【8.王妃の園遊会】
さて、マーシェル王子の婚約者選びのパーティはギルバートに引きずり出されて帰る羽目になったメルディアーナである。
あとの噂で、結局マーシェル王子の婚約者候補として3人の令嬢が選ばれたと聞いた。
マーシェル王子がやる気がなかったため、ほぼ王妃の独断と偏見で決まったということだったが、メルディアーナはもちろん入っていない。
(※メルディアーナの母コルウェル伯爵夫人は、娘がパーティに行くというのでかなり心配したが、結果娘は早々に帰って来たし、当然のように婚約者候補に入らなかったことに安堵していた。)
メルディアーナは当たり前とはいえ選ばれなかったのでかなりしゅんとしていたが、マーシェル王子が自身で3人選んだわけではなかったし、まだ候補者が3人もいる段階なので、一発逆転はあり得ると心の片隅で自分を慰めていた。
パーティで自分があの塔の令嬢だということをマーシェル王子に伝えられなかったことが残念で仕方がない……。
しかし、イモリやらの記憶を引っ張り出されては、さすがのメルディアーナも恥ずかしすぎてだいぶ戦闘意欲を失っており、意気消沈していた。もうマーシェル王子にあの塔の令嬢であることは伝えなくてもいいとさえ思えてきていた。
そんな中、王妃が3人の婚約者候補の令嬢をお披露目するために、園遊会を開くことになった。
メルディアーナは迷った
マーシェル王子に自身のことを伝えたい。しかし、同時に自分は成金コルウェル伯爵家のイモリ令嬢でもある。
あのときの塔の令嬢だと分かったといはいえ……? イモリ令嬢を「運命の相手だ」などとなるだろうか?
マーシェル王子は自分にとってはただの『推し』なのだから、当初の予定通り、ただ遠くから麗しの王子を愛でるだけでよいのではないだろうか。
しかし、もしマーシェル王子が未だにあの塔の令嬢を探しており、あのときの約束――「一生あなたを見守ります」という約束を覚えていたとしたら?
もちろんマーシェル王子はそんな素振りを少しも見せていないので、もうすっかりあんなことは忘れているのかもしれないけど……。でも覚えてないとも限らないじゃない。
もしかして、マーシェル王子が特定の一人を選んでこなかったのは、あの塔の令嬢を探しているからかもしれないし。
伝えるだけ。伝えるだけ……。
伝えてみて、やはりマーシェル王子が忘れていたら、それはそれでもういいのだ。『イモリ令嬢』は陰ながら見守るだけ。愛でるだけ。
ここまで来たら失うものは何もない……伝えることが大事な気がする!
メルディアーナは気持ちを固めた。
さて、メルディアーナは、フツーじゃマーシェル王子と話せないのはよく分かった。(※原因はメルディアーナだけじゃないが。)
そこで、メルディアーナは今回はサポートグッズを用意することにした。
どんなサポートグッズ? そんなものこれから考える。
しかし、そんなに考える必要もなかった。
怪しい物売りがコルウェル伯爵家の邸を訪れたからである。
なに、メルディアーナの家は成り上がり貴族。経済的にぶいぶいさせてなんぼ。そりゃ多少は目を瞑ってもらいたいようなものも商売上扱っていたりする。
メルディアーナは、『お話グミ』なる不思議なグミをゲットした。
緊張とかであんまりお話ができないときにこのグミを食べるとお話ができて、『仕事のプレゼンとか、講演会とか、弁論大会とか、そういう失敗できないときに有効です』とのこと。
何それ、私にぴったりじゃないの。
