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GatePair: Link〜【いいね】で始まる異世界マッチング〜 (ゲートペア)  作者: 愛崎 朱憂


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11/20

[Side M/異世界]Link: エルフ-05

 私は【メッセージ】を開いた。


[エルフ]あなたの保護が私たちの最優先事項です。


 同じ温度。

 同じ文体。

 同じ正しさ。


 正しさは時々、抱き締め方が分からない。


 戻る。

 戻るための【ブロック】は画面のどこかにある。

 でも、戻ることは『帰る』じゃない。

 本当は──『切る』だ。


 指が止まる。

 止まった指の先にもう一つのトークがあった。


[吟遊詩人]


 怖くない名前。

 最初の相手だから。

 もう慣れてしまっているから。

 甘い言葉が上手そうな肩書きのクセに踏み込んで来ないから。

 誘ってこないから。

 質問ばかりしてくるから。

 いつの間にか増えた彼への不満が『安心』の形をしていて、触れると少し温かい、というだけで私はそこに逃げたくなる。


 逃げる、と気付いて少しだけ恥ずかしくなった。

 恥ずかしくなっても画面は消えない。

 iPhoneに羞恥心は無いんだろうか?


 私は文字入力欄を開いた。

 送信ボタンを押すまで何度も消しては打ち直した。


 長く書くと重くなる。

 短くすると伝わらない気がする。


 息を整える。

 整えたことで、やっと指先が送信ボタンへ動く。


[ミユ]聞きたいことがあります。一緒に暮らすって嬉しいはずなのに怖くて……。

[ミユ]私、近付くほど疑ってしまう癖があるんです。


 送信した瞬間、心臓が跳ねた。

 跳ねたのに世界は何も変わらない。

 変わらないまま──返事だけが来た。


[吟遊詩人]……うん。その聞き方だと、『嬉しい』より先に『怖い』が出てるね。

[吟遊詩人]信じたい分だけ、傷付く場面を先に想像しちゃう?

[吟遊詩人]今一番引っ掛かってるのは、どこだろう?


──引っ掛かってる。

 私はその言葉に救われた。


 否定されていない。

 笑われてもいない。

 決め付けられていない。


 画面を見たまま、少しだけ背中の力が抜けた。

 抜けた分だけ言葉が出る。


[ミユ]私が勝手に壁を作ってしまうんです。

[ミユ]約束を信じたいのに、信じ切れない。

[ミユ]預けた、が奪われた、に変わるみたいに……。


 書いてから手が止まった。

 言ったら戻らない。

 戻らないのに言わないとここから動けない。


 次の通知は少し間が空いた。

 空いた間が丁度良かった。

 私はその間に、息を吐けた。


[吟遊詩人]壁を作るのは必要な時もあるよね。怖いって思うのが普通だよ。

[吟遊詩人]でも、壁の中でミユさんが苦しくなるなら、それは壁じゃないんじゃないかな?


 私は短く返した。

 短い方が、嘘が混ざらない気がした。


[ミユ]はい。檻、みたい。

[吟遊詩人]そうだね。檻の中が苦しいから、外に向けて言葉が出たんだよ。

[吟遊詩人]それが今日の『聞きたいこと』だったんだね。


 当てられて胸が熱くなった。

 熱いのに痛くない。

 痛くない熱さは久し振りだった。


 ここで止めたら、また逃げる。

 逃げるのは簡単だ。

 簡単だから、怖い。


 私は続けて打った。


[ミユ]私、察してほしくて黙ってしまう癖があって、黙ると余計に怖くなるのに黙ってしまう。

[ミユ]言葉にした方が良いって分かってるのに……それが凄く難しいんです。


 返事は少し笑ったみたいな間を挟んで来た。


[吟遊詩人]その癖、分かるよ。黙るのは守り方の一つだから。

[吟遊詩人]でも、ミユさんが苦しくなるなら守り方を変えた方が良いカモね。

[吟遊詩人]丁寧に言えばきっと壊れない。

[吟遊詩人]壊れない速度で言葉にしていけば良いよ。


──丁寧に言えば壊れない。


 その言葉が私の中でゆっくり沈んだ。

 沈んだまま底で光っている。


 私は画面の明るさを少し落とした。

 落としただけで責められている感じが減った。


 もう一つだけ──。

 もう一つだけ聞けたら、今日は逃げなくて済む気がした。


[ミユ]私、檻の中が苦しいって誰かに聞いてもらいたかっただけカモ知れません。

[吟遊詩人]でもさ、ミユさんの檻には窓があるでしょ?

