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「引き受ける人」の名前  作者: straycat
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第1話 引き受ける人の名前

この物語はフィクションです。

実在の人物・文献・歴史的事実とは直接の関係はありません。


ただ、

辞書を眺めていて

「……なんか変じゃない?」

と思ったことがある人には、

少しだけ引っかかる話かもしれません。


正しい答えを出す物語ではありません。

検証もしません。

断定もしません。


ただ、

「そう考えると、ちょっと腑に落ちる」

そんな仮説を、

ゆるく並べていくだけです。


気軽に読んで、

ちょっと気になったら、立ち止まってみてください。

その違和感は、ほんとうにどうでもいいところから始まった。


 仕事の合間、頭を切り替えるつもりで辞書アプリを眺めていた。

 特に理由はない。たまにやる、軽い現実逃避みたいなものだ。


 そこで、たまたま目に入った単語が undertaker だった。


 葬儀屋。

 うん、これは知っている。


 そう思って下にスクロールした瞬間、指が少し止まった。


 企業家。


 ……え?


 一瞬、読み間違えたのかと思って画面を戻す。

 もう一度見る。やっぱり企業家と書いてある。


 いや、分からなくはない。

 undertake は「引き受ける」だし、リスクを取るという意味なら、企業家ともつながる。理屈としては、理解できなくもない。


 でも、それにしても距離がある。


 「引き受ける人」が、

 どうして「会社を作る人」になるんだろう。


 コーヒーを一口飲む。

 気づけば、もう冷めていた。


 この時点では、深いことを考えるつもりはなかった。

 ただ単純に、


 ――変な訳だな。


 それだけだった。


 試しに他の候補を頭の中で並べてみる。


引き受け人。

請負人。

責任者。


実際、辞書を探せば、そういう訳語はいくらでも出てくる。

それでも、なぜか最初に目に入るのは「企業家」だった。


 少しだけ気になって、検索してみた。

 けれど、出てくるのは決まり文句ばかりだ。


 「慣用的な訳です」

 「文脈によります」

 「歴史的経緯があります」


 そういうことを聞きたいわけじゃない。


 なんというか、

 どうしてこの訳が残っているのか

 それが知りたかった。


 画面を閉じて、仕事に戻ろうとする。

 でも、さっきの単語が頭から離れない。


 引き受ける人。

 誰かがやらないといけないことを、引き受ける人。


 考えてみれば、そういう人は身近にいくらでもいる。

 トラブルが起きると、なぜか最後に呼ばれる人。

 みんなが黙った場面で、線を引く人。

 終わった後の後始末を、淡々と片付ける人。


 でも、その人たちをまとめて呼ぶ名前は、思い浮かばない。


 役職名でもないし、職種でもない。

 せいぜい、「ああいう役回りの人だよね」という、曖昧な言い方になる。


 もし仮に、

 「引き受ける人」という言葉が、そのまま日本語にあったら。


 それは便利だっただろうか。

 それとも、面倒なことになっていただろうか。


 よく分からない。

 分からないけれど、さっきの訳よりは、少し現実的な気がする。


 翻訳って、ただ言葉を置き換える作業だと思っていた。

 でも、もしかすると違うのかもしれない。


 その社会で、

 そのまま置いておくと厄介なものを、

 別の形にして置き直す。


 undertaker が「企業家」になったのも、

 そういう理由があったのかもしれない。


 もちろん、証拠はない。

 断定するつもりもない。


 ただ、

 そう考えると、少しだけ気持ち悪さが減る。


 この国には、

 引き受ける人の名前がない。


 だから、

 別の名前をかぶせた――

 そんな想像が、頭の片隅に残ったまま、

 仕事の画面に戻ることになった。


 たぶん、この違和感は、

 しばらく消えない。

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