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第十九話 影法師の囁き

 遥は部屋に戻ったものの、心は重苦しい霧の中に取り残されたようだった。

「感情の残滓」という言葉が、胸の中で何度も反響する。

 自分の力がもたらす代償が、ここまで現実として形を持ち始めている。

 それが何を意味するのか、考えれば考えるほど答えは遠のくばかりだった。


 部屋の灯火を頼りに椅子に腰を下ろした遥は、ふと窓の外を見やった。

 先ほどの霧は消えたものの、外の闇は不気味なほど深く、まるで自分を見つめ返しているかのようだった。


「これ以上、奪い続けることは許されないのかもしれない……。」


 遥はつぶやいた。その時、背後から微かな気配を感じた。


「悩んでいるようだな。」


 低く冷たい声が、遥の心に染み入るように響いた。振り返ると、そこには黒い影が揺らめいていた。


「影法師……」


 遥の声には警戒心が滲んでいた。影法師はいつも彼女の心の隙間を縫うように現れる。

 そして、彼女を惑わせ、深い闇の中へと誘おうとするのだ。


「心配するな、私はお前の敵ではない。ただ、お前の本当の心を映す鏡でありたいだけだ。」


 影法師はゆっくりと彼女に近づく。遥は動揺を隠しきれず、椅子から立ち上がった。


「私の心を映す鏡だって? 何を言いたいの?」


 影法師は微笑むような仕草をしながら、部屋の中を漂う。その動きは滑らかで、どこか威圧感を伴っていた。


「お前は癒やしを求める者たちの感情を奪い続けている。その行為が純粋に善意から来るものだと本当に信じているのか?」


 その言葉に、遥は言葉を失った。


「お前が癒やしているのは、本当に相手のためか? それとも、お前自身の罪悪感を埋めるためではないのか?」


 影法師の囁きは鋭く、遥の心に深く刺さる。

 彼女の過去――妊活に苦しみ、孤独と自己否定感に苛まれていた日々が不意に思い出された。


「違う……私はそんな……」


 声を振り絞るように答えたものの、遥自身、その言葉に確信を持てなかった。


「違うと言い切れるのなら、なぜ迷う? なぜお前の心の奥底で、感情の残滓が形を成し始めているのかを考えたことはあるか?」


 影法師は彼女の目の前に立ち止まり、その無機質な影の中から鋭い視線を投げかけた。


「それは……」


 遥は影法師を睨みつけたが、言葉が出てこない。

 確かに、癒やしを求められるたびに感じる微かな違和感が、彼女の中で無視できないほど大きくなりつつあった。


「私はお前を責めているわけではない。ただ、お前が選び続けてきた道を、もう一度見直してみろと言っているだけだ。」


 影法師は再び滑るように動き出し、部屋の隅に影を広げた。


「お前が抱える矛盾、迷い、そして過去。それを受け入れる覚悟があるのなら、私を恐れる必要はない。」


 その言葉を最後に、影法師の姿は消え、部屋には再び静寂が戻った。


 遥は深く息を吐き、手で胸を押さえた。自分の選択に対する疑念が、影法師によってさらに深まった気がする。

 しかし、その一方で、それを見つめ直す必要性も感じ始めていた。


「私がしていること……それが本当に正しいのか、考えなければならない。」


 遥は小さくつぶやきながら、窓の外を再び見つめた。

 遠くから、かすかな風の音が聞こえてきた。その音が、彼女をどこかへ誘うようにも思えた。


(次回に続く)

数ある作品の中から今話も閲覧してくださり、ありがとうございました。


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