[ミユ]窓?

[吟遊詩人]うん。窓から手を伸ばせば、誰かが手を繋いでくれる。きっとね。

[ミユ]そうかな?

[吟遊詩人]うん。ミユさんの手を誰かが繋いでくれたら、きっと檻から出られる。だから、手を出しておいて。

[ミユ]でも、誰がその手を掴んでくれるか分からない。

[ミユ]私を傷付ける人カモ知れない……。


 送った瞬間、画面が少しだけ眩しくて目を細めた。

 眩しいのは文字の白さじゃない。

 自分で言ってしまったことの白さだ。


[吟遊詩人]じゃあ、せめて窓は閉めないで開けておいて。

[吟遊詩人]そしたら、きっとミユさんが掴みたい手が差し出されるよ。掴むかどうかはその時、決めよう。


 私は直ぐには返せなかった。

──窓、という言葉が胸の中で形を持ったから。


 檻の中にあるのに外が見える場所。

 閉めるか開けるかを、自分で決められる場所。


 私は漸く指を動かした。

 掴めるかどうかは分からない。

 でも、閉めない、なら出来る。


[ミユ]ありがとう。

[ミユ]今、少し息が出来ます。


 送って、画面を閉じた。

 胸の中の音は少しだけ静かになった。


 その夜、私は久し振りに眠る前に泣かなかった。

 泣かないだけで、勝った気がした。


──それから三回目の朝。


 森の光は白い。

 白いのに柔らかい。

 葉の影が床に落ちて、時間の形が見える。


 私は部屋を出た。

 日の光に誘われて外へ出る。


 庭園。


 石畳の上に水の音が薄く広がっている。

 水音はこの前より近い。

 私の耳が戻って来たからだと分かる。


 シルヴェーヌが居た。


 この前は『背中』だった。

 今は『顔』がある。

 こちらに気付いて白い手袋が小さく上がった。


「おはよう、ミユ。元気そうだね」


 名前を呼ばれた。

 私は一瞬だけ立ち止まりそうになった。


「おはよう」


 言えた。

 敬語を飲み込んだとかじゃない。

 今の私はそう言いたかった。

 シルヴェーヌは私の反応を拾い過ぎない。

 拾い過ぎないのに見ていない訳でもない。


「返してもらえた?」

「うん。ばっちり」


 私は言葉と一緒に笑顔を返す。

 口元の力を抜いて、頷いた。


「なら良かった」


 それだけで話が終わりそうになって、私は慌てて続けた。

 今日は、前みたいに『後から』言いたくない。


「iPhoneのこと……勇気をくれて、ありがとう」


 言い切ると胸が少し軽くなった。

 軽くなった分だけ次の言葉が出る。


「私、きっと何も言えないままだったと思う」


 シルヴェーヌは笑わない。

 頷くだけだ。


「じゃあ、今日のミユは前のミユよりもっと強いんだね」

「うん」

「そう言えば、ミユは戦闘は出来るの?」

「えーと……」


 私は言い淀む。


「出来ないんだ」


 そう言ってシルヴェーヌは笑う。


「別に出来なくても構わないよ。弓も魔法も使えない?」


 出来なくても構わない──そう言われて、建設途中だった心の壁が壊れた。


「うん。全く」

「そっか。魔法は生まれ付きで決まっちゃうから魔力が無いと使えないんだよね」

「私は魔力とか無いと思う」

「魔力は無くても、ミユはミユ」


 その言葉は私には少し眩しい。

 でも、眩しい言葉を言われたからといって嘘になる訳じゃない。

 私は少しだけ肩の力を抜いた。


「ねぇ、ミユ」

「なに?」

「昨日の夜、眠れた?」

「少しだけ」

「少し、なら上出来」


 上出来。

 褒め方が軽い。

 軽いのに嫌じゃない。


 シルヴェーヌは噴水の方へ目を向けて、それから私の手を見た。

 私が握っているモノを見たんだと分かった。


「それ、大事?」

「……うん。帰り道だから」


 言った瞬間、少しだけ喉の辺りが詰まりそうになった。

 私はそこを越えない。

 越えないまま、息を吐いた。

 シルヴェーヌは一度だけ頷く。


「なら、守るよ。物も、あなたも」

「……それ、簡単に言うね」

「簡単じゃない。簡単に言える覚悟をしてるだけ。私は隊長だから」


 覚悟。

 その言葉で、彼女が『隊長』だという現実が戻る。


