69.5
結希の危機に駆けつける奏多が思う事は………。
妹のように可愛がってた、姪に救われた。
山崎くんと帰り道を歩いていたら、
突然工事現場の足場が崩れて僕の上に落ちてきたんだ。
一番に山崎くんが浮かんだ。
とても弱々しい力だったから、
もう川で使いきっていたと思ってた。
でも違った。今、使いきったんだ。
呪いの声に、負けたんだろうな。
大怪我で……済んだらいいけど…。
皆……悲しむかな………。
結希ちゃんは………大変な物を背負わせちゃうな……。
そう思った時、景色が一変した。
水の中………。水神様に落とされた。いや、移された。
憎くてたまらなくなってしまった。
今までの事はなんだったんだろうって虚しくて……。
悔しくて…、悲しくて……。
水の中に沈んでいく感覚が怖かった。
ひとりぼっちで死ぬのだと理解した。
死にたくなくて納得出来なかった。
もがこうとしても体はピクリとも動かない。
現実逃避のつもりで『死ぬとは…』なんて考えてみた。
本当に、突然すぎた。
誰か…………だれかたすけて………………。
こうして終わった僕の命。
僕は……、この世に未練を残して死んでしまった。
『助けてほしい』という未練を。
桜庭の死に様としては不合格だろう。
でも……まだ、死にたくなかったんだ。
これから結希が桜庭の力に目覚める、その時までは。
きっと戸惑う。悩む。苦しむ。
……僕もそうだった。
でも父さんが導いてくれたから耐えられた。
………僕も、そうなりたかった。
でももうその願いは叶わない。あの子は1人だ…。
僕が後悔している間にも儀式が着々と進んでいく。
でも結希が神の光に包まれた時、不味いと思った。
そう思った通りに、水神様が焦り出した。
直感で感じた。助けに行けるって。
苦しむ結希を、導いてあげられるって。
でもそんな甘いものじゃなかった。
父さんと一緒に結希の元へ送られた僕達が見たのは、
今にも消えてなくなりそうな結希の姿だった。
シャボン玉みたいなんだ。
透明で、物体としての境が薄くて……。
必死で話しかけた。眠っちゃダメだって。
何度かの声かけで、ほんの少しだけ結希の目が薄く開いた。
それから少しずつ会話になってきて、
姉さんと揉めた話の頃から姿が半透明にまで回復した。
そして、結希がこの景色を認識した。
曖昧な意識状態だったこの子が受け取ってしまった、
僕の後悔の風景を…。
一番最初に聞いたらしい。僕の最期の声を…。
恐怖が甦ってくる。悲しみが、絶望が……。
父さんの声が遠くなっていった。
僕はまた……水の底へと沈んで行った。
あの時と同じだ。怖くて苦しくて堪らない。
もがこうとしても動かない。
もういっそ…………そう思った時、声が聞こえた。
『待ってて、助けるからね!!』
結希の…声……。とても嬉しかった……。
それと同時に来てはいけないと思った。
これから死へと向かう僕の記憶に触れてはいけないと思った。
でもあの子は…………。
『 今行くよ!
もう少しだよ…。 』
そう言って、動かない僕の腕を…………。
『 届いた、掴まえた! 』
掴んでくれた……。
たすけて………くれたんだ…………。
僕の未練を消してくれた。
後悔も恐怖も、悲しみも、絶望も。
全てが水に溶けていく。浄化されていく。
『……ありがとうね…、
結希。』
消えていく意識の中で、結希の名前を呼んでしまった。
きっとそれが、結希の記憶を刺激したらしい。
再び意識が浮き上がった時、水神様と父が話していた。
水神様に言われて、父さんは結希に話しかけていた。
僕も、一緒に声をかけた。
景色が………再び変わった。
結希と再開してしばらく話をした。
話に夢中で気にしていなかった景色を見回してみた。
桜の畔……?桜が、池が枯れかけだ。
祠だけが綺麗な状態でそこに在ったんだ。
「………あれ、今初めてしっかり見たけど…、
こんなんだったっけ?」
「なんだここは……こんな寂れた場所じゃない筈だ…。」
僕も父さんも見たことがない景色。
これはもしかして、結希にしか見えない景色。
結希にここの場所を尋ねようとしたら、
どこか遠くを見つめていた。
そしてゆっくりと語り出した。
「ここは、私がおばあちゃんに連れられて祠へ行った時に見た景色。
私しか見えなかった景色なんだって。
水神様に聞いたら、穢れてた頃の景色だって言ってた。
桜庭への呪いを防げなかった頃の姿だって。」
そう言う結希は、やっぱり遠くを見ている。
僕の棺の前でも似たようなことがあった。
兄さんと姉さんが結希の名前を必死に呼ぶんだ。
結希は全く聞こえていない様子で棺へと向かっていった。
その時の感じだ。その時は……確か…………。
「水神様……。水神様が……来る。」
「そんな……まだ来れる筈が無いじゃないか!」
「理由は知らない。でも、きっと来る。」
〖その通りだ、桜庭の当主達よ。
最後の子の様子は気になるだろうが、
暫くは見守っておれ。〗
僕達はずっと、ぼんやりとした結希を見つめていた。
暫くして水神様は、力を集めた手のひらを結希に向けた。
性懲りもなくまた危険な事を!!!
〖これは大丈夫だ。
最後の子が、戻ってくるぞ。〗
水神様はそう言って手のひらを下ろした。
光の中から出てきた結希は、キョトンとした様子だった。
〖さあ、きちんと起こしたぞ。〗
そう言った水神様の元へ、迷い無く歩いていった。




