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【12.浮気女の罰】

 さて、マーシェル王子がギルバートに「メルディアーナを譲ってくれ」と言いに行ったなど(つゆ)にも知らず、その日の晩メルディアーナは寝る前に本を広げていた。(※母コルウェル伯爵夫人はマーシェル王子とギルバートのやり取りまでは知らないので、自分が首を突っ込むことではないとメルディアーナには伝えなかった。)


 メルディアーナは本を広げてはいたが、考えは別の方へ向かい、文字を目で追うことはできない。

「ギルバートからプロポーズされてしまった」


 メルディアーナはどうしようかと(ちゅう)(あお)いだ。

 ギルバートは悪い人じゃない。マーシェル王子がいなければメルディアーナだって喜んで話を受けただろう。


 しかし、そのマーシェル王子は……。

 私があの塔の令嬢だとバラしたのにマーシェル王子は困惑の表情で()()なく行ってしまった。イモリ令嬢と同一人物だから(あき)れたのかもしれない。

 少なくともマーシェル王子にはあの塔の令嬢への特別な感情はないということだわ。探していたのは塔の令嬢じゃなかったということ。じゃあもう私はマーシェル王子へのお役目なんてなかったってことでいいのかもしれない。


 それならば、とメルディアーナは思った。


 ダナンに婚約破棄されてラッキー、()しを()でるから平気と思ってたけど、しかしだからといって、いつまでも独身ってわけにもいかないかもしれない。年を重ねれば、母からの風当たりはどんどん強くなるだろうし。


 それなら、ギルバートがこんな私でいいというなら話を受けてもいいのかも。

 見知らぬ人に嫁いでダナンのときのような目に合うよりも、ギルバートの方が知っているだけに安心だ。ギルバートはたぶん私を尊重してくれると思う。ダナンやマーシェル王子への気持ちの整理がつくまで待ってくれるだろうし。

 それにギルバートのあの目。私と添い遂げる覚悟のある目だった。


 ギルバートのことを好きになれば、全部丸く収まる気がする……。

 そうだ、そのはず……。


 そう思ってメルディアーナがふと本に目を落したら、ある一文が目に飛び込んできた。


『逃げるな。いろいろ失くしてきたんだろう。今おまえの中に残っているものは何だ? 陳腐(ちんぷ)な言い方をすればそれが結局答えってやつなんじゃないのか。』


 メルディアーナはぎくっとした。

 思わず「何の本だったっけ?」と表紙を見ると、ある船乗りの異国見聞録だ。

 嵐や病気で仲間を失い、船員の士気も下がっていた。船の食料が半分なくなったが陸地は見えない。今引き返せば生きては帰れる。もしこのまま旅を続け陸地を見つけられなければ、それは死を意味する。判断は今! そんな場面だった。


 本の方は生き死にがかかっていてまったく緊迫感が違うが、なんだか、メルディアーナも叱られたような気分になった。

 

 なんとなくその言葉を自分のことにすり合わせてしまう。


『自分の中に残っているもの。』


 それは……。

 やはり。()しているのはあの人だ……。


「だめだ!」

とメルディアーナは思った。

 こんな気持ちでギルバートを受け入れてはいけない。ギルバートに失礼だ。まだマーシェル王子に気持ちが向いているなら。ギルバートに気軽に返事をしてはいけない!




 さて、次の日、あまりよく眠れなくて眠そうにしているメルディアーナを起こしながら、コルウェル伯爵夫人が王宮に行くから仕度(したく)しなさいと言う。


「王宮へ? 何なのお母さま?」

「着いたら分かります」


 コルウェル伯爵夫人は昨日のマーシェル王子の「メルディアーナにあわせてくれないか」という約束を果たそうとしている。そしてもう一つ理由があった。


 メルディアーナの方は少し懐かしい気持ちになっていた。

 久しぶりに母と王宮へ。子どもの頃を思い出す。と同時にイモリのことも思い出して恥ずかしくなった。うぅ、忘れたい……。


 王宮へ向かう馬車の中でそんな百面相(ひゃくめんそう)をしているメルディアーナを(あき)れ顔で見つめるコルウェル伯爵夫人である。本当にマーシェル王子がこのバカ娘を?と信じられない気持ちでいっぱいだ。しかしまあ、王子のたっての望みとあれば連れて行くしかなかろう。


 馬車は王宮に着き、王宮執事の一人に案内された応接室にぽつんとフリーダがいた。

「え!?」

とメルディアーナは思ったが、フリーダの方もメルディアーナを見てぎょっとする。

 メルディアーナが来ることは知らされていなかったようだ。


「何であなたがここにいるのよ、メルディアーナ」

「し、知らないわよ。お母さまが何か用事だというのでついてきただけよ」


 しかし、メルディアーナの後から部屋へ入ってきたコルウェル伯爵夫人は、フリーダを見て眉を顰めると冷静に言った。

「あなたのことは存じております。フリーダ嬢。うちの娘の元婚約者(ダナン殿)とずーっと長年仲良くなさっていた方なんですってね」


 フリーダは、コルウェル伯爵夫人と面と向かって顔を突き合わせるとさすがにだいぶ気まずいようで、さっきの威勢はどこへやら、一歩引いて大人しくなった。

「あ、ええ、まあ……。でもメルディアーナ様は婚約破棄なさったし、ダナン様とはもう関係ないと思っておりますわ」

 大人しくなったとはいえ、なかなか図々(ずうずう)しいことを言う。


 コルウェル伯爵夫人はそっと(たしな)めた。

「そう言うのはね、子どもの屁理屈(へりくつ)ってもんですよ、あなたには自分とダナン殿のことしか見えていないのでしょう。でも実際は王宮中の人間が何かしらのパワーバランスの中で繋がっています。あなたの処遇ももう少し上の人が決めることになりますよ」


