第十六話 光と影の狭間で
遥は、冷たい廊下の先に見える王の執務室へと歩みを進めていた。
先ほど影法師と対峙した余韻が、未だに胸をざわつかせている。
影法師が語った言葉が、心の中で何度も反響していた――
「君が私を拒む限り、私は君の中で大きくなる。」
影法師の正体が自分の内なる闇だとすれば、それを否定することは自分自身を否定することになるのではないか。そんな考えが遥を苛んでいた。
「遥。」
執務室の扉を開けると、王が書類に目を落としながら彼女の名を呼んだ。
その声には感情の揺らぎがなく、まるで彼女の動揺を見透かしているかのようだった。
「少し話をしたいのです」
遥の言葉に、王はペンを置き、彼女を真っ直ぐに見つめた。
その瞳の奥には、常に揺るぎない何かが宿っている。
「話せ」
王の短い言葉に促され、遥は影法師との対峙のことを話し始めた。
自分の心の闇に形を与えた存在。その声が語る、自分がずっと目を背けてきた感情のことを。
「その影法師とやらは、ただの幻覚だと思っているのか?」
王の問いかけは、遥にとって意外だった。幻覚――
その言葉に少しだけ安堵を覚える自分がいることに気づく。
だが同時に、それでは説明できない何かがあるのも事実だ。
「わかりません。ただ、あの存在は私に問いかけてきました。私が目を背けているものを、見つめろと」
遥の声はわずかに震えていた。それを感じ取ったのか、王は立ち上がり、彼女に近づいた。
「お前がその存在をどう捉えるかは自由だ。しかし、影とは本来、光がなければ生じないものだ。お前の心にある闇が何であれ、それはお前が進むべき道を照らすためにあるのかもしれない。」
王の言葉は厳しいが、どこか温かさを感じさせた。それは、遥の中でくすぶっていた不安を少しだけ和らげた。
「だが、忘れるな。闇に囚われすぎれば、進むべき道を見失うことになる」
王の言葉に遥は頷いた。
彼の言う通りだ。自分の中の闇と向き合うことは必要だが、それに飲み込まれてはならない。
「それと……」
王が再び彼女を見つめる。その瞳には微かな鋭さが宿っていた。
「お前が話した気配――それもただの幻覚ではないだろう。影法師とは別の何かが、お前に近づいている。」
遥の心臓が跳ね上がる。あの気配――
影法師とは明らかに異なる存在感。それが何なのか、まだ遥にはわからなかった。
「何者かが動いている。お前の力を狙う者か、あるいは……」
王は言葉を切った。その先を語らないことが、逆に不安を煽る。
「私の力を?」
遥の問いに、王は短く頷いた。
「お前が他者の感情を紡ぐ力。それはこの世界にとって希少であり、時に危険でもある。その力を手に入れようとする者が現れるのは、当然のことだ。」
王の言葉に遥は言葉を失った。自分の力が、そんなにも重要なものだとは思っていなかった。
ただ、人々の心の傷を癒したい。その一心で使ってきた力が、争いの種になるかもしれないとは。
「だからこそ、お前には覚悟が必要だ。」
王の言葉に、遥は深く頷いた。影法師、そして気配――自分が向き合うべきものが増えていく中で、迷い続けるわけにはいかない。
「ありがとうございます、王」
遥が感謝を告げると、王は微かに笑みを浮かべた。
それはまるで、彼女の成長を期待するかのようだった。
「影を払うのは、お前自身の光だ。忘れるな」
遥はその言葉を胸に刻みながら、執務室を後にした。
廊下を歩きながら、彼女の心には一つの決意が芽生えていた。
「もう迷わない。私は、私の選んだ道を進む」
だがその決意の裏で、遠くから彼女を見つめる影が微かに動いたことに、遥は気づいていなかった。
(次回に続く)
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