メルディアーナは『お話グミ』の入った瓶を大事そうに小脇に抱えて王妃の園遊会に出席した。
しかし、会場には面倒くさいことにダナンとフリーダもいた。
王妃の園遊会。確かに有力公爵家でマーシェル王子とも面識のあるダナンが呼ばれていないわけがないのだった。
「もう、どこまでダナン様を追いかけてくるんですか! あなたフラれてるんですよ」
フリーダがピーチク噛みついた。
当のダナンの方は男性の友人と仲良さそうに話し込んでいるので、フリーダは少し手持無沙汰だったのだ。
メルディアーナは「しーっ」とやりながら、
「だから、違うってば、フリーダ! 別に私はダナンを追いかけているわけじゃなくて」
と訂正しようとするが、
「じゃあ、何なのです!」
とフリーダは目を吊り上げて怒っている。
「ええと、フリーダ。私はマーシェル王子にご用事があってね……」
「まあっ! マーシェル王子からダナン様を説得してもらうおつもりですか? そんな企み成功しないわよ、私とダナン様の絆は固いんですからね!」
「はいはい、大丈夫です。その通りです。あ、マーシェル王子!」
メルディアーナがフリーダを適当にあしらい、マーシェル王子を見つけて駆けだそうとしたとき、フリーダがメルディアーナの動きを阻止しようとドレスを引っ張った。
「ちょっと! だから、マーシェル王子にダナン様のことで余計なことしないで……」
ドレスを急に引っ張られてメルディアーナはこけてしまった。
「あああっ」
もちろん、もっていたグミの瓶も落ちる。
瓶は割れて、中からグミがばらばらと落ちてきた。
「ああああ~、大事なグミがあ~。なんてことしてくれるのよ、フリーダ」
メルディアーナは半べそになった。
「何よ、なんかそんな大事な物だったの」
「むぐう」
変な食べ物とは言えず、メルディアーナは地面に落ちたグミを悔しそうに見つめる。
さすがに、貴族令嬢。この地面に落ちたグミを人前で食べるほどは落ちぶれていない……けど。けど!
そんなメルディアーナの様子を気味悪げにフリーダは眺めた。
「な、何よ。地面に落ちたドルチェを、あなたまさか食べる気?」
「う、ううう。こっち見ないでよ」
「見なかったら何よ。食べるの」
「う、食べ……」
そうやって二人の令嬢がお互い睨み合いながら駆け引きをしていたとき。
数羽のスズメがチュンチュンと可愛らしい鳴き声を上げながら空から舞い降りてきた。
スズメはさすがにテーブルの上の物には手を付けなかったが、地面には遠慮なく降り、そこに落ちていたグミを興味半分につんつんと突いた。
いや~、その途端。
グミを食べたスズメが「ジュジュっ! ギャー!」とスズメとは思えない声で喚きだした。
聞きなれない鳥の声に、周囲の人々はぎょっとして振り返る。
地面のグミを食べたスズメは一匹ではなかったらしい。
「ジュ。ジュジュ」
「グェアー」
「ギュ、ギュン」
野太い変なでっかい声でスズメは鳴きまくっている。
本人たちはさえずっているつもりなのだろうか。何だかその表情は心なしか苦しそうだ。鳴くつもりはないのに、嘴が半開きで唸り声が出てくるらしい。
「えっと、ス、スズメ……?」
「毒でも食べたか?」
周りの人はドン引きしている。
「何この騒音」
人も集まって来る。
その光景を見たメルディアーナは大汗をかいていた。
何これ、私が食べてたら、私の声もこんなんになって、こんな風にひっきりなしに喋ることになってたわけ?
