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第十五話 揺らぐ心の影

 遥は長い廊下を歩いていた。

 足音だけが響く無音の空間に、どこか落ち着かない気配が漂っている。

 王との対話の後、わずかに心が軽くなったように思えたが、その背後には新たな不安が影のように付きまとっていた。


「何かが……いる。」


 遥は足を止めた。

 心臓が早鐘を打ち始め、手が微かに震えている。

 気配は廊下の奥から漂ってきているように感じられたが、姿は見えない。

 だが、それが遥にとって見えない方が怖いと感じるほど、確かに「何か」が存在していた。


――君が感じているのは、君自身の影だよ。


 声が頭の中に響いた。

 それは遥がこれまでに聞いたことのない、男とも女ともつかない低い声だった。

 声の主は見えないが、遥の周囲を取り囲むように漂っている気配と一致していることだけはわかる。


「影……?」


「そう。君が見たくないもの、隠したいもの、そのすべてが私だ。」


 遥はその言葉を聞いて心がざわつくのを感じた。

 影法師――

 彼女の中にある、抑えつけてきた感情そのもの。

 それがこうして姿なき存在として具現化しているのだろうか。


「あなたは……誰?」


「私は君だ。そして、君が捨てたものだ。」


 その言葉に、遥は目を見開いた。

 記憶の底から、妊活の苦しい日々、孤独感、そして自分自身への失望が鮮やかに蘇る。


「君はいつも優しい顔をしていた。けれど、本当はそうじゃない。本当は叫びたかったはずだろう?『どうして私だけがこんなに苦しむの?』と。」


 影法師の声は柔らかいが、遥の心を鋭くえぐる。

 口に出さずに飲み込んできた感情――

 怒りや悲しみ――

 それを言い当てられた気がした。


「黙って……!」


 遥は声を上げたが、その声は虚しく廊下に消えた。

 影法師の存在は消えるどころか、より一層濃く感じられる。


「君は誰かに優しくすることで、自分の闇を隠してきた。けれど、その闇は消えない。私はそれを知っているよ。」


 影法師の声に抗おうとするが、遥の中で浮かぶのは過去の選択肢の数々だ。

 あの時、もっと夫にぶつかっていれば何かが変わったのかもしれない。妊活を諦める選択をしていれば、違う人生が待っていたのかもしれない。


「もう、やめて……!」


 遥は耳を塞いだ。だが、影法師の声は耳の中ではなく、心そのものに響いているようだった。


「いいんだ、君が本当の自分を見つけるなら、私はいつでも手を貸そう。」


 遥が目を開けたとき、廊下の先に影のような形が浮かび上がっていた。

 それは人の形をしているが、実体を持たない。影法師が現実に姿を現したのだ。


「君が私を拒む限り、私は君の中で大きくなる。そして、いつか君を飲み込むだろう。」


 影法師の言葉に、遥は何も言えなかった。

 胸の中で膨れ上がる恐怖と、自分自身への苛立ち。

 そして、影法師の言葉の中に潜む、微かな真実。


「私は……あなたに負けない。」


 遥は震える声でそう言った。

 その瞬間、影法師の姿は薄れ、気配だけを残して消え去った。

 しかし、遥の心に残ったのは、まだ消えないざわめきだった。


 彼女は拳を握りしめながら廊下を進み始めた。

 影法師が何者であるのかを知る必要がある。

 そして、自分自身の心の闇に向き合わなければならないことを、彼女は悟っていた。


(次回に続く)

数ある作品の中から今話も閲覧してくださり、ありがとうございました。


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執筆のモチベーションが大いに高まります!



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