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GatePair: Link〜【いいね】で始まる異世界マッチング〜 (ゲートペア)  作者: 愛崎 朱憂


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13/20

[Side Y/異世界]Link: エルフ-03

 二日目。

 木の匂いで目が覚めた。

 火の名残が部屋の奥で小さく息をしている。

 外の葉が揺れる音は少なくて、少ないから一つ一つがはっきり聞こえた。


 天井は低い。

 低いのに窮屈じゃない。

 起き上がる動作が自然に静かになる。


 扉の向こうで水の音がしていた。

 器を洗う音。

 湧き水が木の桶に当たる澄んだ音。


「起きた?」


 声が落ちて来る。

 昨日の夜と同じ声なのに朝の声は少しだけ軽い。


「起きた……早いね」

「森の朝は早いよ。火を起こすの、好き?」

「やったこと無い。僕の世界ではあんまり無い」

「じゃあ、こっちで覚えて帰って」


 扉を開けると冷えない空気が頬に触れた。

 湿り気はある。

 でも、寒さが無い。


 木の家の外は光が未だ薄い。

 薄い光が葉の隙間に引っ掛かって、地面にまだらの影を作っている。

 影は揺れて、揺れているのに落ち着いて見えた。


 シルヴィが持っている木の器の中で湯気が立っている。


「これ、飲める?」

「飲む。美味しそうな匂い」

「草と蜜。苦くない方」


 口に含むと温度が先に来た。

 次に甘さが来て、最後に少しだけ草の匂いが残る。

 残る匂いが朝の合図みたいだった。


「今日の順番、覚えてる?」

「持ち方、足……それと、線」

「うん。合格」


 言い方が軽い。

 でも、ちゃんと見られている感じがする。


「じゃあ、稽古場へ行こう」


 家の外へ出ると森の音が増えた。

 増えたのに騒がしくない。

 鳥の声は高いけど、遠い。


 歩き出すと昨日の距離がまた整う。

 一定の距離。

 一定の目線。

 森の人達は声を出さないまま、そこに居る。


「護衛?」

「護衛……って言うと硬いかな。見守り。森の外の人が森で迷わないように」

「じゃあ、寝惚けて歩き回っても安心だね」

「ユウキの世界の人達は、寝ながら歩けるの?」


 稽古場は木々の間隔が揃っている場所だった。

 地面は踏み固められていて、草が短い。


 シルヴィは腰の剣を外さず、代わりに木の棒を一本手に取った。

 剣の形じゃない。

 棒だ。

 棒なのに持ち方だけで剣が見える。


「先ずは、これ。握り過ぎない」

「握り過ぎないで、握る……」

「うん。預ける感じ。手首は固めないで」


 シルヴィが僕の前に立つ。

 近付き過ぎない。

 でも、指先が僕の手の位置を直す。

 直す動きが速い。

 速いのに、雑じゃない。


「こう?」

「うん。それで良い。次、足」


 足の置き方を教えられる。

 前に出る足。

 後ろに残す足。

 残す足が逃げ道になる。


「逃げ道を残すの?」

「残すっていうか……逃げ道が無いと身体が固まる」


 言葉がまた繋がる。

 繋がる度に理解が増える──というより、言葉遊びみたいだ。


「次、線」


 線。

 昨日の夜から残っている言葉。


「線って……通るってこと?」

「うん。通すの」

「何を?」


 シルヴィは木の棒の先を地面に向けた。

 地面に触れない。

 触れないのに、そこに一本、見えない線が引かれたみたいに見える。


「線」

「……線?」

「刃の線。視線の線。呼吸の線。力の線」


 どれも目に見えない。

 見えない線を……通す。


「剣は切る前に決まってる。決めるのは、線」


 言い方が静かだ。

 静かなのに、命令じゃない。

 教える側の骨がある。


「名前があるの?」


 僕が聞くと、シルヴィは少しだけ首を傾けた。

 考えるんじゃなくて、選ぶ様な仕草。


「ある。ヴェール=パッサージュ・リーニュ」


 音が綺麗過ぎて、森の中で少し浮く。

 でも、浮くのに馴染む。

 昨日の『シルヴェーヌ』と同じだ。


「ヴェール……って、隠す?」

「隠す、じゃない。透かす──の方」

「透かす?」

「線を、透かして通す」


 透かす。

 通す。

 分かりそうで分からない。

 分からないのに、格好良いだけが先に来る。


「厨二病みたいで、滅茶苦茶格好良い」

「なぁに?それ」

「褒め言葉」

「じゃあ、受け取っておく」


 シルヴィが笑う。

 声は立てない。

 でも、昼の光の中で笑ったのが分かる。


「やってみて。線を通す」


 僕は木の棒を構える。

 握り過ぎない。

 足は残す。

 呼吸を散らさない。


 棒を振る。

 空を切る音は軽い。

 軽いから、誤魔化しが効かない。


「今のは振っただけ」

「……振っただけ」

「線を通すのは振る前」


 シルヴィが僕の目の前に棒を置く。

 置くというより、そこに線を透かして通す。


「ここ。ここを通す。通したら、後は勝手に行く」


 勝手に行く。

 昨日の『合わせる』と同じ匂いがする。


「もう一回」


 僕は呼吸を整える。

 棒を振る。

 さっきより音が薄い。

 薄いのに、前へ進む感覚がある。


「うん。今のは、通った」


 通った。

 その一言だけで、胸が少しだけ軽くなる。


「次は木漏れ刃(コモレバ)

