【6.王子の婚約者を選ぶパーティですって!?(前編)】
さて、そんなことのあった日から一か月ほど経った頃だろうか。
王宮から全ての貴族宛てに華やかなお触れが出た。
『マーシェル王子の婚約者を選ぶパーティをします!』とのこと。
マーシェル王子に恋の噂がないことは王宮でもよく知られたことだった。
どれだけせっついてもマーシェル王子が女性結婚に前向きにならないため、王妃がしびれを切らせたらしい。もうマーシェル王子の婚約者選びを公開して、本人が渋々でも誰か婚約者を選ばなければならない雰囲気にしようということらしい。
パーティ参加資格は爵位を賜っている貴族のご令嬢なら誰でも!
王家縁戚の名門公爵令嬢も、田舎出身の成り上がり男爵家の令嬢も、一律に王子の婚約者候補として扱います、とのことだった。
「そんなことある!?」
と王宮中の貴族が半信半疑だった。
でも、マーシェル王子が誰か女性を探しているという噂もまことしやかに流れているので、王妃はマーシェル王子がその女性を探すのを手伝うつもりもあったのかもしれない。
あり得ない――と思うけれども、そう考えれば、こんなパーティもあり得なくないのか?
一方、メルディアーナはうきうきしていた。前回の夜会が散々だっただけに期待していた。
めっちゃいいタイミングぅ!
このパーティこそ自分におあつらえ向き! マーシェル王子に自分が誰だか分かってもらえたら!
メルディアーナがパーティに向けてどことなくそわそわしている様子をギルバートは敏感に感じ取っていた。
ギルバートとしては、メルディアーナがダナンへの気持ちをあきらめきれていないと勘違いしているので、メルディアーナがパーティへの出席を心待ちにしている状況がいまいち理解できない。メルディアーナがパーティで何か企んでいるのではないかと不安になって聞いてみた。
「メルディアーナ。マーシェル王子のパーティに行くの?」
「行くわ! (マーシェル王子に)直接会える一番のチャンスじゃない! だってこの国の貴族の娘なら誰だって出席できるのよ? 堂々と出席できるわ」
メルディアーナの自信満々の回答に、ギルバートは余計に心配になった。
「いや、堂々とって言うけど……(ダナンは)来ないんじゃないかな? なんでメルディアーナはそんなに張り切っているの?」
メルディアーナはきょとんとした。
「え? なぜ(マーシェル王子が)来ないの? 彼のためじゃないの。国中から貴族令嬢が着飾って集まるのよ? 出ないはずないじゃない!」
「? まあ(ダナンは)女好きだから、出ないはずないかもね。でもさすがに堂々と出席するわけにはいかないだろ?」
ギルバートはソフトな言い回しで否定する。
「え! ……」
まさかマーシェル王子が出席しないとは思っていなかったメルディアーナはギルバートを不安そうな顔で見つめた。(※誤解です。)
そして、少し低い声で聞いた。
「それって……どういうことか聞いてもいい? ギルバートは何か知っているってこと? (マーシェル王子が)今までずっと特定な一人を作らなかったことと関係があるの?」
「あ、いや!」
ギルバートはメルディアーナの哀しそうな顔を見て焦った。
『特定な一人を作らなかったこと』とメルディアーナは言った。それはつまり、ダナンがメルディアーナに満足せず、別の女性と浮気をしていたことを意味しているのだろう。(※誤解です。)
自分がダナンに婚約者として認められなかった理由……。そんな事実はとても辛いものなのに。思い出させてしまうのは酷なことだったのかもしれない。
「ごめん、メルディアーナ。忘れて」
「忘れてって……」
メルディアーナの方はギルバートがマーシェル王子が今まで恋人を作らなかった理由を知っているものと勘違いして、続きを聞きたそうにしている。
マーシェル王子は好きな人がいるの? それとも結婚には彼なりの条件があって厳密に見定めようとしているとか?
というか、ギルバートはまるでマーシェル王子はパーティには来ないかのような口ぶりだった。
これはマーシェル王子のためのパーティ。主役であるマーシェル王子がすっぽかすなんて、もしそれが本当ならとんでもないことだ。普通は気が乗らなくても一応出席して、王妃の質問や令嬢たちの挨拶をのらりくらりと躱すことくらいできるはずだ。しかしそれもせずに、そもそも参加することすら拒否するということは、マーシェル王子にはよっぽど一人の女性を選ばない確固たる理由があると考えられる。
それはメルディアーナにとって非常に気がかりなのだった。
メルディアーナはじっとギルバートを見つめる。
しかしギルバートはその視線をメルディアーナのダナンへの強い気持ちを勘違いし、居た堪れない気持ちになっていた。
「もう(ダナンとの)昔のことは忘れた方がいいよ」
「え? (マーシェル王子とは)これからなのに?」
メルディアーナが思わず聞き返すと、ギルバートの顔がもっと曇った。
これから?
ダナンはフリーダを選び、メルディアーナをあんなふうに蔑んだのに? まだ『これから』があると信じているのか?
「メルディアーナ。僕も出席するよ。マーシェル王子に友達枠で声をかけてもらっていたんだ。ちょっと心配だから……」
ギルバートが躊躇いがちに言うと、逆にメルディアーナはぱっと顔を輝かせた。
「え! ギルバートも来てくれるの? それは(マーシェル王子に)話しかけやすいわ! うまく私をサポートしてね」
「は? だから、(ダナンに)話しかけちゃダメだってば! サポートしないよ」
ギルバートが苦しそうに断るので、メルディアーナは変な顔をした。
「ケチ」
とはいえ、『話しかけちゃダメ』と言われて引き下がるメルディアーナではない。
当日、メルディアーナはかなりうきうきでパーティへと出かけて行ったのだった。
いくら会場でギルバートに嫌な顔をされても、マーシェル王子に話しかけるんだ。
私がいつかの令嬢なのだということを知ってもらうの! マーシェル王子も私の名前と声は知っているはず。
もし覚えてくれていたら。
もし万が一あのときの言葉が嘘ではなかったのなら。
私にも一筋の希望があるかもしれないじゃない。
しかし、パーティ会場に入って、メルディアーナは「これはきびしいぞ」と思った。
会場は広く、めいっぱい着飾った令嬢たちでごったがえしている。
成金コルウェル伯爵家の令嬢とはいえ、わりかし節操のある母親に厳しめに育てられたメルディアーナはそんなにごてごてと着飾ってはいない。
黙って入ればそれなりに整った顔立ちではあるものの、男好きするような化粧などはしていないので、あまり目立つとは思えなかった。
しかも独身令嬢たちの目当ては全員マーシェル王子なのだから、全員がマーシェル王子を探してお話するんだと殺気立っている。
そんな令嬢たちを全員かき分けてマーシェル王子に辿り着くのは至難の業と思われた……。





