雨宿りは車の中で
一人暮らしの深夜。
小腹が空いたので、近所のコンビニへと向かう。
この付近にはいくつかあるが、一番近いコンビニでも徒歩十数分。歩いて行くのは面倒なので、車に乗って行く。
半分も行かないうちに、フロントガラスにポツポツと水滴が当たり始めた。
「ああ、雨か……。歩きじゃなくて良かったな」
他に誰もいない車内で、独り言を口にする。
コンビニに着いた頃には、雨はかなり激しくなっていた。
駐車スペースに車を停めて、店内へ駆け込むと、私以外にも客がちらほら。買い物客というより、雨宿りかもしれない。
とりあえず陳列棚を見て回るが、時間帯が時間帯なので、弁当の類いはほとんど置いていなかった。まあ私もガッツリ食べたいほどではないから、それはそれで構わない。
おにぎり二つにサンドイッチ、それとお気に入りのプリンを見つけたので購入。夜食にしては少し多すぎる気もするけれど、残ったら朝飯に回せばいいだろう。
買い物を済ませても、まだ雨は降り続いていた。
車までの短い距離を走って、急いで飛び乗り、運転席に腰を下ろす。
エンジンをスタートさせると同時に、車内のバックミラーに視線を向けて……。
「うわっ!?」
驚いて大声を出してしまう。
運転中でなくて良かった。もしも運転中だったら、動揺してアクセルとブレーキを踏み間違えたりしたのではないか。
それほどの驚きだった。
後部座席に女性が一人、座っていたのだ。
――――――――――――
長い黒髪で、ほっそりした顔立ち。白いワンピースは洋服だが、少し和装をイメージさせる形状だった。
20代後半くらいだろうか。女性の年齢はよくわからないけれど、私とそれほど変わらないように見えた。
ミラー越しに私と目が合うと、彼女は小さく頭を下げる。
「勝手に乗り込んですいません。ちょっと雨宿りしたくて」
「雨宿り? でも雨宿りだったら……」
私は驚きも冷めないまま、それでも表面上は冷静に聞き返していた。
言葉は尻すぼみになったが、私の視線が窓の外へ、コンビニのある方へ向いたので、それで質問の意図は通じたらしい。
「ええ、すぐそこに建物もありますけど、でも人がいるところに入るのは何となく恥ずかしいし、驚かせちゃうのも申し訳ないし……」
口元に照れ笑いを浮かべながら、答える彼女。
しかし「驚かせちゃうのも申し訳ない」というのであれば、私はどうなのか。彼女のせいで、私は本当に驚いたのだ。
いや、彼女にしてみれば「誰もいない車だから大丈夫」という理屈だったのか。私が戻ってきたのが、想定以上に早かっただけなのか。
一瞬納得しそうになるけれど、それよりも大きな問題があった。
「だけど、どうやって入った? 車のドア、ちゃんと鍵が掛かってましたよね?」
「はい、しっかり施錠してありました。でも私、そういうの通り抜けられるんです。なにしろ幽霊ですから」
「ゆ、幽霊!?」
と叫びたかったが声にならない。
大きく目を見開いて、私は絶句してしまう。
一方、彼女は窓の外に目を向けて、小さく呟いていた。
「あら。ちょうどタイミング良く、雨あがったみたい」
続いて再びこちらに顔を向けると、深々と頭を下げて……。
「どうもお騒がせしました。それでは失礼します」
閉ざされたままのドアから、まるでそこに吸い込まれるように、スーッと車外へ消えていくのだった。
そのまましばらくの間、呆然としていたが……。
ようやく少し落ち着いたところで、私はハッとする。
「ドアを通過できる身体なら、雨粒だって透過するよな? だったら雨宿りの必要ないだろ!」
実際すぐに確かめてみると、車の後部座席には、濡れた形跡は全く残っていなかった。
あの幽霊が雨を避けていたのは、単なる気分的な問題だったらしい。
(「雨宿りは車の中で」完)