「技名、あるんだ」

「ある。叫ばないでね」

「叫ばない……多分」

「格好悪いから」


 昨日、光が刃みたいに見えた。

 その言葉がここで技になる。


「木漏れ刃は、切る」

「空気を?視界を?気持ちを?」


 シルヴィがまた目を見開く。


「へぇ……ユウキはセンスがあるね」

「そうかな?」

「うん。今まで教えた人で、気持ちを切るまで自分で辿り着いた人は居なかった」

「何と無くシルヴィのことが分かってきただけだよ。剣を理解した訳じゃなくて、シルヴィを理解してきただけ」

「私を理解するの早いね。でも、今は空気だけ切って」


 シルヴィが棒を振る。

 振った音がしない。

 音がしないのに葉の影が一枚、揺れる。

 揺れた影が切られたみたいに分かれる。


「え、今の……」

「木漏れ刃」


 説明より先に見せる。


 午前の稽古は、短かった。

 短いのに身体が少しずつ変わっていく感じがある。

 変わるのは筋肉じゃない。

 息と目線だ。


「昼は森を散歩しよ。仕事もあるから」

「仕事?」

「巡回。私、部隊長だから」


 肩書きを言うのに胸を張らない。

 当たり前の仕事の顔をする。

 その顔が軽さを軽く見せない。


 森を歩くと匂いが変わる。

 木の匂いが薄くなって、土の匂いが増える場所がある。

 水の匂いが強い場所がある。

 花の匂いが、急に割り込む場所もある。


「ここ、私、好き」


 シルヴィが言う。

 何が好きかは言わない。

 言わないのに、僕は理解する。


「光と──音?」

「そう」


 葉の間を通る風が同じリズムで鳴る。

 鳴る音は小さい。

 小さいのに揃っている。


 その時、草が擦れる音がした。

 小さい。

 でも、揃っていない。


 シルヴィの歩き方が変わる。

 速くならない。

 静かになる。


「止まって」


 声が低い。

 低いのに怖くない。

 止まる理由だけが自然に届く。


 前方の茂みが揺れた。

 小さな獣が一匹、飛び出して来る。

 狼みたいな形。

 でも、目が少し丸い。

 こちらを見て、鳴かない。

 逃げない。


「魔物?」

「魔物。小さい。でも……噛む」


 シルヴィは剣に手を掛けない。

 掛けないまま、棒を持った。

 さっきの稽古の棒だ。


「ユウキ。線」


 知らないシルヴィの気配がする。


「今?」

「今。通して」


 焦ってないのに緊張が伝わる。

 小さい魔物でも、魔物は魔物らしい。


 僕の手が一瞬だけ迷う。

 迷うのに身体は足の位置を覚えている。

 残す足。

 逃げ道。


 棒を構える。

 握り過ぎない。

 呼吸を散らさない。


 獣が一歩、近付く。

 近付き方も遊びじゃない。


「ヴェール=パッサージュ・リーニュ」


 シルヴィが言う。

 叫ばない。

 ただ、合図みたいに落とす。


 僕は棒を振る。

 振る前に、線を通す。


 獣の鼻先で棒が止まる。

 止まったのに、獣が弾かれたみたいに後ろへ跳ねた。

 跳ねて、直ぐに逃げる。

 逃げる速さだけがさっきまでの勇気を置いていく。


「今の……出来た?」

「出来た。二太刀要らず」

「二太刀要らず?」

「線が通ると、二回目は要らない」


