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1%の差別意識

作者: 鈴木美脳

 僕が報道を眺めて、紛争地域で殺されていく子供達のために苛立ちを感じていると、彼女はそれに、乗ってこない。

 僕が、不正義によって虐げられている人達に対して共感すべきだと言うと、彼女は、それらの人達に対して共感などすべきではないと言う。

 そしてどうやら、不正義に対して立ち向かうという感情や考え方を、彼女はそもそも否定しているとわかった。

 ある夜出会って惹かれた彼女の、頭の中にある考え方をこうして見つめることを、今日まで僕は、してこなかった気がする……。



「ゲームはすでに終わっている」

 人類の歴史なんてものはすでに「終わっている」のだと、彼女は言う。


「事実的な国際報道など今や存在しない。存在したとしても、現実の力の行使を妨げる力は、まったくない」

 テクノロジーが発展するほど、それによって生じる生産性は力をもたらし、人類という群れにおける力の分布を不均等にする。そして、不均衡な力の分布は、不正義な力の行使をもたらすことが避けられない。

 その力のゆがみは、情報流通に対しても作用する。立場の強い者達の利益のために、流通する情報は常にゆがむ。それによって間接的に、民衆は邪悪によって利用されてしまう。


 彼女のその物の見方は、「ニヒリズム」なのかもしれない。あるいは、絶望、と呼ぶべきか――。


「私は、人間達から道徳心が消滅したこの世界で、透明な存在でありつづけたい」


 透明。そう、彼女の目は「透明」で、あの夜僕はそこに惹かれた。

 それは、幼い子供のような、もっと言えば、犬や猫みたいな、僕を対象として見ているのではなく、無前提に友人や家族にでもしてくれるかのような。

 それでいて、あらゆる事物を観察し、冷徹な理性で計算しつづけているかのような。

 今だってそう。彼女は国際情勢を常によく気にかけて勉強してるけど、打算的な理性の対象にはしない。

 誰もが誰かを蔑むことを必要としているこの世界で、彼女の知性の内側にだけは蔑みがない。……そう思っていたのだけど。


「私達エリートは、この世界にコミットすることをすでにやめているんだ」

 高校にも行かず、ピアスやタトゥーだらけの彼女が「エリート」を自称するのは不思議だけど、彼女は実は、世界そのものを拒絶する差別意識を持っているようだった。


「もう、この世界は終わっている」

 かと言って、私達は深いモラルや利他的な善意を持たない大多数の愚かな人達とは、大きく異なってる。

 だから私達は善良な態度で生活するけれど、他者や世界の側に何らかの報いや変化を期待しはしない。私達は絶対に、希望を持つことをしない。

 そう聞いて初めて僕は、透明な彼女の瞳の底に「漆黒」があると気がついたかもしれない。


「危ないよ?」

 そう警告して、僕を見る黒い瞳が涙で潤った。


「紛争地域に実在する文字通りの地獄に共感して、報道の先にある文字通りの事実に到達して、こんな世界にコミットしてしまって、勝てるはずのない巨悪に立ち向かって、その先には、何もない」

 もうこの星には暮らせない、と彼女は言った。


「でも、そんな世の中すべてを否定して、私達が暮らしていく場所なんて無いんだからさ」

 私達は、私達が異物であることを自覚して、このあまりにも危険な世界を、保身第一で生きていくしかないんだよ。

 つまり私達は、気高い良心を現代において備えてしまった、「1%のエリート」。世の中と自分達をちゃんと区別しないと、汚い人達にすぐに食い殺されてしまうよ?


「まるでこの世界は、ゾンビに食い荒らされて、文明が滅んだのちの世界みたいなもんでさ」

 生き残った1%がいるなら、「逃げ隠れ」して辛うじて暮らしていくしかないんだよ。

 世間にコミットして、財産や名誉を求めたり、世間からの理解や世界が変わってくれることを求めでもしたら、一晩で食い殺されて、私達もゾンビなるよ?


「だから今は、世界のために涙を流すことはやめて――」

 世界のために涙するんじゃなく、今ここにある体温に感謝しましょう?


 そう言って彼女が僕に触れてくれたとき、彼女が僕を必要としてくれていること、僕が彼女を必要としていることを、強く感じた。

 「終わってしまった」世界を生きる、1%の僕ら。

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