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GatePair: Link〜【いいね】で始まる異世界マッチング〜 (ゲートペア)  作者: 愛崎 朱憂


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10/20

[Side Y/現代]Link: エルフ-01

 休日の昼のスターバックスは扉を押した瞬間に匂いが先に来る。

 甘い。人の体温。紙袋。ミルク。

 音も多い。

 声が重なって、店内の輪郭が厚くなる。


 僕は左手にiPhoneと『異邦の騎士(改訂完全版)』を持っている。

 さっき買ったばかりの重さが未だ掌に残っている。

 ページは開かないまま理由だけを握っている。


 いつも来る夜の時間帯より混んでいる。

 でも、入口から判断しない。

 L字の角まで歩いて奥を見てから決める。

 混んでる日に来たときの、僕の手順だ。


 角まで行って視界を折る。

 レジ前の喧騒が薄くなって代わりに小さい音が増える。

 椅子の脚が擦れる音。

 テーブルの端を指で叩く癖。

 蓋が指に当たる乾いた音。

 ラップトップの軽快なタップ。


 席は埋まっている。

 埋まっている、というより皆が自分の休日を固定している。


 ペストリの前でカップルが小さく揉めていた。

 ガラス越しに指が同じ場所を何度も示す。

 声が跳ねる。


「これ、温めてもらう?」

「軽食って言ったのに、甘いやつ選ぶの?」

「甘いのは一口でいい。じゃあ、半分こ」


 半分こ、って言葉だけがBGMの上に一瞬浮いた。

 浮いては消える。

 僕はそれを聞いて、遅れて分かる。

 この時間帯のスタバは、誰かの『日常』じゃない。

 皆の『休日』の場所だ。


 僕は視線を滑らせる。

 探す場所は決まっている。

 窓際でもない。

 入口から遠過ぎない。

 バーの真正面のソファ席の隅。


 ソファとソファの間の低いテーブル。

 そこにいつも、小さな鞄が置かれている。

 申し訳無さそうで、丁寧で、雑さが無い。

 丁寧さだけが勝手に輪郭を立てる。

──今日は、その鞄が無い。


 別の人が座っていて、低いテーブルは紙袋と鞄で埋まっている。

 理解する。

 理解して、終われる。

 前回がイレギュラだった。

 週に二回か三回。

 毎日じゃない。


 分かっているのに視線が一度だけ戻る。

 戻って、同じ結論をもう一回だけ触る。

 触って、離す。

 確認。僕はそれを確認と呼ぶ。


 『異邦の騎士』を持って来たのにページを捲る前から物語は始まらなかった。

 その時点で建前は崩れている。

 崩れているから列に並ぶ勇気は無い。


 この時間帯は余白が少ない。

 余白が少ないと、話し掛ける言葉が居場所を失う。

 僕の欲しいモノは、きっと夜にだけある。

 閉店間際の息の遅い店内。

 声が薄くなって、動きがゆっくりになる時間。


 バーの中に知っているパートナーが見えた。

 あかりちゃんと、みおちゃん。


 知っている、というだけで少しだけ息が戻る。

 注文の列に並ばなくても会釈だけなら出来るかも知れない。

 一言だけでも交わせたら今日はそれで充分だ。


 動きが早い。

 早いのに雑じゃない。

 仕事の流れに組み込まれていて歯車みたいに止まる時が無い。


 目が合った気がした。


 でも二人の目線は、次のカップへ移る。

 次のシロップへ移る。

 次のラベルへ移る。

 僕の方へ戻って来ない。

 気がしただけで二人は止まれない。


──僕の中で勝手に『僕の居場所が無い』に変換される。


 席が無いからじゃない。

 時間の流れが違うからだ。


 列に並べばドリンクは買える。

 買って、座って読むことも出来る。

 でも僕が本当にしたいのは読書じゃない。

 それを認めると恥ずかしいから、『異邦の騎士』を盾にしている。


 盾を構えて別の賭けをしている。

 イレギュラが起きる可能性に。

 ただ一度、針を落としてみたかっただけだ。

 僕は踵を返した。


 ガラス扉を押すと店内の音が一枚薄くなる。

 昼の光が正直過ぎて、ガラスに自分が薄く映る。

 僕は自分の顔を見た。

 帰る側の顔をしていた。

 考えて答えを出した顔じゃない。

 表情だけが先に結論を言っている。

 歩幅を落として帰り道を歩く。


 ポケットの中でiPhoneが震えた。


[エルフ]会って話がしたい。

[エルフ]あなたが来られる時で構わない。

[エルフ]受け入れはいつでも出来る。


 淡々としている。

 淡々としているのに、断り文句の余白が無い。

 『いつでも出来る』は優しさの形をしている。