 巡回の帰り道、シルヴィはいつもの速度に戻った。

 戻るのが速い。

 速いのに、怖さが残らない。


「ユウキ、さっきの怖かった?」

「怖くない。びっくりしただけ」

「びっくりは怖いの一歩手前」

「じゃあ、手前で止めた」

「偉い」


 軽い。

 軽いのに、ちゃんと褒められている。


 夕方、家へ戻る。

 煙の匂いが近付いて、食事の匂いが連れて来られる。

 匂いだけで、今日が『帰る側の一日』だったと分かる。


 器が並ぶ。

 湯気が立つ。

 火の明かりが柔らかい。


 夜の音は少ない。

 少ないから、スプーンが器に当たる音が残る。


「今日、楽しかった」

「楽しいって言うの、早いよ」

「早い?」

「人間は楽しいって言うのに理由を探す」

「エルフは?」

「エルフは楽しいなら楽しい。理由は後で付いてくる」


 理由が後で付いてくる。

 その考え方が僕の決断と似ている。


 食事が終わって火が少し小さくなる。

 小さくなると影が増える。

 影が増えるのに、怖くない。


 シルヴィがふと首を傾けた。


「……ねぇ。今日はどうする?」

「どうする?」

「泊まる?帰る?」


 昨日は『決まり』があった。

 今日は決まりが無い。

 無いから、言葉が少しだけ重くなる。


「決まりは、最初の夜だけでしょ?」

「うん。最初の夜だけ」


 そこでシルヴィが口元だけで笑った。

 悪戯っぽさに近い。

 僕は首を傾げた。


「生まれて初めて嘘吐いてみた」

「嘘だったんかーい」


 僕が言うと、シルヴィの肩が少しだけ揺れた。

 声は立てない。

 でも、笑ってる。


「ユウキは人間だから、そういう建前。っていうか、文化?に合わせるのも大事かなって」

「僕専用?」

「ユウキ『対策』」

「合格です」


 何故か嬉しい。

 嬉しいのに、取り繕えない。


「じゃあ、決まりじゃないけど……」


 僕が言いかける。

 言いかけて、言葉を探す。


「泊まっても良い?」


 シルヴィは直ぐに返さない。

 直ぐに返さないのに、迷っている感じじゃない。

 火の明かりを一度見る。

 それから僕を見る。


「良かった」


 短い。

 短いのに、胸の真ん中が落ち着く。


「良かった、って……」

「うん。言いたかったから言った」


 シルヴィは言葉の出し方が夜になると少しだけ丁寧になる。

 丁寧になるのに、重くならない。


「名前、ちゃんと呼べるの、やっぱり嬉しい?」

「嬉しい」

「シルヴィ」


 僕が言うと、シルヴィは目を細めた。

 明かりの中で黒が柔らかく見える。


「うん。それ素敵」


 昨日と同じ言葉。

 同じ言葉なのに、今日は少しだけ深い場所まで届く。


「ねぇ、ユウキ」

「何?」

「今日、線が通ったとき。森が、少しだけ喜んだ」

「森が?」

「うん。森は、通るのが好き」


 通る。

 通す。

 透かす。


 昼の稽古と、夕方の巡回と、夜の火が、一本に繋がっていく。

 繋がっていくのに説明っぽくない。

 ただそう感じる。


 火がまた少し小さくなる。

 夜が深くなる合図みたいに。


「木漏れ刃以外にも技ってあるの?」

「あるよ。あまり使う機会は無いけど……追撃」

「追撃」

落ち葉崩し(オチバクズシ)