「処遇って……」

 不穏な言葉にフリーダは冷や汗が出た。


 コルウェル伯爵夫人は小さく(うなず)く。

「残念ながら浮気に寛大な女性はいませんからね」


「え……」


「それはウェブスター公爵夫人(ダナン殿のお母上)も一緒。名門の公爵家夫人が成金伯爵夫人の私に頭を下げに来たのですよ。息子がバカなことをしましたと。彼女に頭を下げさせた代償は重くつきますよ」


 そうコルウェル伯爵夫人が言った瞬間、隣室との内扉(コネクティングドア)が開き、見るからに只者(ただもの)ではないオーラの貴婦人が現れた。

 ウェブスター公爵夫人だ。現国王の従妹(いとこ)である。


 美しくおっとりとしているがピンとした姿勢。気高くて一分(いちぶ)(すき)も感じられなかった。


 こちらの上品な女性がメルディアーナのお(しゅうとめ)さんになる予定だったというのだからなかなかの大災害だが、浮気女のフリーダなんてこの貴婦人から見たら虫以下だろう。


オリヴィア(コルウェル伯爵夫人)。この方?」

「そうですわ、テルレーズ様(ウェブスター公爵夫人)


 テルレーズ・ウェブスター公爵夫人はフリーダをちらりと見てからメルディアーナを振り返った。


「メルディアーナ、ダナンが申し訳ないことをいたしました」

「ウェブスター公爵夫人! そんな頭を下げないでください。悪いのはダナンで」

 慌ててメルディアーナがウェブスター公爵夫人を(かば)うように言う。


「いいえ。ダナンの悪い噂はわたくしも知っておりましたから。指導はしたつもりでおりましたが、いきわたらなかったようです」


 そう言って、国王の親戚筋の貴婦人が深々と頭を下げる。


 フリーダはその光景を()の当たりにしてごくりと(つば)()み込んだ。

 それよりも、どうしてダナンはここへ来ないの? ここに来いって呼び出したのはダナンでしょ? 早く来て、この地獄のような空気から私を助けてよ!


 フリーダの気配を感じ取ったのか、ウェブスター公爵夫人が言った。

「ダナンは来ません」


「ダナンの名を借りて呼び出したのはウェブスター公爵夫人です」

 とコルウェル伯爵夫人が補足する。


「!」

 フリーダはやばいと思った。なるほど、これは私へ文句を言う会なんだ……。


オリヴィア(コルウェル伯爵夫人)

とウェブスター公爵夫人が説明を促した。


 コルウェル伯爵夫人が「はい」と後を引き継ぐ。

「ここんとこテルレーズ様(ウェブスター公爵夫人)とあなたの処遇について話し合っていましたのよ」


 ウェブスター公爵夫人はコルウェル伯爵夫人の王家への忠誠心を気に入っていたのだった。

 コルウェル伯爵夫人はマーシェル王子の乳母として非常によくやってくれていると思う。

 だから身分のことは多少目を(つむ)り、ウェブスター公爵夫人はダナンとメルディアーナの結婚を許可したのである。


 それなのに、忠誠心高いコルウェル伯爵家の娘を自分の息子が浮気女と一緒になって(ないがし)ろにするなんて! それは道義に反する! あまりにも目に余る。


 コルウェル伯爵夫人は説明を続けた。

「ウェブスター公爵領の聖フージャ島でお暮らしなさいとテルレーズ様(ウェブスター公爵夫人)は仰っております。ダナン様と一緒にね」


 聖フージャ島は産業のない小さな孤島だが、神殿の修行所が有り、その神殿関係者が落とすお金で経済が成り立っている。

 要するに、身内の監視の下、島流ししようということだった。


 愛に罪はないので結婚は認めるが、しかし社会的に認められない愛を(つらぬ)くなら制限されたものであるべきだ、というのがウェブスター公爵夫人の考えだった。もちろんダナンは廃嫡され、ウェブスター公爵家の息子である一切(いっさい)の権利を剥奪されることとなる。


 しかし、聖フージャ島と言われてもピンとこないフリーダはきょとんとしていた。

 なんなら、ダナンと一緒にと言われて幸せな結婚が許されたものと勘違いし、口元がほころびかけていた。


 メルディアーナは残念な頭のフリーダを気の毒そうに眺めた。

 島に着き監視生活が始まったら。フリーダはきっと激しく後悔するのだろう。


「それで許していただけるかしら、メルディアーナ?」

 ウェブスター公爵夫人が淀みのない澄んだ美しい発音で聞いた。


「は、はい」

 メルディアーナは自分なんかのためにダナンとフリーダを処罰してくれたことを恐れ多く思い、深々と頭を下げた。


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