 同時に、逃げ道を塞ぐ形でもある。

 優しさの形をした要求は断り方が分からない。


 返事は家で打つ。

 自分の部屋の明かりの下で、ちゃんと打つ。


 家のドアを開けて靴を脱ぐ。

 鍵を置く。照明を点ける。

 いつもの机。いつものマグカップ。いつもの生活。

 いつものはずなのに、胸の真ん中だけが落ち着かない。


 僕は『異邦の騎士』を机に置いた。

 まずLINEを開いて、咲希に送る。


『これからリンクする』


 直ぐに既読が付く。返信も直ぐに来る。


『あらま、お早いのね。どんな人?』

『エルフ。あのエルフ』

『あー。どーせ、ふ、ふつくしい……とかなってるんでしょ?』


 図星は刺さる。

 刺さるのに、咲希の言葉は軽い。

 軽いから、僕は返せる。


『否めない!』

『否めよ!笑。でも、まぁ元気で良かったよ。綺麗に終わるほど辛くなるのがマッチングアプリだよ』

『ほむ。言い得て妙。良いこと言うじゃん』


 少し間が空いて、次が来る。


『まぁ、ね。有り体に言えば、にいには優しいから』

『褒めて〜!もっと褒めて〜!』

『逝ってヨシ!あ、でもエルフは気を付けなね。決して悪い人達じゃないんだけれど……』

『大丈夫。僕は自分で見極めるから』

『おう!自分の心を信じろ!』


 理由は聞かない。

 聞けば、咲希はちゃんと答える。

 ちゃんと答えられたら、僕はそれを『知識』にしてしまう。

 知識にしたくない。

 僕は僕の目で見たい。


 僕はそこで指を止めた。


 画面を閉じる。

 代わりにGatePair: Linkを開く。

 トーク一覧の上の方に[エルフ]が居る。

 メッセージ欄に指を置く。


[ユウキ]会って話すよ。

[ユウキ]今、行ってもいい?

[ユウキ]僕が申請して、君が受け入れたらリンク成立だよね?


 送信して画面を見たまま待つ。

 相手の受け入れが無いとリンク出来ない。


 既読が付く。

 返事が来る。


[エルフ]今で構わない。

[エルフ]受け入れる。

[エルフ]あなたの手順に従う。


 短いから余計な感情が乗らない。

 僕だけが勝手に重さを感じる。


 立ち上がって持って行く物を揃える。


 今回はお昼ちゃんの時よりも長く滞在するつもりだ。

 『異邦の騎士』を手に持つ。

 眠れない時用に。

 読む暇が無いかも知れない。

 それでも持って行く。

 持って行くことで、覚悟が形に出来る。


 ポケットに充電ケーブルを入れる。

 そこで、ふと気付く。

 お昼ちゃんの世界の宿屋にはiPhoneの充電ケーブルがあった。

 同じアプリを使ってるんだから、異世界にも当然スマートフォンがあって、iPhoneもある。

 現代の小物は向こうでは重さだけになる。


 でも……もし無かった時に充電が切れてしまうと、ブロックの手段が無くなる。

 念のため、今回は持って行こう。


 玄関からDr.Martensのチェルシーブーツを持って来る。

 紐が無い。迷いが増えない。

 足首が固定されると、身体の方が先に『行く』を受け入れる。


 ベッドに腰掛ける。

 iPhoneを握る。

 画面の【リンクを申請する】が事務的な光で待っている。


 一度だけ深く息を吸って、吐いて、押す。


【リンクを申請する】


[相手の受け入れを待っています]


 もう受け入れると言われているのに、手順は手順として進む。

 アプリは感情に興味が無い。

 興味がないから容赦が無い。


 iPhoneが一度だけ震えた。


[リンク申請が承認されました]

[リンクは成立状態です]

[【リンク】を実行できます]


 僕は前回と同じ様に咲希にLINEを送る。


『行って来る』


 既読が付く前に──


【リンク】


 視界が白くなる。

 白は光じゃない。

 切り替わりの色だ。

 部屋の生活音が薄くなって、代わりに鼓動だけが近付く。


 足元の感触が変わる。

 硬い床じゃない。

 土だ。

 落ち葉だ。

 湿り気がある。

 木の匂いが空気の基礎になっている。


 僕は立っている。

 立っている実感が少し遅れて来る。


 目の前に森の道がある。

 背の高い木々。

 空は葉の隙間に切り取られている。

 緑の影が風で静かに揺れる。


 目の前に女性が立っている。

 派手じゃない。

 作っていないのに整っている輪郭。

 目がとても綺麗で目線がブレない。

 白い手袋が目に残った。

 近付いて来ない距離を守って、僕がここに居ることを確認する。

 その人が声を落として言った。


「待ってたよ、ユウキ」

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