くなった感じがしない。

 上手くなった、じゃなくて……逃げ方が減っていく。

 逃げ方が減るほど、出来ない場所がはっきり見える。


 線が、少しだけ安定する。

 安定した分だけ、面が思い出される。

 思い出した瞬間、線が揺れる。


 今日はその繰り返しだった。


 昼の匂いが増える。

 煙の匂いが薄く乗って土の匂いが少しだけ甘くなる。

 稽古場を出て、エルフの森の方へ歩いた。

 音は少ない。

 少ないのに、生活が見える。

 目線の礼儀がここにもある。


 パン屋の声が今日も奥まで通っていた。

 声が大きいのに怒ってる感じじゃない。

 怒ってないのに背筋が伸びる音だ。

 扉を押すと熱と匂いが一緒に来る。


 女店主は腕捲りをしたまま、こっちを見た。

 目が合って、表情が変わらないのに覚えられているのが分かる。

 その目にスターバックスを思い出す。

 僕は硬貨を一枚、掌に乗せたまま近付いた。


「おい、昨日の人間」


 呼び方が雑で、雑なのに距離が近い。

 棚に並んだパンは焼き目が薄いのに匂いが濃い。

 匂いだけで腹が鳴るのが悔しい。


「昨日の自信作美味しかった」


 僕は言う。

 女店主は、何でも無い顔を装っているけれど、明らかに刺さっているのが分かる。

──不器用なタイプなんだと思った。


「分かるのかい?」

「甘さが直ぐ来るのに軽くない。噛むほど匂いが増えて……最後に蜂蜜みたいな余韻が残った──帰る時間の匂いだった」

「へぇ……やるじゃないか」


 女店主は笑わない。

 笑わないのに粉を払う動きだけ少しだけ丁寧になる。

 丁寧になった分だけ僕は安心する。


「……なんだい?それ」

「昨日の、差額みたいな気持ち」

「要らない」

「でも」

「でもじゃない。約束を持って来た。それで終わり」


 言葉が短い。

 短いのに、動かない。

 僕は硬貨を握り直したまま、引っ込める。


「はい。今日の昼」

「これ、高い方じゃん」

「当たり前だろ。美味いもんを食べな。値段は昨日と同じで一番安いやつと同じさ」

「それは駄目」

「じゃあ、明日も来な。明後日も、明々後日もうちのパンを食べな。約束を守れる男が私は好きだよ」

「……うん。来る」


 女店主は返事をしない。

 でも、棚を直す手が直ぐに忙しくなる。

 忙しいのに乱れていない。

 乱れていないから、余計に本気だと分かる。


 外へ出てパンを齧る。

 昨日のと違う。

 焼き目が薄いのに匂いが濃くて、真っ直ぐに甘い。

 自信作、という言葉が嘘みたいに真っ直ぐだった。

 このパンなら、線を通すのカモ知れないと感じる。


 歩きながら、森の端の方を見る。

 端、と言っても境界線は見えない。

 見えないのに、見たくない方向がある。

 昨日、剣の油をくれた店主の『森に聞けない所』の影が、昼でも濃い。


 境界線の護衛の数が昨日より多い気がした。

 多いのに声は増えていない。

 増えない声の代わりに、視線が真っ直ぐで硬い。

 僕が見ているのに気付いたのか、一人の部隊員が顎で合図した。

 近付くな、じゃない。

 見なくて良い、の合図だ。


 僕は従って目線を戻した。

 従うのが悔しい。

 でも、従った方が生きると分かってしまう。

 その分かり方が嫌だった。


 稽古場へ戻る。

 戻って棒を握る。

 握り過ぎない。

 足を残す。

 呼吸を散らさない。

 線を透かして通す。

 通らない。

 通らないまま振って、通らないまま息が乱れて、通らないまま日が傾いた。


 面のことを考えると、余計に線が薄くなる。

 順番が大切なことを学んだ。


 日が落ちる直前、森の音が一瞬だけ少なくなった。

 少なくなった分だけ遠くの葉の揺れがはっきり聞こえる。

 揺れ方が揃っていない。

 揃っていないのに、森が騒がしくない。


──嫌な静けさだった。


 帰る。

 灯りが見えた瞬間、胸の真ん中が解ける。

 解けるけれど、線は未だ通っていない。

 通ってないまま帰るのが、今日の僕の『順番』なんだと思った。


 扉の前で立ち止まる。

 中から木の器の音がする。

 火の音が小さく鳴る。

 それだけで、身体は『我が家』だと勘違いをする。

