86.5 水神
結希を見送る家族達の側に控える、水神様は………。
その娘は、生意気で口が悪くて豪胆で、とても強い子だった。
初めてその子を見たのは生まれて間もない頃。
水を通して新たな桜庭の誕生を見守っていた。
一目でわかった。最後の子だと。
『未来で結ぶを希う』
この名を付けるよう当主に夢で伝えたのだ。
そして見失っていた朝倉を見つけ出した際には、
害が及ばぬように川で守った。
器の子には睨まれたが、娘はただ水に身を任せていた。
何も怖い事など無い…、そんな様子で。
もうその時から力の片鱗が覗いていたんだな。
時は流れ、器の子は池に眠る日を迎えた。
不手際はあったが、
解呪の儀の最中に最後の子が解決してくれた。
かなり軽蔑されたがな!!ん"ん"っ、…それはよい。
葬儀のため最後の子が帰って来た時、
遺影に隆延を見たらしい。……ついにその時が来たのだ。
そして桜庭を知った。桜庭に伝わる全てを。
伝える筈だった先代は、今は棺の中。
だから先々代の妻は大急ぎで全てを伝えた。
聞くだけでいいと言っていたが、娘は全てを理解した。
話を聞いてすぐなのに。
力が、覚醒したのだ。
朝倉も麻生も、夜中にやって来て懺悔をした。
麻生は許しを求めぬ懺悔を。
朝倉は…、"ゆき"という名が恨みを消したのだろう。
全てが最後の子を中心に回り始めた。
それもそうか…。最後の子だから、ではない。
呪われた桜庭を父に、瑞樹の巫女の末裔を母に持つ子だからだ。
儀式の直前、チビ共が暴走した。
救いの子である筈の娘の気力を奪ったのだ。
この時は、期待で事を急いた……。そう思っていた。
池に浮かぶ娘を、チビ共は無理矢理引きずり込んだ。
これも事を急いての行い?………そんなわけない。
奴等にとって救いの子になる者を殺そうとしている。
とにかく最後の子が消えてしまう前に、引き留める者を送らねば。
器の子の魂は家の中を彷徨いていた。
それを引っ付かんで池に眠る桜庭も呼びに行く。
……器の子の無礼な思惑はこの際よい。
直近の桜庭を連れて、意識の中へ送り込んだ。
我は行かぬのかって?行くとも。
天上の神々から許可を貰ってからだがな。
神が神であるため定められた規則を破らぬために、
例外措置を許可して貰わねばならぬからな。
そのためにも今の我の考えを神々に報告するのだ。
許可が出た。
天上の神々も、我が報告した内容を重く受け止めて下さった。
今後報告の手間を省くため、
"代理の目"の力も借りることが出来た。
そんな大層な物ではないぞ。
我の目を通して神々も見る、というだけだ。
音声むーびー、と似たようなものか。
最後の子、器の子、先々代当主の守護神として意識の中へ向かったのだ。
桜庭3代からの扱いは散々だったが、
神から危害を加えられたのだ。致し方ない。……うん。
いよいよチビ共と対面する。
あの子達を守るためにも、我が出迎え側で見張らねば。
そう思った時、器の子の叫び声が聞こえた。
「水神様!早く、早くこっちに来て!!
結希がおかしいんだ!!」
何事かと思い娘の方を見やると、
儀式前と同じように"奪われた"あの子がいた。
なぜだ。いつ?どこで?
そう思いながら娘に近づくと、遅いと叱られた。
娘は…、結希は何となく察していたのだ。
己のこの状況が、"うっかり"なんかでは無い事を。
先程話した、家族との別れを前倒ししようとしていた。
もっと話したい事があると言っていたのに、
『危険なこの場所に置いておけない』と言ったのだ。
嫌で堪らないくせに、悲しくて堪らないくせに、
気丈に見せかけそう言ったのだ。
この子が何をしたんだろうか……。
勝手に過去の因縁を背負わせて何が神か!!!
"目"を通して見ていた神々も、きっと同じ思いだったんだろう。
"命の守り"の許可まで下さったのだ。
これは文字通り命を守る結界を張る。
2人は既に死んでいるので、魂を守るための結界だ。
結希には、御神体守護の結界だと言っておいた。
意外だろうが嘘を付いたのはこれが初めてだ。
命の守り、とは本来我の神格では不可能なのでな。
結希は知らずとも欠片の神達は知っている。
これなら説明を聞くときに漏れても問題ない。
絶対に守ると誓うと、結希は驚いていた。
大方、『これは償いの内容かな?』とでも思っているのだろう。
残念、これは償いではない。誓いなのだ。
償いより重い、消滅を賭けた誓い。
誓いを守れなければ我は消滅する。
それはこの子が知らなくてもいいことだ。
我の言葉で少しだけ安堵した表情を見せた後、
2人に話し出した。
その中で説明は1つもなかった。
時間も無いし、我に丸投げだろうな。
話しが終わったので2人を並んで立たせ、
誓いを賭けた"命の守り"を天上の神々と共に発動させた。
その瞬間、結希の願いが頭に響いた。
──じゃあいってきます。かえれますように。──
あの子は知っていた。戻れないかもしれないと。
力の込もった願いが、その全てを物語っていた。
「過去を見る"記憶の旅"に行ってきます!!」
欠片の神達と話していた結希から合図が来た。
結希がちゃんと戻れるように心からの祈りを込めて、
結希にかけた術を…解いた。
神々の祈りが、我の祈りが、届くと信じて。
さぁて。
あの子が夢を辿っている間に、
2人への説明をしようか。
あの子が目覚めた時に叱られないように……。