 落ち葉崩し。

 音の並びが格好良過ぎる。


「技名、叫びたくなる」

「叫んだら、森が笑う」

「森、笑うんだ」

「笑う。静かに」


 静かに笑う森。

 そのイメージが今夜の空気に合う。


「でも、今日シルヴィも言ってた。ヴェール=パッサージュ・リーニュって」

「それは技名じゃない。技術の名前」

「落ち葉崩しッ!」

「ダサ過ぎ」


 シルヴィは口を開けて笑った。


 僕は寝る前に、iPhoneを開いた。

 現代の生活音はここには無いのに、画面だけが現代の明るさを持っている。


 LINEを開いて、咲希に送る。

 僕は『気を付けてね』に既読を付けていなかった。


『剣術、覚えた』


 送って、既読が付く前にもう一通打ってしまう。


『ヴェール=パッサージュ・リーニュ』


 送信してから、やっと自分で笑いそうになった。

 声は出さない。

 出さないのに、胸だけが軽い。


『何それ、俺Tueeeee!ってやつ?草超えて森』

『今、森に居る。邪気眼を養ってる』

『厨二病をその歳で発症したら致死率500%だよ。共感性羞恥がシンドいから、剣術の名前は名乗らないでね。可愛い妹からのお願い♡』

『でもでも、木漏れ刃とかカッケー技も習った』

『剣術には敬意を表するけど、せめて技名を叫ばないで。笑』

『スターバースト・ストリーム!!』

『キリトかな〜、やっぱ』

『違う。木漏れ刃』

『追撃で殺すな』

『違う。追撃には落ち葉崩し。でも、ヴェール=パッサージュ・リーニュは別名「二太刀要らず」だから、追撃は要らないって、シルヴィが言ってた』

『シルヴィって、エルフ?』

『そう。可愛くて、楽しくて、優しい』

『でしょうね。まぁ、気を付けてね』

『魔物に?エルフに?』

『おや?誰か来たようだ。うわ!なにをするやめ』

『おーい』


 暫く待っても既読は付かなかった。


『ぬるぽ』

『ガッ』


──咲希は無事らしい。


「何してるの?」


 シルヴィが聞く。

 声は小さい。

 覗き込んで来ないのに画面の光だけは見られている気がした。

 僕はiPhoneを伏せるでもなく、そのまま指を止める。


「妹に報告」

「仲良いね」


 言い方が軽い。

 軽いのに探る感じじゃない。

 ただ事実を拾って、口に乗せただけみたいだ。


「仲良い。多分」

「多分って、余白」


 余白と言った瞬間だけ、シルヴィの口元が少しだけ上がる。

 揶揄うんじゃなくて、確認。

 僕の癖を覚えている顔。


「余白は必要だから」


 僕が言うとシルヴィは頷かない。

 頷かないのに納得した気配だけが落ちる。

 シルヴィが口元だけで笑う。


「じゃあ、寝よう。明日は足が筋肉痛になる」


 寝ようの一言で空気が整う。

 僕の手からiPhoneの光が遠退いて部屋の暗さが戻って来る。


「エルフにも筋肉痛、あるんだ」

「ある。でもこれは、人間に合わせてるよ」


 さらっと言う。

 胸を張らない。

 揶揄ってもいない。

 当たり前みたいに『合わせる』と言うから、こっちが勝手に弱くなる。


「ありがとう。シルヴィは優しいね」


 言ってから少しだけ遅れた。

 褒め言葉がこの森ではどこまで踏み込むのか分からない。


「ユウキだから」


 即答だった。

 即答だから軽く聞こえてしまうのに、軽く流せない。


「それ禁止」


 僕が言うとシルヴィは首を傾ける。

 怒ってない。面白がってる方に近い。


「どれ?」

「特別扱い」

「特別扱いは恋の一歩目でしょ?」


 言葉が落ちた瞬間だけ、火の音が大きく聞こえる。