 身の程を弁えるべきだと、僕は思う。


 扉が開いて、シルヴィが立っていた。

 顔色は変わらない。

 変わらないのに、目が少しだけ固い。

 固い目のまま、僕の手元の紙袋を見る。


「パン屋、行った?」

「行った。感想、言った」

「約束守って、偉い」


 偉い、が軽い。

 軽いのに今日の僕には刺さる。

 刺さるのが嬉しくて、嬉しいのが悔しい。

 僕は靴を脱いで息を落とした。


 夕飯の器が並ぶ。

 湯気が立って、火の明かりが柔らかい。

 スプーンが器に当たる音だけが残る。

 残る音がお腹に落ち着く。


「大長老は、何の用だったの?」

「……森の順番を守れ、って」


 言い切らない。

 言い切らないのに、重さだけが帰って来る。

 僕はそれ以上聞けなかった。


「稽古、出来た?」


 シルヴィが話題を変える。


「出来てない。線、通らない」

「うん。今日は通らなくて良い」


 良い、が柔らかい。

 柔らかいのに甘やかしじゃない。

 今日の『出来ない』を、そのまま置いてくれる言い方だった。

 僕は頷くことも出来なくて、スプーンを持ち直した。

 シルヴィはホワイト企業にお勤めなのだと僕は思った。


 火が少し小さくなる。

 小さくなると影が増える。

 増えるのに怖くない。

 怖くないのに、見たくない方向の気配だけが増える。


「……今日、疲れた?」


 僕が訊くと、シルヴィは直ぐには答えない。

 答えないまま火を見る。

 火の揺れを一拍だけ数えるみたいに。


「うん」


 小さい。

 小さいのに嘘じゃない。


 僕が続けて「怒られた?」と聞くと、シルヴィは首を振る。

 振り方が静かで、静かな分だけ『別の理由』が残る。

 僕は、言葉を飲み込みそうになるのを止めて、吐き出した。


「じゃあ、僕が勝手に焦ってるだけだ」


 シルヴィは僕を見て、目を細める。

 許すみたいな顔じゃない。置くみたいな顔だ。


「焦って良いよ。そういう順番だから」


 順番。

 その言葉が今日、初めて温かく聞こえた。

 僕は、やっと息を吐いた。


 寝る準備をして、暗さが部屋に戻って来る。

 戻って来た暗さの中で、シルヴィの気配だけが分かる。

 近付いて来ないのに、居るのが分かる。


「シルヴィ」

「なに」

「明日、僕は何をすれば良い?」

「線。呼吸。足。戻る場所」


 教え方が簡単で簡単なのに逃げ道がある。

 逃げ道があるから、僕は頷ける。

 頷けた自分が少しだけ嬉しい。


「……名前、呼んで良い?」

「うん」


 肯定が短い。

 短いのに胸の真ん中が落ち着く。

 僕はその落ち着きのまま、言う。


「おやすみ、シルヴィ」

「うん。おやすみ、ユウキ」


 髪が頬に触れて、直ぐ離れる。

 触れた一瞬だけ、森の音が遠くなる。


 外の葉が揺れる。

 揺れる音が少ない。

 少ないから、一つ一つがはっきり聞こえた。

 そのはっきりの中に、揃っていない揺れが一つだけ混ざっている。


 僕は目を閉じた。

 閉じたのに、眠りの方が来ない。


 扉を叩く音がした。

 叩き方が礼儀正しい。

 礼儀正しいのに急いでいる。

 急ぎが音の間に滲んでいる。


「森の外の人。大長老がお呼びです」


 声は低い。

 低いのに乱暴じゃない。

 順番を渡される言い方だった。

 シルヴィが直ぐに起き上がる。

 起き上がる動きが静か過ぎて、最初から起きていたみたいに見える。

 大長老はブラック企業なんだと僕は思った。

 いや、管理職だから労働時間に縛られないんだろう。


「行くよ」


 僕が言うと、シルヴィは頷く。

 頷き方も静かだ。

 静かな分だけ、さっきの揃っていない揺れが答えになる。


 外へ出ると夜の森の匂いが濃い。

 濃いのに冷たくない。

 冷たくないのが、逆に怖い。

 護衛が二人付く。

 足音が無い。

 無いのに、居るのが分かる。


 大長老の居る場所へ近付くほど、音が減る。

 減るのに空気が薄くならない。

 薄くならないから逃げ場だけが消える。


 木々の間の広い空間に大長老が居た。

 長い金色の髪に、閉じているのか開いているのか分からない糸みたいな目。

 背が高い──百八十センチ以上ある。

