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勇魔の小唄(異世界ほのぼの)~ばとる・わん~

「――覚悟!」



いきなり、物陰から飛び掛かってきた人影があった。

太陽を背にしているため、逆光でその姿は見えない――が。


「……あーはいはい。俺は今眠いから、遊ぶのは後でな」


欠伸を噛み殺して、木陰で寝そべったまま、ただ手をのばしただけで、彼は『それ』を止めた。


じたばた、じたじた。


襲撃者は彼の手に掴まれたまま、暴れた。


「は、離せーっ!!」

「わかったわかった、後でな……」


そう、夢現つで呟いて、彼は眠る体制に入る。

明らかに昼寝に戻ろうとする姿勢、伏せられた目蓋に、相手は憤慨した。


「こら! 私を誰だと思っておる! よいか、私はな――」

「魔王だって言うんだろ? その遊びはいい加減聞き飽きたって。ったく、最近のガキは妙な遊びしやがって…」

「遊びでもガキでもないわ、無礼者!」


あんまりそれがもがくので、彼は手を離してやった。

急に自由にされて、一瞬慌てたようだったが、なんとか体制を整え、たたらを踏みつつ地面に足を着けると、それは胸を張って偉そうにふんぞり返った。


「よいか! 私の名はメリエルランス・セティア・ヴァルガナ――」

「メルだろ。わかったってば。いいから寝かせろよ、俺は眠いんだって…」

「略すなー!! しかも遮りよって……っ貴様、私をいつまでも愚弄するでないぞ!!」

「いーじゃんメルで…可愛いし。つーかお前、子供のくせに言葉づかい爺臭いよな……女の子なんだから、もうちょっと可愛く話したらどうだ?」


腕を組み、頭の下で枕にしながら目をやると、それは、拳を固く握り、地団駄踏んで悔しがった。



「子供ではないと言っておろう!!」


――と、言われても。

くるくるした黒く長い髪。

つぶらな同色の瞳に、ぷくぷくした薔薇色のほっぺ。

おまけに、彼の膝位の小さな背丈。

――どこからどう見ても、七、八歳程の幼女だった。

十年もすれば傾国の美女になれそうな程、容貌は並外れて整っているが、その容姿と深い闇色の色彩、奇妙な言動以外はなんら他の子供達と変わる所のない、こども。


「どう見ても…こどもだよな」


彼がそう言うのも無理はなかった。

しみじみと言われたことで、余計に少女は腹を立てたようだった。


「ええーい、だから、今の私は魔力が足りずに縮んでいるだけだと何度も言っておろうが! ……今度こそ我慢ならん、勝負だ勇者っ!」


いつの間にか少女は小さなナイフを手にして、それを両手で身体の前に構えていた。


「確かに俺は勇者だけど――って」


その光景を見た彼の表情は険しくなり、言葉を切って起き上がる。


「おお、ようやくやる気になったか。見ておれ、私が本気を出せば――」

「こら!!」


大きな声で怒鳴られて、少女はびくうっ! と肩を縮めた。


「刃物なんか持ったら危ないから駄目だって、何回言えばわかるんだ!!」

「…な、何だ…私は…」

「言い訳しない!そんなにお仕置きしてほしいのか?」


眉間にくっきり皺を刻んだ彼に恐い声で言われて、少女は飛び上がる。


「い…嫌だ!」


思わずお尻を押さえて後退った。

この間同じようなことがあり、彼女がどうしても刃物を手放さなかったその時、彼はお仕置きに、彼女のお尻を叩いたのだった。

そんな屈辱は生まれてはじめて、おまけにかなり痛かったので、身体にはすっかり恐怖が染みついている。

それで少女は、上記のような反応を示したわけだった。


「くっ…覚えておれ。力が戻ったら、真っ先に貴様を八つ裂きにしてやる!」


――悔しそうに言う少女には、一歩下がって怯えているせいか全く迫力がない。

少女の言うことなど全く意に介さずに、さり気なく抜き身のナイフを取り上げた青年は、それを、放り出してあった鞘に仕舞った。荷物の奥に押し込むと、少女の短い手をぐいっと引っ張る。


「うわっ…な…!」


胸に抱き込まれた。

と思ったら、そのまま彼は再び横になった。

――今度は、少女を抱き締めたまま。


「な、何をするかこの不埒者! 離せ、離すのだ!!」


ばたばた暴れる身体をやんわりと押さえ込み、片腕を枕として提供してやると、彼は目を瞑った。


「……一緒に寝れば文句もないだろ。んじゃ、おやすみ…」


言うが早いか早速就寝。

健やかな寝息が少女の耳に届いた。


「おい、こら、勇者! ――ウィル!」


返事は無し。

どんなに抵抗しても、彼の腕に阻まれて逃げられない。


穏やかな風が、大地を撫でていった。

青年の態度にむっとしながらも、午後の心地良い日差しに誘われて、少女はうとうとし始める。

初めはそんな己を叱咤して、眠りかけてははっと目覚める、という行為を何度も繰り返していたが、その内とうとう睡魔に負けて、彼女もまた、安らかな微睡みに身を任せたのだった。




青年の名前は、ウィルゼイア・ランディという。

割と端整な容姿の、優男と言っていい風体をした金髪の青年だが、職業、尊称、共に勇者である。

少女の名は、メリエルランス・セティア・ヴァルガナディータ・カラム・セイン。

長ったらしいが、本名だ。

今でこそ諸事情で愛らしい少女の姿をしているが、正真正銘、れっきとした魔王である。

ではなぜ敵対するはずの二人が共にいるかと言うと、少々鈍いところがあるウィルゼイア――ウィルが、勇者を見つけて倒さねばと攻撃していったメリエルランスを難なく捕まえ、その際の会話の端々から、少女に親がいないということを読取り、なにぶん人が良い――それはメリエルランスにとっては大きなお世話だったのだが――為に、保護者代理になろうと勝手に決めて、以来共に旅をしているのだった。

その道中、幾度となくメリエルランスはウィルの命を狙っているのだが、今回のように変わった遊びとして認識されるだけで、ことごとく失敗している。

もうすっかり、最近は甲斐甲斐しい父親化してきている勇者なのであった。


鈍感お人好し勇者と、ちび美少女魔王の旅は、まだまだつづく。

これもまたHPの方で短編から派生して連作にしてる話です。やや改稿して載せてみました。こんな魔王様と勇者もありじゃないかなあ、なんて。のほほんギャグな話。

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