あの商人、私に何を売りつけたのよ~。
フリーダも気持ち悪そうにスズメを見ていた。
「ちょっと。あのドルチェ、あなたが持ってたものよね? 何でスズメがあんなことになってるのよ?」
「え? 何かしらね。ひと様の物を食べるんじゃありませんってことかしら」
「いや、そんなバカな。ってゆか、毒? あなたダナン様に毒を盛るつもりだったの?」
「んなわけないでしょ。毒じゃないわよ、ほら、スズメだってとっても元気そうじゃないの!」
「いや、苦しそうよ? 目ぇ剥いてるじゃないの」
「違うわよ、あれは絶好調って様子よ」
メルディアーナとフリーダがスズメを指差してあーでもないこーでもないと罵りあっていると、その騒ぎを聞きつけて、マーシェル王子がやってきた。
「あ、マーシェル王子!」
メルディアーナが目ざとく見つけて歓喜で顔を輝かせた。
しかしマーシェル王子の方はげっそりとした顔をしている。
「何の騒ぎだ……って、また、あなたですか……」
「ま、またって何ですか」
メルディアーナがぎくっとなる。
その声を聞くとマーシェル王子はどうにもあの塔の令嬢が思い出されて仕方がない。なんとなく心がかき乱される気がする。
しかし、この令嬢は乳母のコルウェル伯爵夫人の娘。あの塔の令嬢ではないはずで……。
マーシェル王子は雑念を振り払うように軽く頭を振ると、メルディアーナを揶揄うように言った。
「君はコルウェル伯爵夫人の娘だったね。今日はイモリじゃなくてスズメ……」
「イモリとかスズメとか言わないで……!」
メルディアーナが悲鳴を上げると、フリーダが、マーシェル王子が何となく他の令嬢よりメルディアーナに対して距離感が近い話しかけ方をしているのを敏感に察知して、何となく危険を感じ割って入った。
「マーシェル王子! この人とお話する価値はありませんわ! この人はただの疫病神です」
ダナンのことをマーシェル王子に訴えられたら困ると思ったのだろう。
マーシェル王子はフリーダの牽制牽制するような声に驚いたが、
「疫病神……確かに……」
と呟いたので、メルディアーナは、
「確かにって何!? 私はマーシェル王子にお会いしたいだけなのに!」
と嘆きの声を上げた。
「ほら、マーシェル王子もああやって仰ってるわよ、さっさと退出しなさいよ、メルディアーナ!」
とフリーダが断固たる口調で言ってのけると、マーシェル王子がハッとした顔で振り返った。
メルディアーナ?
メルディアーナと言ったか?
あの塔の入口では誰かが令嬢に向かって『メ……ア……』と呼んだ!
声も聞き覚えがあるものだと思ったのだ。ということは、この令嬢は……!
マーシェル王子は目を見開き、顔を引きつらせている。
その様子を見てメルディアーナもピンときた。
あ、フリーダが『メルディアーナ』と私の名前を言ったんだ。それでこの表情ということは……!
「あ、あの……!」
メルディアーナは勇気を出してあのときのことを話して見ようかと思った。
しかし、マーシェル王子は動揺している。
「メルディアーナといったね? まさか、私と塔で会っている?」
「は、はい!」
メルディアーナが大きく頷くと、マーシェル王子はよけいに戸惑った顔をして、
「すまない、少し混乱している。席を外させてもらう……」
と少しおぼつかない足取りで立ち去ってしまった。
ガーン。
メルディアーナはマーシェル王子がどんな気持ちなのか推し量れず、ただ素っ気なく立ち去ってしまったことにショックを受けた。
フリーダの方は、マーシェル王子が立ち去った以上、メルディアーナがマーシェル王子にダナンとの復縁をお願いしなくてすむと、分かりやすく顔に出して喜んでいる。
そのとき、そこへギルバートが駆けてきた。
「大丈夫か、メルディアーナ。スズメの件でフリーダと喧嘩していると聞いたから……! って何、そんなにがっかりした様子で!」
メルディアーナはどよんとした視線をギルバートに向けた。
「スズメは別に……」
じゃあダナンの件で何かフリーダに言われたか!?
確かにフリーダはなにやら勝ち誇った表情をしている!
ギルバートはちらりとフリーダを見て言から、打ちひしがれているメルディアーナに目を落した。
もうここんとこずっとメルディアーナはダナンのことで心を砕きすぎている。(※誤解です。)
メルディアーナが気の毒だ。そんなに悪い子じゃないのにな……。
そう思うとギルバートは小さくため息をついた。
ここまで乗り掛かった舟だ。
僕でよかったら、これからもメルディアーナを支えてやろう。幸い自分にも恋人などはいないわけだし。
ギルバートはメルディアーナを慰めるようにそっと背を撫でてやった。