 戻った現実の先に、私はもう一つ聞きたかったことを思い出した。


「シルヴェーヌも、GatePair使ってる?」

「うん。使ってる」


 シルヴェーヌは白い手袋のまま、服の内側に手を入れた。

 取り出したのは、私のiPhoneみたいな黒い板。

 薄い板。

 木目のような光沢。

 触れると文字が浮かぶ道具。

 エルフの道具。

 でも、画面の配置は私の知っているそれと似ていた。


「これ、何……?」

「あなたの世界の道具と、大体同じ。ここにアプリを入れる」


 シルヴェーヌは当たり前みたいに言う。


「マッチング、してるの?」

「してる」


 答えた直後、彼女の目が少しだけ揺れた。

 揺れたのは、きっと照れだ。

 照れが、ここで来るのが意外だった。


「相手は?」

「リンクして、こっちに来てるよ」


 そう言って、シルヴェーヌはポケットに黒い板を戻した。

 話は、そこで終わったみたいだった。


 私は頷くしかなくて、頷いた。

 頷いただけで、余計な言葉が増えない。

 増えないのに、呼吸は少しだけ楽になる。


「行く?」


 シルヴェーヌが、噴水の奥を顎で示した。

 問いの形。

 でも押して来ない。

 押して来ない問いは私に返事の居場所をくれる。


「……どこに?」

「森の中。ミユが、ここで居られる場所」


 『居られる』。

 帰るでも逃げるでもない。

 その言葉が私の足元を少しだけ固くした。


 私が「うん」と言うと、シルヴェーヌは直ぐ歩き出した。

 隣じゃない。

 半歩前。

 私の速度を奪わない距離。


 庭園の端を抜けると石畳が土に変わる。

 土は湿っていて濡れているのに冷た過ぎない。

 木の匂いが濃い。

 薬草みたいな青い匂いが混ざる。


「足、無理してない?」

「うん。平気」


 嘘じゃない。

 『平気』が喉に引っ掛からずに出た。


 道は広くない。

 でも、迷わない。

 木々の根が避けるべき場所を教えてくれるみたいに、土が少し盛り上がっている。

 踏むと沈む場所は苔の色が濃い。

 森がちゃんと手順を持っている。


 鳥の声がする。

 遠くで水の音。

 風が葉を擦る音が長く続いて途切れない。

 途切れない音は、怖さの入り込む余地を埋める。


 少し歩くと視界が開けた。

 木々の間に家がある。

 家というより木の上に作られた段々。

 板が渡されていて縄が張られていて、光が落ちる場所が計算されている。


 人が居る。

 子供が走っている。

 走っても誰も怒らない。

 怒らないけれど、走る道だけは自然に避けている。

 避けているのに窮屈じゃない。


 エルフが一人、私達に気付いて会釈をした。

 シルヴェーヌも小さく返す。

 それだけ。

 それだけで、安心の形が一つ増える。


「……森って、もっと暗いと思ってた」


 私が言うと、シルヴェーヌは短く首を傾げた。


「暗い場所もあるよ。ここは明るい場所」


 言い方が、当たり前だった。

 当たり前の声で当たり前を言われると、世界が嘘っぽくなくなる。


 板張りの通路の下で、火の匂いがした。

 焦げた匂いじゃない。

 焼いた穀物の匂い。

 少し甘い。


 家の横に小さな窯があった。

 白い湯気。

 鍋の中で何かが煮えている音。


 エルフの女性が私を見て微笑んだ。

 微笑み方が礼儀じゃない。

 生活の顔だ。


 その人が器を一つ持って来た。

 木の器。

 中に入っているのは、温かい茶色い液体。


 シルヴェーヌが一度だけ頷いた。

 合図みたいに。


「飲めるよ……先に言うけど、毒じゃない」

「……毒じゃない、が先に来るんだ」


 私が言うと、シルヴェーヌはほんの少しだけ口元を緩めた。

 笑う手前。


「森は、そういう場所」


 私は器を受け取った。

 指先に温度が乗る。

 匂いを吸う。

 苦くない。

 甘さが遅れて来る。


 飲むと胸がふっと軽くなる。

 軽くなるのに浮かない。

 地面に足が付いたままヘリウムガスみたいに軽くなる。


「……美味しい」

「糖樹の蜜。胃に優しいよ」


 説明が短い。

 短いのに暮らしが見える。


