小山さん、お小遣いをもらう
「砂漠でセミを食べたい!」
「小山さん!?」
大苗さんは小山さんを見て叫んだ。小山さんは見知らぬ都会で、ミニブタのすみれちゃんを抱いていた。
「こんな街なかで、やばいですよ」
柴犬のゴビも吠えた。
ここは脱皮する猫カフェのたどり着いた都市。
みなアザラシが進化したアザラシ人たちで、目が大きく、髪は真っ白。服はみな緑色。足が地上に対応して発達して二足歩行になっている。ヒレから発達した手指は長い。
街からはごぼごぼと、水音を加工したような不思議な電子音楽があちこちで鳴り響く。
「ここのひとたち、しゃべりませんね」
「文字らしきものも、科学も発達してみえるし、アザラシ人たちはかしこそうですがね」
アザラシ人たちは広場でみな回転していた。その場でそれぞれに、くるくると。
「かわいいですね。あの猫カフェのアザラシ、とわちゃんと一緒だ」
「進化しても、似たようなもんなんですかね、ちょっとは」
首をひねり、一点を見つめるような自転。ヘドバンみたいなものかと、大苗さんはひとりごちた。
舞台らしき場所では、Djのようなアザラシ人が回転している。背後に大きなタコの水槽。
「あ、タコだ」
小山さんは声を上げた。
「わー!」
すると、急にアザラシたちは騒ぎ出した。舞台を指差してうろたえ、逃げ惑う。
「え?あれ?」
小山さんはあたりを見回した。舞台を見て、大苗さんは「うわ!あれ!」と叫んだ。
舞台では、水槽のタコがガラスを割って逃げ出していた。逃げ惑うアザラシ人たちを追いまわす。巨大すぎるタコだったようで、捕まったアザラシ人はひとのみにされてしまう。
「うわうわうわ」
「小山さん、にげましょう!」
柴犬ゴビも吠えた。ミニブタすみれちゃんは震えている。すると、ゴビは勇ましくタコに向かっていった。
「うわー!」
巨大タコはスミを吐き出した。黒いスミであたりは塗りつぶされていく。巨大タコは逃げ場を探し、地下鉄の入り口のような場所へ素早く移動していく。アザラシ人たちはそれを見て、追いかけていった。
小山さんたちは、そのすきに騒ぎから逃げ出した。
「タコの身代わりですね」
「なんですそれ?」
「タコは、身代わりにして逃げるため、スミを吐くんですよ、たしか」
「へー」
「疲れましたね」
「なにか、休憩がてら飲みましょうか」
「アザラシ人たちの飲み物?」
小山さんたちはほかの場所へ移り、飲み物を探した。彼らの通貨はなぜか手にしていた。さっきの騒ぎのために、柴犬ゴビをありがたがったアザラシ人のひとりが、ゴビの毛並みをなでながら、いくらか渡してくれていたのだった。
「あのタピオカドリンクっぽいのにしましょうよ」
「え……まあいいですが」
プラカップのようなものに注がれたそれは、見た目はまさしくタピオカミルクティーだった。飲んでみてひとこと、小山さんはつぶやいた。
「タコスミ味だ」
小山さんは大苗さんと、 ゴビと、すみれちゃんとともに街なかを散策した。やがて、はやめに猫カフェにもどる。
「おなかすいたあ」
はるちゃんがひまそうに鳴く。
すると、猫カフェは脱皮した。
「脱皮する猫カフェ……もとはヘビだった(一話より)。てことは、はるちゃんが鳴くと、逃げようとしてるのかな。脱皮して」
「身代わりに脱皮、ですか。タコのスミのように」
大苗さんは小山さんの言葉にうなずいた。
宇宙の風景は窓越しにいきなり広がっている。
「スミといえば、セミのいる砂漠はまだですかね……そういえば」
「無理やりっぽいですね、小山さん。」
大苗さんは苦笑した。
「ときどき思い出せないと、なぜわたしは猫カフェで漂流しているのか、気になりすぎて叫びそうなんですよ」
「……忘れられない目標ですね」
小山さんはそう言われると、宇宙を見据えてうなずいた。
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