 冠は光っていない。

 葉の影の色みたいに静かだ。

 糸みたいな目だけが、意図しているみたいに森を見ている様だった。


 僕を見ると、知ってる人に会ったかの様な目をし、リュミエルと名乗った。

 声は丁寧だ。

 丁寧なのに、距離が一切縮まらない。


「ユウキです」

「……ユウキ。あなたはこの森の外の者です」

「はい」

「森で生きる者には、守る順番があります」

「順番?」

「先に守るのは森です。次に守るのは森の暮らしです。最後に守るのが、森の外の者です」


 最後、が刺さる。

 刺さるのに、嘘じゃないと分かる言い方だった。


「あなたは最後です」

「……はい」

「森を先に置いてください。森を前に置けない者は、森に居られません」


 命令みたいに聞こえない。

 聞こえないのに結論だけが動かない。


「あなたはヴェール=パッサージュ・リーニュを学んでいますね」

「はい。でも、通る時と通らない時があります」

「通る時は、森が許した時だと思っているのでしょう?」

「はい」

「森は優しいです。優しさは秩序です」

「……秩序」

「秩序が崩れると、優しさは刃になります」


 刃、という言葉が静かに重い。

 僕は次の言葉を待ってしまう。

 待ったせいで、自分が何かを知りたがっているのを自覚した。


 奥から気配が一つ滑り込んで来た。

 足音は無い。

 無いのに急ぎだけが分かる。

 部隊員が膝を付く。

 息が乱れていない。

 乱れていないのに、声だけが少し速い。


「大長老。境界付近で確認しました」


──パターン青、使徒です。

 頭の中で、そんな言葉がヘリウムガスみたいに浮かんで消えた。


 森の音が一段だけ小さくなる。

 リュミエルの目が、ほんの少しだけ硬くなる。

 硬いのに驚きの形をしていない。


「……遂に来ましたか」

「はい。外縁から内へは未だ入っていません」


 リュミエルは一拍だけ黙ってから、僕を見る。

 僕を測る目じゃない。

 順番の中に、僕を置き直す目だ。


「ユウキ。外縁に近付かないでください」

「はい」

「森の外から来た者は、匂いが違います」

「匂い」

「違う匂いは、呼びます。呼べば、寄ります。寄れば、森が痛みます」

「……僕が、呼ぶ?」

「あなたも、その一つです。獲物になります」


 『獲物』という言葉が丁寧な口から出たのが、一番冷たい。


 リュミエルは視線を外さないまま、部隊員へ言葉を渡す。短い。短いから、命令が刃になる。


「巡回を増やしなさい」

「はっ」

「村の端を静かに畳みなさい。子を先に内へ」

「はっ」

「外縁へ近付く者が居たら止めなさい。止められないなら、戻しなさい」

「はっ」

「騒がせないでください。混乱を招かない様に」

「はっ」


 部隊員が下がる。

 下がった後、森の音が直ぐ戻らない。

 戻らない静けさが、今の報告を本物にする。

 リュミエルは最後に少しだけ声を落とした。


「……少し、対策を考えます」


 対策、が軽い言葉に見えない。

 言った後の沈黙が今日の重さを決めてしまう。


──出て行けということだろう。

 僕は頭を下げて、シルヴィの方を見る。

 シルヴィは黙って頷く。

 頷くのに、目が固い。


 帰り道、村の匂いが少し変わり始めていた。

 真夜中に声は増えていないのに、人の動きだけが増える。

 子供が走らない。

 大人が目線だけで合図をする。


 未だ日常の顔をしている。

 でも、端から順番が変わり始めている。


 家に着いた瞬間、胸の真ん中が少しだけ解ける。

 解けるのに、今日の森の呼吸は深いままだった。


 家が暗いまま、僕らはベッドに入った。


「……外縁、行かないで」


 シルヴィが言う。

 声は小さい。

 小さいのに、命令みたいに落ちる。


「分かってる」


 僕は言う。

 言った声が自分の声じゃないみたいに硬い。


 シルヴィはそれ以上言わない。

 獲物。

 その言葉が木の匂いに混ざって残っていた。

 森の音は、遠い。

 遠いのに、揺れは揃っていない。

 夜が、また一段深くなった。

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