57.5
結希を見送る時、義伯父は………
姪が……儀式に向かう。
祠までの道中、奏多くんの姿をした何かと話し込んでいた。
これでも宮司やって十数年だ。
良いものか悪いものかくらいわかるさ。
あれは、善悪に当てはめられる存在じゃない。
桜庭の守り神。…………水神様……。
あの子はこの家で一番若い子だ。
私達も、生まれた時からずっと見守ってきた。
一番歴史を知らなかった子。
だが今は一番全てを背負わされた子。
そして一番、何にも全く気にしていない子。
全く……ではないだろうが、
内容の重さの割には気にしていないだろう。
"どうしようもない"くらいに思ってるのだろうか。
家族の辛さを他所に、早く儀式を進めたい様子だった。
肝が座ってるのか、それともノーテンキなのか。
或いは………早く知りたい何かがあるのか…………。
私は静かに、いつものように、祝詞を唱え出す。
よく唱える詞。浄めの詞。
少し…少しだけ、いつも以上に祈りを込めて…。
──どうか結希ちゃんが無事でありますように──
祈りに差を付けるのは神主として良くないのかもしれない。
……でも、祈ることしか出来ないから。
全てを背負わされた子が、
少しでも命の危険から遠ざかれるように。
何も出来ない私達の願いが、
少しでもあの子の助けになるように。
祓詞が終わり、ついに儀式が始まった。
私は遷座祝詞を唱え始め、麗花達は結希ちゃんの体を動かした。
菖蒲さんはもう顔面蒼白だ。
かつて水神様を祀った瑞樹神社神主の子孫として
立ち会いの意味を込めて巫女の役割をして貰った。
酷な事をしてしまったかな…。
山崎も指示通り動き、菖蒲さんも欠片を結希ちゃんへ持たせた。
陽人くんも祠へ木像を置き、水神様はその側へ。
山崎は池に浸かり、真っ青になりながらも結希ちゃんを中央まで運んだ。
水に浮かぶ結希ちゃんを見て、少し嫌な感じがした。
嫌な感じというか、持っていかれる…………そんな感じ。
祝詞は辞めず、衝動的にその場を走り出した。
止める皆を振り払って。
この儀式の危険性を知っているから。
神の怒りや血族への呪い等はこの家に限らず存在する。
父の同世代くらいの神主達が似たような話を教えてくれた。
よくある男の武勇伝語りじゃなく、恐怖語りとして。
『2度と関わりたくない。話したくない。
だが君が関係者の立場だから仕方なく話すんだ。』
そうして聞いた内容は、話すのを嫌がるに相応しい内容だった。
大まかに必要な物は、
神の器、神に魅入られし者、呪いの元の御神体、呪われた血族全員。
後は通常の神事に必要な人手、小物とそう変わらない。
手順はこうだ。
まず神の器を殺し、家や土地の守り神を降ろす。
次に守り神が神に魅入られし者を殺し、呪いの元を呼び起こす。
最後に血族全員が心から謝罪をし、許しを乞う。
許されれば呪いは解けるし、
許されなければ血族全員の命を以て手打ちとして頂く交渉をする。
交渉は神主が行い、決して契約や約束にしてはならない。
契約や約束だと、新たな呪いの火種になるから。
これが大まかな手順だ。
池に近づいた私を止めたのは、池に佇む水神様だった。
そしてこう言った。
「何人たりとも入ってはならぬと言った。じきに娘を沈める。次はないぞ。」
奏多くんの体では声が聞こえなかったが、今は普通に聞こえた。
衝動的な行動を取ってしまった事よりも、
神の言葉が聞こえた事に驚いてしまった。
「田牧の神主が何を思ったかは想像が付く。
我があの娘の命を奪うと思ったのだろう。
通常ならば間違っていない。
神の呪いを解くのには必要な事だからな。
だが今回は違う。
寧ろ我はあの娘を守らねば。チビ共も同じことだ。
チビ共が娘を死なせる事があってはならぬのだ。
昔言ったろう?我らが償う日が来ると。
これが神の償いだ。桜庭への償い。
儀式での命の危険から必ず守る事。
理不尽を背負わせる未来の子が、理不尽な死を被ってはならない。
呪いの元であるチビ共も少しはそう思ったのだろう。
だから昔、我と共に伝えたのだ。」
『我らが呪いを償うその日まで。』
確かにそう伝え聞いている。我"ら"………と。
水神様は格の高い神様だ。嘘を言わないだろう。
口は祝詞を唱えているので、謝罪の心を込めて深く一礼した。
私の謝罪を受け取った水神様が儀式を続けようとした時だった。
池の中央が、淡く光り出したのだ。
光は結希ちゃんをゆっくり包み込んで行くようだった。
「いかん!!!!!」
水神様はそう言うなり、結希ちゃんの元へ向かって行った。
何かトラブルだろうか……。
──どうか……どうか無事でありますように…。──
私も皆も、きっと同じことを祈っただろう。
私達には祈る事しか、畔から見守る事しか出来なかった………。
結希ちゃんは光に包まれて………
水の中へと…………消えていった。




