第十三話 選択の先に見えるもの
遙は王宮を後にしてから数日が経過した。
あの日、王から受けた言葉は確かに心に響き、どこかで前進しようという決意を固めさせていた。
しかし、それとは裏腹に、夜になるとふとした瞬間に過去の記憶が鮮明に甦り、眠れぬ夜が続いていた。
夫との思い出がふとした瞬間に蘇る。
それは優しさ、温かさ、そしてあの頃の希望に満ちた日々だった。
しかし、その記憶と現在の自分とを繋げるものはもはや何もなかった。
今、遙が歩んでいる道は、かつての自分が想像し得なかった道であり、選択をしてもその先に何が待っているのかは分からない。
選んだ道を進むしかないのは分かっているが、過去に未練を残している自分をどうしても切り離せない。
「過去を捨てて…今を選んで…。」
そう呟いても、心の中では過去の自分と今の自分が入り混じり、時折混乱してしまうことがあった。
その日も、街を歩いていた遙は無意識のうちに歩みを止めた。
目の前に、見慣れた顔が現れたからだ。
彼はかつて、遙の夫の友人であり、親しい関係にあった男性だった。
遙はしばらくその場で立ち尽くしていたが、相手の目に気づくと、どこか懐かしさとともに、少しの驚きを感じて声をかけた。
「あなた…?」
「遙さん?こんなところで会うなんて…」
男性は驚いた様子で笑い、少し気まずそうに一歩近づいてきた。
その顔には、優しさと懐かしさが混じり合っていたが、どこか不安げな表情も浮かんでいた。
遙はその場で立ち尽くし、彼にどう返答すべきか一瞬迷った。しかし、結局言葉が先に出た。
「久しぶり…。」
かつての夫の友人とは、心から話す機会が少なかった。
遙が目を合わせると、彼は少しだけ安心したように微笑んだ。
「どうしてたんだ?元気にしてるか?」
遙はしばらくその質問に答えなかった。
元気にしているのか、それとも何かに追われているのか。
自分でもその答えがはっきりと分からない。言葉を絞り出すと、なんとか口を開いた。
「まぁ、元気にはしてる。でも…色々と考えることがあって。」
彼は一瞬、遙をじっと見つめた。目を合わせると、その瞳の奥に、かつての彼女を見守るような温かな感情が浮かんでいるのが分かった。
そんな目線に、遙は心が揺れた。
何か言いたいことがあるような、でも言えない何かがあるような、そのような感情が彼女の胸に込み上げてきた。
「考えること、ね…。」
その後、少しの沈黙が流れ、再び彼が口を開いた。
「遙さんが選んだ道、間違ってないよ。あの時、君が選んだことを、俺は理解してる。」
その言葉を聞いた瞬間、遙は心がどこか痛んだ。
自分が選んだ道に対する後悔はないと心で誓ったはずだった。
それでも、その一言で過去の決断が再び揺らぎ始めた。
「でも、もし…もし過去を選び直せるなら、どうだったんだろう、って思うことがある。」
その言葉が口をついて出た。彼は驚いたように遙を見つめ、そして少しだけ苦笑いを浮かべた。
「俺も、君が過去に戻ることができたら、また違った道が開けるかもしれないと思う。でも、今の君が選んだ道も、間違ってるわけじゃないよ。」
その言葉が遙の心に沁み込んだ。彼の言葉の中には、過去を振り返りながらも、遙を励ますような力強さが感じられた。だが、同時に胸が痛んだ。過去を選んだ自分に、何か後悔があるわけではない。しかし、それでも心のどこかで、あの時の選択が本当に正しかったのか、答えが見つからないままだった。
「ありがとう…。」遙は静かに言った。その声には、感謝の気持ちと共に、今の自分にできる限りの誠実さが込められていた。
その後、遙はその場を離れ、王宮へと向かう道を歩き始めた。心の中で何度も過去を選んでいた自分を思い出しながら、それでも前を向かなければならないという現実を突きつけられるようだった。王から受けた言葉を胸に、今は一歩一歩踏み出していくしかないのだ。
「私は、今を選んだ。」
そう心の中で呟きながら、遙は自分の決断を再確認した。過去は戻らない。選んだ道が正しいかどうかは、まだ分からない。しかし、少なくとも今はその道を信じて進むしかない。
その日から、遙は新たな覚悟を抱きながら、王宮での日々を送ることになる。どんな未来が待っているのか、それを知ることはできないが、遙はその一歩を踏み出す覚悟を決めた。
(次回に続く)
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