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第九話 失われた言葉

 遙は歩みを止め、再び振り返った。

 森の静けさの中、心の中にあふれる疑問が解ける気配はなく、むしろ新たな不安が生まれていく。

 選択をしなければならないという現実が、どこか自分を追い詰めていた。


 その時、目の前に突然、映像が浮かんだ。

 彼女の記憶の中で、最も鮮明な一コマ。

 それは、過去の自分と夫が一緒に過ごしていた日々の断片だった。


 その頃、二人はまだお互いに言葉を交わしていた。

 些細なことで笑い合い、未来に対する希望を語り合っていた。

 けれども、次第にその会話は少なくなり、沈黙が支配するようになった。

 妊活のストレスや生活の忙しさに押し潰されるように、二人の間に壁ができていった。


 そして、気づけば、夫が何を考えているのか、何を望んでいるのか、彼女はまったく分からなくなっていた。

 あの時、どうしてあんなにも簡単に、心を閉ざしてしまったのだろう。

 無言の時間が続くことに、怖れを感じることさえなくなっていた。


 だが、今、遙はそのことに気づいていた。

 無視してきた感情や言葉の裏側に、彼女は確かに存在していたはずだ。

 結婚してからも、夫との関係をもっと大切にすべきだった。心の中で何かが動き、過去の痛みがよみがえった。


「何も言わなかった。どうして、あの時…」


 彼女は無意識に呟いた。

 その瞬間、心の奥底から温かい涙がこぼれそうになった。遙は振り返ると、再びあの人物が立っていた。


「あなたが、過去を捨てられない理由は、そこにある」


 遙は目を見開き、その人物を見つめた。

 その言葉が心に響く。そう、過去の彼との対話がなかったからこそ、彼女は今もその言葉を求めているのだ。


「夫と、ちゃんと話していなかったから」


「では、今ここで、あなたはその言葉を交わすことができるのか?」


 その人物の問いは、彼女にとって重すぎるものであった。

 遙はしばらく黙り込み、心の中で自問自答した。

 もし、この時、過去を捨てずに進むならば、彼女は夫と再び向き合うことができるだろうか。

 今もその気持ちが残っているのだろうか。


 その瞬間、遙は不意に思い出した。

 夫の顔、優しい眼差し、そしてふとした瞬間に見せた微笑み。

 その記憶が鮮明に蘇る。

 しかし、それを伝える術がない。過去を背負って進むべきだろうか、それとも今、すべてを切り捨てるべきだろうか。


「過去に戻れるなら、もっと話をしたかった」


 遙はひとりごちるように呟いた。すると、人物は静かに言った。


「過去に戻れはしない。しかし、今、あなたの言葉で、あの頃の関係を変えることはできる。」


 遙はその言葉に圧倒され、心が揺れるのを感じた。

 果たして、どこまで向き合うことができるのだろうか。

 夫との関係を修復できるのか、それとも過去の痛みが彼女を引き戻すのか。


 しかし、この先の選択には、何かが必要だと感じていた。

 それは、過去の痛みを背負ってでも、自分の選びたい未来を手に入れるための勇気なのだろうか。

 彼女はその答えを、まだ見つけられずにいた。


 再び足を踏み出すと、彼女の目に映るのは、闇に包まれた森の奥深く。

 過去を捨てて前に進むこと、それが最も怖いのか、それともこのまま痛みを抱え続ける方が辛いのか。

 遙は今、強く心の中でその答えを探し続けていた。


次回へ続く。

数ある作品の中から今話も閲覧してくださり、ありがとうございました。


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また気に入ってくださいましたらこの後書きの下部にある⭐︎に高評価を宜しくお願い致します。


執筆のモチベーションが大いに高まります!



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