 僕の呼吸がほんの少し遅れる。


「……否めない」


 否めないって言ってしまう自分が悔しい。

 悔しいのに、引けない。


「私、恋するためにGatePair: Linkしてるから。ユウキは違うの?」


 シルヴィの目線が外れない。

 追って来ないのに、逃げ道だけが消える。


「否めない」


 同じ言葉をもう一度言うと、シルヴィは満足したみたいに目を細める。

 勝ち負けじゃないのに負けた感じがする。


「それ、流行ってるの?」


 わざと軽くしたのが分かる。

 踏み込み過ぎた分だけ戻るための冗談。


「明日は何するの?」


 僕が話題を切ると、シルヴィは許すみたいに視線を緩めた。

 会話のハンドルを握り直した感じ。


「明日は仕事があるから大長老のところに行く」

「僕も行って良い?」


 言ってから自分で子供っぽいと思う。

 でも、言わないと損をする気がした。


「ダメ。明日一日は一人で訓練してて」


 言い方は優しい。

 でも、結論は動かない。

 『決まり』じゃなくて、『順番』として渡される。


「分かった。じゃあ、新技考えておく」


 負け惜しみみたいに言うとシルヴィは笑わない。

 笑わないのに肯定してくれてる空気がある。


「どんな技?」

「スターバースト・ストリーム」


 言った瞬間だけ僕の中の現代が跳ねた。

 森の静けさに名前の派手さが浮く。


「格好良いね」


 即答。

 否定しない。

 否定しないから、余計に恥ずかしくなる。


「キリトかな〜、やっぱ」

「キリト?」


 分からないをそのまま聞く。

 興味が無いんじゃなくて、知らないだけの顔。

 その素直さが逆に可愛い。


 布団代わりの厚い毛皮は匂いが草と煙の間にある。

 タバコみたいなモノかと思う。

 嫌じゃない。

 寧ろ、安心する。


「あ、文化に合わせないと」

「文化?」


 シルヴィがまた首を傾ける。

 さっきより距離が近い。

 近いのに触れて来ない。


「一つ屋根の下、男女が二人で──」

「駄目だから。そういう決まり」


 言い切りが速い。

 叱る速度じゃない。

 止める速度だ。


「エルフの?」

「ユウキだけの」


 ユウキだけって言葉が妙に柔らかい。

 柔らかいのに、逃げ道が無い。


「僕専用?」

「ユウキ『対策』」


 対策と言って口元が少し上がる。

 それが冗談なのに内側は本気の形をしている。


「……生まれて二回目の──」

「嘘は吐いてない」


 被せる。

 被せるのに乱暴じゃない。

 会話の線を折らないで曲げるだけ。


「先っちょだけ」


 僕が言うとシルヴィは一瞬だけ目を細める。

 怒ってない。

 呆れてる。


「それ、通したら線になって戻れなくなるの知ってるでしょ?」


 戻れなくなるが刺さる。

 巫山戯た会話なのに一瞬だけ真面目な骨が見える。


「否めない!」


 勢いで返す。

 勢いで返したから誤魔化せた気がしてしまう。


「戻れなくて良いの?」


 問いが静かだ。

 静かだから、今度は誤魔化しが効かない。


「ぐぬぬ……」


 僕が黙るとシルヴィは追い詰めない。

 追い詰めないのに、答えを待ってる気配だけは残してくれていた。


「うふふ。素直で宜しい」


 その一言でまた空気が軽くなる。

 軽くなるけど距離は縮んだまま。


「……おやすみ、シルヴィ」

「うん。おやすみ、ユウキ」


 心が落ちる。落ちた心の温度だけが布団の匂いの中に残る。

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