第十一話 もし、選ばなかった道
遙は静かな決断を下した。
過去を捨てるという選択をしなかった理由を、彼女は自分自身で明確に理解していた。
夫との関係が完全に壊れていたわけではない。
妊活がうまくいかず、絶え間ない期待と失望の中で心が折れそうになったこともあったが、それでも過去には無駄な時間などなかった。
その時間、そしてその中で積み重ねた絆は、まだ彼女の中で生き続けていると感じた。
だが、心の中で決断を下したことに対する確信は、
すぐには得られなかった。
逆に、その選択に対する重圧がじわじわと遙を圧迫してきた。
彼女は自分の選んだ道に進むべきだと理解しつつも、その選択がもたらす結果に恐怖を感じていた。
「これでいいんだろうか……?」
遙は自問自答を繰り返していた。
選ばなかった道がどうなるのか、心のどこかで彼女は怖れていた。
過去に戻ることができるわけではないが、その道を選ばなかったという後悔が、何度も頭をよぎった。
――もし、あの時、過去を捨てていたら?
――あの選択をしていたら、何かが変わっていたのだろうか?
その答えがわからないまま、遙は迷宮の中で立ち尽くしているようだった。
選んだ道の先にどんな未来が待っているのかを知ることはできない。
だが、もし過去を捨てていたら、今の自分がどうなっていたのだろうか?その恐れを捨てきれず、遙は少しずつ過去を振り返り始める。
遙が振り返ったその先にあるのは、妊活をしていた頃の記憶だ。
彼女は何度も失敗を繰り返し、涙を流しながらも諦めることなく続けていた。
その思いが彼女の中でどうしても捨てきれないものとして残り続けていた。
「あなたは……どうしてそんなに優しいの?」
夫の言葉が脳裏に浮かぶ。
いつも遙の隣にいて、無言で支えてくれたあの温かな手を思い出す。
無理にでも笑顔を作ってくれた彼の表情、そして、言葉には表せない彼の本当の気持ちを、遙は今もまだ理解できていない。
“俺は君の中にいる”
その言葉が胸に刺さる。
遙はその言葉を聞いた時、自分の中で何かが弾けたように感じていた。
心の奥底にあった涙がこぼれ、過去のすべてが鮮やかに蘇る。
その時、遙はふと自分の周りに漂う影を感じた。
それは無音の城の中に存在するあの影だった。
選択をしたことで、その影がどう自分に影響を与えるのか、心の中でわかり始めていた。
選ばなかった道を歩んでいた場合、どんな未来が待っているのだろうか?
「どうしても……選べなかったんだ」
遙は再び自問自答を繰り返す。
選んだ道に進んだとしても、その先に待っているのは未だに不確かなものだった。
しかし、選ばなかった道が示すその先にいる自分が、どんな姿であるのかを、遙はどうしても見たかった。
彼女は自分の選択に後悔がないよう、もう一度心の中でその答えを探していく決意を固める。
その時、目の前に再び現れたのは影だった。
今度はその影の中に、彼女自身が見えた。
過去を捨てないという選択が、彼女自身にどう作用するのか。
未来に向けた一歩を踏み出すための決断は、まだ下せなかった。
そして、遙は改めて選ぶべき道を見つけるための時間を自分に与えることを決める。
無理に選択を迫られることはないと考え、再びその選択を先送りにする。
自分にとっての最善の答えを見つけるため、遙は少しだけ心を解放するのだった。
(次回に続く)
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