 通路の向こうで木槌の音がした。

 一定の間隔。

 乱れない。

 その音がここに時間があることを教える。


「武器?」


 私が尋ねると、シルヴェーヌは首を振った。


「道具。家を直してる」


 家。

 直す。

 壊すんじゃない。

 増やすんでもない。

 直す。


 私はその単語だけで少しだけ救われた。


 もう少し歩くと細い水路があった。

 水は透き通っていて底の石が見える。

 水の上を小さな葉が流れていく。

 流れていくのに急がない。


「ここは、危なくない?」


 私が言うと、シルヴェーヌは一度だけ周囲を見回した。

 確認。

 それから淡々と答える。


「危ないのは、外側」


「外側って?」


「境界の外。森の外」


 森の外。

 その言葉だけで、私の背中に昨日の冷たさが一瞬だけ触れた。

 でも、触れただけで離れていく。

 ここでは遠い。


 水路の脇に草花が整列していた。

 同じ高さ。

 同じ幅。

 畑みたい。

 でも畑より静か。


「救護班の薬草」


 シルヴェーヌが言った。

 救護班。

 戦いの単語じゃない。

 守る側の単語だ。


 私は草花を見てふと自分の仕事を思い出す。

 夜勤。

 呼ばれる名前。

 電子音。

 順番。


 ここには電子音が無い。

 でも順番はある。

 順番があるのに心臓が追い立てられない。


「ここで暮らしてるんだね」


 私が言うと、シルヴェーヌは「うん」とだけ返した。

 誇らない。

 でも、隠さない。


 子供が一人、私を見て立ち止まった。

 目が大きい。

 怖がっていない。

 興味がある顔だ。


 その子の後ろから大人のエルフが来て子供の肩に手を置いた。

 止めない。

 守るだけ。


 そして、その大人が私に会釈をした。

 私は反射で頭を下げた。

 下げた後で胸の中が少しだけ温かい。


 ここで頭を下げても弱さにならない。

 礼儀として置ける。


 私は自分の呼吸が乱れていないことに気付いた。

 気付いた途端、逆に泣きそうになる。

 でも、泣かない。

 泣かないでいられる場所だ。


 シルヴェーヌが立ち止まった。

 木々の間に少し高い場所がある。

 見張り台みたいな足場。


「ここから、森の線が見える」


 線。

 境界。

 でも、脅しの線じゃない。

 暮らしを守る線。


 私が足場に上がると風が少し強くなった。

 髪が頬に触れる。

 触れるだけで私は自分が生きていると思う。


 見える。

 森は広い。

 広いのに、怖さが薄い。

 薄い理由が分かる。


 人が居る。

 水がある。

 火がある。

 食べ物の匂いがする。

 子供の声がある。

 直す音がある。


 それは全部、戦いの外側で生きている証拠だ。


 私は喉が詰まりそうになって息を一度だけ整えた。

 整えると言葉が出た。


「……ここ、平和なんだね」


 シルヴェーヌは直ぐに頷かない。

 頷く代わりに森を見た。

 そうして短く言った。


「平和にする。そう決めてる」


 形容詞じゃなくて、動詞。

 だから強い。


 私はその言葉を胸に入れてから、もう一度森を見渡した。

 見渡して思う。


──ここで暮らしたい。


 思った瞬間、怖さが来る。

 怖いのに嫌じゃない。

 嫌じゃない怖さは初めてだった。


 私は足場を降りた。

 降りても世界が揺れない。


「……ありがとう。案内してくれて」


 シルヴェーヌは柔らかく笑い、言った。


「戻ろう」


 戻る、が『切る』じゃない戻る。

 その『戻る』に私は救われた。


 その日の夜、私はこの森で生活していくことを想像してみた。

 想像は願いみたいに甘くなり過ぎない。

 甘くなり過ぎないのに、ちゃんと温かい。


 その夜だけじゃない。

 次の日も、その次の日も。

 私はここが居場所だと思い始めていた。


 シルヴェーヌとは会わなかった。

 隊長は忙しいのだろう。

 会わないのに、私は独りで森を歩けた。


 道は細い。

 立ち止まらなくて済む。

 木の根が避ける場所を教えて、苔が沈む場所を黙って示す。


