【7.王子の婚約者を選ぶパーティですって!?(後編)】
メルディアーナは仕方なく壁際に立って待っていることにした。
全員集めておいて言葉を交わすことなく終わるなんて、あのしっかり者の王妃様がそんな段取りの悪いことはしないでしょう?
きっとパーティの進行上、一言くらい正式に挨拶をする時間くらいくれるはずだ。そのときに名前と、あの塔でのことを仄めかせばいい。思い出してくれるなら思い出してくれるだろうし、マーシェル王子にとってもうどうでもいい記憶なら思い出さないでスルーするだろう。
――思い出せないなら、最初から自分に出番はないのだ、あきらめるだけ。
メルディアーナはきっとあるだろう一瞬のタイミングをひたすら大人しく待つことにした。
別にそれは苦ではない。マーシェル王子を見ているだけで幸せだから。
しかし、何やら大広間の入口が黄色い声で騒がしくなったかとおもったら、正装をした麗しいマーシェル王子が金髪をたなびかせて入って来るところだった。
「あいかわらずうちの王子がかっこいい……」
メルディアーナは目をハート♡にして眺めた。
しかし当のマーシェル王子の方はうんざりした顔をしている。今日という日がだいぶやっつけ仕事なのは一目で分かった。王妃に言われて仕方がないということだろう。
年齢的なものもある、立場的なものもある。婚活に向けて何かやってる感は出さないといけないのは確かだ。とはいえ、大広間に入った瞬間、その場の大勢の独身令嬢たちが全員一斉に殺気立った勝負の視線をこちらを向けるので、マーシェル王子はさすがに居心地の悪さを感じた。
令嬢たちは自分が声をかけられるのではないかと期待を込めた視線を送っている。
もうさっさと数人とダンスでも踊って時間をやり過ごし、今日という日をごまかしすことができたなら。そうマーシェル王子は思った。王妃の思い付き婚活に今日一日付き合ったという事実だけが重要なのだ。
マーシェル王子はさっと周囲を見渡した。
一人でいる適当な令嬢に声をかけるか。あんまり圧の強くない地味な女性がいいかも。
マーシェル王子は壁際に一人で立っている女性に目を付けた。彼女なら……。
マーシェル王子は心を決めたらしくつかつかと大股で歩いて行った。
その歩いていく方向に、メルディアーナが立っていた。
メルディアーナは大好きなマーシェル王子がこちらに向かって真っすぐに歩いてくるので、心臓がバクバクして血圧が上がり、倒れるかと思った。
わ、私?
でもマーシェル王子は私の姿は知らないはずよ。
あ、こないだの、ドレスにワインをぶちまけられた事件のとき覚えられたのかしら。
あのときは災難だったけど、あれで顔を覚えてもらえたのなら悪い経験じゃなかったかも。
なんならあのときのことを慰めてくれるのかもしれない。それなら話もしやすい。少しお話して名前と塔のことを言えば……。
メルディアーナは食い入るように麗しのマーシェル王子を見つめた。
マーシェル王子が歩いてくる。
しかし、マーシェル王子がぴたっと立ち止まったのは、メルディアーナと1メートルくらい隣に立っていた清楚な令嬢だった。
「ご令嬢、ダンスしていただけますか?」
「隣かいっ!」
思わずメルディアーナは突っ込んでしまった。
「はっ?」
マーシェル王子は、思いがけず隣から変なツッコミが入ったので、びくっとなって、慌てて隣の声の主に目をやった。
それは、こないだの、婚約破棄されたという噂の女性である。
マーシェル王子の顔が曇る。
「ああ、あなたも来ていたんですか」
マーシェル王子があまり歓迎している風な言い方ではなかったので、メルディアーナはガーンとショックを受けた。
「い、一応私も独身の貴族令嬢なので来ましたが……」
メルディアーナはぼそぼそと言い訳を述べる。
一瞬マーシェル王子は「この声は?」と思った。やっぱりあの塔の女性の声に似ているのだ。
しかし目の前に立っているのは、ワインこそぶっかけられてはいないものの、例の騒がしい女性である。声は似てるけど……、たぶんない。あの塔での会話のように自分に提言を与えてくれるような女性だとは思えなかった。
少し冷静になったマーシェル王子はメルディアーナに言った。
「今日はワインを引っかけた方のご令嬢はいないんですね。ああ、彼女はダナンの婚約者だというからこのパーティにはさすがに来ていないか。よかったですね。でもあなたはまだダナンに未練があったのだったっけ……」
「な・い・で・す!」
メルディアーナは憤慨して即答した。
憤慨し過ぎてマーシェル王子が自分を歓迎していないことがすっかり頭から抜けたメルディアーナは、ぷりぷりしながらよく通る声で言った。
「あの! その人の後でいいんで、私ともダンスしてもらってもいいですか?」
するとギルバートが飛んできた。
「メルディアーナ! あほかっ! 何おまえからダンス誘ってるんだよ! 王子に失礼だぞ」
ギルバートはパーティにダナンやフリーダが来ていないことを先に確認して回り、二人の姿はなかったのでほっとしていたのも束の間。まさかメルディアーナがマーシェル王子にダンスしろとか言い出すなんて! ダナンを見つけられなかった腹いせだろうか? ダナンが来なくてホントに助かったと思っていたのに!
すると、上擦ったギルバートの声にマーシェル王子の方が冷静になり、マーシェル王子は慌ててギルバートを制した。
「あ、いや、ギルバート。大丈夫。私の婚約者探しのパーティなんだから、こちらが来てもらってる立場だ」
「そうは言っても王子に自らダンスをせがむなど。成金伯爵家の分際で……! 本当にすみません、後でよく言い聞かせますから」
ギルバートはメルディアーナの代わりに頭を下げた。
「成金伯爵家? そういえば名前を聞いていたなかったな。こないだのバイヤード公爵家の夜会でも会ってるんだけど。婚約破棄されたとかいう……?」
マーシェル王子が苦笑しながら尋ねると、ギルバートは恐縮して淡々と答えた。
「コルウェル伯爵家の令嬢です」
するとマーシェル王子はさすがに驚いた声を上げた。
「え! 私の乳母の子か? 乳母には本当世話になっている! もっと早く言ってくれよ。昔は乳母の娘とも遊んだ記憶もあるよ。こんな立派な令嬢になっていたとは。昔は半裸で遊びまわり、イモリを鷲掴みにして追いかけっこをしたのに。あ、イモリを掴んでいたのは君だよ」
「うげっ! そ、そんな記憶いらないです……。」
メルディアーナが恥ずかしさで真っ赤になった。
マーシェル王子はまた「あれ?」と思った。この声、やっぱり……?
しかし、マーシェル王子が首を傾げたのには気付かないギルバートが
「王子、このたびはお目汚したいへん失礼しました」
と早々に会話を切り上げるとメルディアーナを引き摺って、その場から退出していった。
その様子を見ていた周囲の人たちが腹を抱えて笑う。隣の清楚に見えた令嬢も意地悪顔で笑っていた。
「何、コルウェル伯爵令嬢。礼儀なんてあったもんじゃないわね。これだから成金は」
なんて声も聞こえる。
親愛なる乳母の家柄を悪く言われてさすがにマーシェル王子はむっとして顔をあげたが、すぐに王妃がしゃなりしゃなりと歩み寄ってきて、
「どうかしましたか?」
と澄んだ威圧的な声で聞いてきたので、マーシェル王子は大事にする必要もないかと考えなおし、
「いいえ、何も」
とだけ答えて、あとは王妃の段取りに任せるままパーティが始まったのだった。