第十七話 忍び寄る不穏な気配
王との対話を経て、遥は胸の奥に小さな決意を灯しながら執務室を後にした。
冷たい石造りの廊下を歩きつつも、その足取りは先ほどよりもわずかに力強さを増していた。
だが、頭の片隅に残る影法師の言葉と、王が語った「気配」の存在が、じわじわと不安を掻き立てている。
遥が自身の部屋へ向かう途中、ふと一陣の風が廊下を吹き抜けた。
王宮の廊下は密閉性が高く、通常風が流れ込むことはないはずだ。
肌をなでる冷たい風に、遥は立ち止まり、背後を振り返った。
「誰……かいるの?」
声を張り上げるつもりが、喉から漏れたのはか細い囁き声だった。
静寂が広がる廊下には、遥以外の気配は感じられない。しかし、その静けさがかえって不気味さを助長する。
遥は胸の奥がざわつくのを感じながらも、振り返らずに歩みを進めることを決めた。
こんな時に立ち止まれば、恐怖が心を支配してしまう――
そんな予感があったからだ。
部屋の扉を開けると、安堵のため息が自然と漏れた。
静まり返った部屋の中に身を置くと、外界の不穏さから切り離されるような気がした。
だが、次の瞬間、遥の視界の端に何かが動くのを捉えた。
「また……あなたなの?」
声を震わせながらも、遥は視線をそちらへ向ける。
そこには、壁際にぼんやりと佇む影法師の姿があった。
その輪郭は曖昧で、まるで周囲の闇そのものが形を成しているかのようだった。
「君は私を遠ざけようとしているが、私は君の一部だ。それを忘れてはならない。」
影法師の声は深く、耳に直接響くような不思議な感覚を伴っていた。その言葉に遥は身震いする。
「私は……あなたを受け入れるつもりはない。あなたが私の闇だとしても、それに飲み込まれるつもりはないわ。」
遥の言葉に影法師はかすかに笑った。その笑みは嘲笑とも、優しさとも取れる曖昧なもので、遥の心をさらに惑わせる。
「君がそう言い切れるのは、まだ自分の闇を完全に見ていないからだ。君は、過去に蓋をしているだけだろう? その蓋が壊れる時、果たして君はどうする?」
影法師の声に、遥は思わず拳を握りしめた。
彼の言葉は、遥の心の奥深くをえぐるような鋭さを持っている。
「それでも……私は進むしかない。過去に囚われるわけにはいかないの。」
遥の言葉に、影法師は何も答えず、静かにその場から消えていった。
残されたのは、胸の中に残る不快な感覚だけだった。
部屋の中が再び静寂に包まれると、遥はベッドに腰を下ろし、深い息を吐いた。
だが、その瞬間、窓の外から微かな音が聞こえてきた。
「……何?」
立ち上がり、窓辺へと歩み寄る。
夜の闇に包まれた王宮の庭園には、薄い霧が漂い、どこか不気味な雰囲気を醸し出していた。
そして、その中に紛れるようにして、何かの気配が漂っているのを感じる。
「気配……これが、あの『何か』なの?」
遥は思わず息を飲んだ。王が語っていた「お前の力を狙う存在」が、この気配と関係しているのだろうか。
その正体を確かめたいという衝動と、近づくべきではないという理性が、心の中でせめぎ合う。
「行くべきじゃない……でも。」
悩む間にも気配は徐々に濃くなり、彼女を誘うように感じられた。
その感覚に突き動かされるようにして、遥はそっと窓を開けた。冷たい夜風が一気に流れ込む。
「何が待っているの……?」
遥の呟きは夜の闇に吸い込まれた。
そして、霧の中に微かに浮かぶ影が、彼女をじっと見つめていることに気づくのだった。
(次回に続く)
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