 木の上の段々に小さな店があった。

 シーツみたいなものが風に揺れている。

 揺れているのに、急かさない。


 果実の匂い。

 焼いた穀物の匂い。

 木を削った粉の匂い。


 声を掛けてくれた子供がいた。

 私は、ちゃんと返事が出来た。

 返事をしても身構えなくて良かった。


 少しずつ。

 少しずつ、『ここで暮らす私』の輪郭が出来ていく。


 それから二日後の夜。

 リュミエルが小さな袋を差し出した。

 中は硬貨だった。


「何か欲しい物があれば買うと良い」

「……私に?」

「あなたがここで暮らすなら、必要な物もあるでしょう?」


──暮らす。

 その言葉が逃げじゃなく居場所の形を持ってしまう。

 私は直ぐに頷けなかった。


 次の日の昼。

 私は森の門の内側の市へ出た。

 匂いが多い。

 果実、木、焼いた穀物、乾いた薬草。


 私は小さな露店の前で足を止めた。

 金属の光が柔らかい。


 ブローチが並んでいる。

 リュミエルの背中の黒い影を思い出して、私は一つ選んだ。

 派手じゃない。

 けれど、光が折れる角度が綺麗だった。


 その日の夜。

 私は包みをリュミエルに渡した。

 渡した瞬間、指先が少し冷えた。


「全部使ったんですか?」


 リュミエルは驚いた顔をする。

 こんな顔も出来るんだと少しだけ笑いを堪える。


「はい。お礼を、と」

「あなたは何も買わなかったんですか?」

「私は今あるもので充分です。足りなかったのはリュミエルへの『感謝』だけなので」


 言い切った後、胸がちくりとした。

 現代の私の仕事も、ここで生きている私も、全部が一緒に立ってしまう。


 リュミエルは長く黙った。

 黙ったまま、包みを指で確かめてから言った。


「……大切にします」

「そうしてください」


 更に三日後の昼。

 私は花畑の方へ足を向けた。

 子供達が花で遊んでいる。


 私は自分から声を掛けた。


「何してるの?」

「花で遊んでる」


 子供は怖がらない。

 私はその目の真っ直ぐさに救われる。


「あなた、元の世界では何をしてたの?」

「介護士」

「カイゴシ?」

「う〜ん……なんて説明したら分かるかな。人間って、歳を重ねて、老いていくんだ」

「オイテイク?」

「そう。身体が思う様に動かなかったり、昔のことが思い出せなくなったりするの」

「へぇ〜」

「だから、私はそういう人達をお手伝いするお仕事をしてるんだよ」

「動けない人のお手伝いをするの?役に立たないのに」


 胸がちくりとした。

 でも、ちくりとするのは、私が誇りを持っているからだと気付いた。


「そうだよ。今は役に立たないかも知れないけれど……ずっと頑張ってきた人達が老いるから。頑張ってきた人達が、最後には『頑張って良かったな』って思いながら天国に行ける様に、私がお手伝いするの」

「へぇ〜女神様みたいだね。死んだエルフは女神様に『よく頑張ったね』って褒めてもらえるんだよ」

「そうなんだ。女神様か……私はそんなに綺麗な人じゃないけど、やってることは似てるカモ知れないね」

「そっか。じゃあ、待ってて」


 私はその場で待った。

 待つ時間が怖さの隙間を埋めていく。


 子供が戻って来た。

 手の中に花冠がある。


「はい」


 私は受け取った。

 花の冷たさが指先に移る。

 その冷たさがここが現実だと教える。


「あなたは史上四人目のケン王です。花冠ハナカンムリの献王」


──ここなら窓を閉めなくて済む、と身体が先に思った。


 その夜、私はリュミエルと一緒に暮らすことを決意した。

 決意は大きな音を立てない。

 大きな音を立てないまま静かにお腹の底で固まっている。


 部屋の灯りは柔らかい。

 木目の天井が眠る前の時間をちゃんと守ってくれる。


 不意にiPhoneが夜泣きみたいに通知をした。

 静けさが一枚だけ剥がれた。


 私は反射で画面を見た。

 見て、指先が冷えた。


【元の世界との切断】

[強制切断まで、残り16日 9時間35分15秒]

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